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リサコラム
本日のオードブル
第57回

勝手にしやがれ

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。
好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

     
           ”リサコの友人がやってきたようだな。”

 

       


勝手にしやがれ





 「今のジュリーには会いたくないの、」リサコの前に座った美しい女性は言った。

80代も半ばの彼女は和服を着ている。ぴんと伸びた背筋からなだらかに伸びる

華奢な腕。着物の上からもそれとわかるたたずまいを見せて、合わせた手のひ

らの桜貝みたいなそのつめの先にまで、神経が行き渡っている。“ジュリーとは、

まさか犬の名前ではあるまい...”リサコは心の中でつぶやく。それを察知して

か、「沢田研二よ」。“あぁ、あの、樹木希林の体を揺らして、「ジュリー~!」って

叫ぶシーンだわ””この美しい和服の女性は、沢田研二が好きなんだ、いや沢

田研二ではない、ジュリーが好きなんだ“「この間、ジュリーを見たのよ。テレビで

ね。老けて太ったジュリーは見せないで、って思ったわ」「あぁ、はい、寺内貫太

郎一家ですね。あの、ジュリー~ですね」先日亡くなった、阿久悠さんの追悼特

番をNHKで見たわ、とリサコは思いだした。昭和の歌謡曲を数多く作り出し、そし

て昭和のスピリッツみたいなものを描きだした阿久悠さんは平成19年、亡くなっ

た。山本リンダ、ピンクレディ、沢田研二
......、 時代は平成になり、山本リンダの

”ウララ、ウララ、ウラウラヨ、“で始まる歌は、ある年の夏の甲子園出場49校の

うち48校が甲子園の応援歌に採用したそうだ。和服の彼女は、ジュリーは若く

美しいジュリーのままでとっておきたいと言った。「だって、今、あんなセクシーな

男性いないでしょ」和服の女性は悲しそうに小さなため息をつく。「ホントですね

いないですね」リサコも近頃、古きよき昭和のかっこよさがとても懐かしく思える。



 “ジュリー”みたいなきざでセクシーな男性、これから先も出てこないかもね、と

リサコも思う。最近の男子高校生の格好を見ていたら、大人になって“ジュリー”

に変身するとはとても思えない。ズボンが今にもずり落ちそうで、パンツが見えて

いるあのスタイルをかっこいいと感じる感覚は、きっと多くの大人には理解できな

いはずだから。10年くらい前までは、週末になると、若い男性が「シーツありませ

んか?」とベッドリネン一式を買いにやってきていたのに。シルクのインナーやネグ

リジェを恥ずかしげにレジに持ってきていた男性はいったいどこに行ってしまった

のだろう?彼女の誕生日に贈るらしきアクセサリーなんかをリボンをかけて渡すと

「手提げ袋は要りません」と言って、胸ポケットにリボンの包みを忍ばせて帰って

行ったものなのに。「“グラスを贈るという行いを翻訳すると、もっとあなたと話が

したい”という意味になります」なんていうPOPを読んで男性がたくさん女性にペ

アグラスを贈ったのに。シルバーのカクテルスプーンのことを、“ふたりのグラスを

旅する銀の杖”なんて書いた言葉に感動して銀のスプーンを買って帰った時代

は、いったい、どこに行ってしまったの? ?“やわらかく生きる男たちのために、

やわらかなカーフスキンの小物をひとつ”みたいなコピーじゃなきゃ、財布も売れ

なかった時代は確かにあったはずなのに。今では、“金運の黄色い財布です”、

とか、“西に黄色、東に赤、北に白”のカーテンをかけて、ちぐはぐになったインテ

リアでなぜ、喜ばれるのだろう?彼女は昔、自分がたくさん作ったキャッチコピー

やDMを見なおすたびに寂しさを感じるようになった。



 “きざ”と“かっこいい”がまだ日本語だった昭和の時代を思うとき、リサコはい

つも誠三に会いにゆきたくなる。休日のある日、彼女は、2週間前に紅茶の小さ

なしみをつけてしまった白いソファーカバーを今日こそは洗おうと決心した。つい

でにオットマンのカバーもはずして、洗濯機にいれる。水が底に溜まったところで

漂白剤をいれ2時間ほどつけ置き洗い。その間に部屋の掃除を終えると、ソファ

ーカバーの洗濯をまた最初から開始する。脱水まで終わったところで物干しに

干しに行った。また1時間後、半乾きの状態で、彼女はそれをアイロン台の上に

広げて置くと、早速、自分の身仕度にかかった。"そうなのだ、今日のこの休日は

誠三に会いに行くためにとった休日だったのだ”
                        


 誠三の部屋は、南の島のリゾートみたいなにおいがする。モルディブ、タヒチ、

モーリシャス。大きな葉をつけた観葉植物の木は枝をいっぱいに伸ばして、前に

来たときより、さらにいっそう青い葉を茂らせていた。白い木のブラインドに白い麻

のシェードが気分をさらに盛り上げている。リサコがやってくると、彼は彼女のため

に、スペシャルドリンクを作ってくれる。大きなグラスにグレープフルーツジュース

で作った氷を入れ、ペリエを注ぎ、ライムを搾ったカクテル。この特製ドリンクで2

時間はとりとめもないふたりの話題に新鮮な味を添えてくれる。実は、彼は女性

に非常にもてる。愛車のビートルに乗り、夏はクリームイエローや白い麻のジャケ

ット。冬はツイードやフランネルのジャケット。時々スカーフなんかを巻いたりもす

し、ポケットチーフもいやらしくなく、自然に決まる。服のセンスも、会話のセンスも

抜群なのに、なぜかいつも失恋している。かっこよすぎるのかもしれない。


 この間は付き合っていた誠三の彼女が別れたいといった。そしてなんと彼の友

人と結婚すると宣言した。なのに、彼はその婚約者たちのために、大輪の花火を

打ち上げてやったこともあった。彼女に婚約指輪を贈る予定のお金で。きざでか

っこいい、しかもいつも人を楽しませてくれる、そんな人はほかにいるだろうか、と

リサコは思う。だから、彼と話しているとずっと時間を忘れてしまいたくなる。「あら

っ!もうこんな時間だ!戻らなくちゃ。まだやることがあったのよ!」彼女は、誠

三にそう伝えると、別れをいい、誠三のリゾート気分の部屋を後にした。
      


 リサコは自分の寝室に戻ってくると、たった今アイロンがけが終わったソファーカ

バーをかける。真っ白になった部屋をまた眺めて、すがすがしい気分に浸り、つ

ぶやく。“やっぱり、誠三はステキだわ”そして、タヒチアンスタイルのクローゼット

ルームに戻ると、さっきまで読んでいた本をパタンと閉じて、誠三に今日の分の、

さよならを言った。その本の表紙には、『ハートカクテル わたせせいぞう』と書か

れてあった。彼女はその本を11冊持っている。誠三とはアイロンがけのときだけ

に会うコミックの中の親友である。このコミック本のショートストーリーに浸りながら

のアイロンがけはとても楽しい。誠三もジュリーも、今は街にあまり見当たらないけ

ど、この中には確かに生きている。しかもいつでも会える。先日、「どうしたらストレ

スを上手に解消できるかわかんないのよ、」と看護師さんに言われたことをリサコ

は思い出していた。今度会ったときには、こう答えようと思う。「『ハートカクテル』

を読みながらアイロンかけるのよ。お部屋も片付くし、アイロンもはかどるわよ。右

手にアイロン、かたわらに、グレープフルーツジュースで作った氷とペリエ、ライム

を搾ったカクテルグラスを忘れずにね」「その後ね、CDかけて一緒にお風呂で

歌うのよ、こんなふうに、

 “♪窓ぎわに寝返りうぅって、背中で聞いている.~”」てね。
                             






























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木村里紗子 Risaco







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