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リサコラム
本日のオードブル

第59回

ベーグルの思い
 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。
好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、M.プルースト


”こんなに頑張っても、あなたの人気だけには勝てないよ、

                      ねぇ、ラフランス君”

 

       


"ベーグルの思い"



 ムッシュウ花村氏がやってきた。リサコは、ごくんと飲み込んで身構える。

「おっ、キムラ君、今日はきれいやなぁ!」「えっ、ホントデスカ?」「冗談にきま

っとるやろ、本気にするやつがおるか!」「でっ、すよね~、ハハハァ」と、彼女は

まず先制攻撃をやられた。「キムラ君、バスローブ、選んでくれぇ」、最後の“く”

にアクセントのある関西弁風の彼は、リサコの顧客の一人だ。「はいはい、これが

お勧めです~中空糸だから、軽くて疲れませんよ、」「じゃ、それ包んどいてくれ

ぇ、お見舞いで」「おのしは?花村様でよろしいですか?」「フルネームや!花村

輝彦」「えっ、輝彦様?それ、本名、ですか?」「アッタリ前やろ、」「なんだか、

俳優さんみたいなお名前だなと思って。イメージとちょっと違うから、」「失礼なや

っちゃな!」彼は、ポカンと彼女の頭をたたく。“目には目を”である。「それはそ

うと、辰夫はどうした?」「えっ、タツオ?ですか?」「そや、昌男と別れて、辰夫

とつきおうとるんやろ?」「ハハハッ、ホントですか?私が、ですか?どこからそ

んな名前が出てくるんですかぁ?」回りのスタッフも一緒にげらげら笑う。横から

マダム花村、「“辰夫”なんて、古っくさい名前やねぇ~、“卓也”とか、“潤”とか

言わなねぇ、」と、すばやいつっこみで彼女に援護射撃を送る。花村夫妻がやっ

てくると、笑いの波が緊張感の中に連続するような、奇妙な時間が続く。彼女の

日常は、そんなバラエティ番組のようでもある。結婚、出産、新築、入院、それ

ぞれの準備。一生の行事が日々交錯する。楽しい話題、つらい話、病気、介護

の話、嫁姑問題、人間関係、政治経済、人生論に至るまで。



 「おい、木村君、店の裏にパン屋できとるやろ、おいしいか?」「さあ、すみませ

ん。まだ、食べてません」「それなら、一緒に行こ、買うてやるよ」「やぁ、そんな、

いいですよ~」と遠慮するリサコの腕を引っ張って、駐車場側入り口のすぐ真向

かいのピザ屋兼パン屋さんに入る。ムッシュウ花村はリサコのトレーに片っ端から

パンを載せながら、「これも、もらっとき!」レジに置いてあるチラシをリサコに示す

と、「うちは、ぜんぜん関係ない、よそのチラシ見て、ちょっと何か盗むんや」。彼

は建築関係の会社の社長さん。「今、うちのモデルルームにペットの専用のクロ

ーゼット作っとる。ウォークインやで。ペットショップのチラシで思いついてね」「へぇ

ペットのクローゼット?面白いですね」「そうやろ?どんなチラシでも、必ずヒント

がある。そっから、何か盗むんや」。「パンのチラシで、ですか?」「そや!」リサコ

はA2サイズの大きなチラシ一面に食パンとベーグル、デニッシュなどが実物大く

らいの大きさで載っている写真をじっと見た。裏には、見慣れたたくさんの種類の

ピザの写真。広げたチラシを覗き込んだムッシュウ花村と彼女の間に、ちょっとだ

け沈黙が続く。“うぅぅ、パンから盗むねぇ、どう盗むか、それが問題、うぅぅぅん、”

とリサコがうなっている間に、花村夫妻は赤い車に乗ってさっさと帰って行ってし

まった。“当店自慢のもちもちベーグル”その“のぼり”を横目で見ながら、一人ぼ

っちになった彼女はベーグルとピザから、どうやってインテリアのヒントを得るか、

一所懸命考えている自分は正常かな、と少しだけだけ思った。         



 「B子、もっとはっきり言えばいいんじゃないの。自分の思ってることを。のろのろ

してるから、いつもA子に先を越されるんじゃないの?」最近、B子によくリサコは

忠告するようになった。でも一向にB子は思ったことをいえないし、自己主張もで

きない。「リサコだって、ムッシュウ輝彦に言われてさ、毎日パンやさんのチラシ

見てまじめくさって考えてるやん!パンとカーテンに、パンとふとんに、いったいど

んな共通点があるっていうねん!」と痛いところをつく。B子の立場と同じく、リサ

コにも昔同じ名前を持つ頭のいい同級生がいた。向こうは勉強もできて、スポー

ツ万能。楽器はなんでもすらすら弾けたし。名前が同じだというだけで、常にライ

バル視する自分自身もいた。だから同姓同名のために、幼いころから“A子、B

子”とあだなで呼ばれてきた、AではないB子の悩みがいちばんわかるのは自分

だともひそかに思っている。同じ名前を持つ同級生ほど嫌なものはない。そして

必ずどちらかが優秀に決まっているから不思議なものだ。リサコは弱いB子を見

ていると、じれったい反面、ほっとするような癒しさえ覚えるようになっていた。そ

んな自分に最近やっと気づいた。1日3回も会ってるときもあるからだ。15分間

の連続ドラマ『ちりとてちん』(NHK,BS1,BS2)の主人公B子にである。毎日

15分間彼女と向き合っていると、テレビに向かって、「この本貸したろか?」とい

いたくなる。『人生は負けたほうが勝っている』(幻冬舎新書 山崎武也著)B子

を見始めて、つい最近見つけた本である。「弱みをさらす、だまされる、尽くす、

退く、逃がす、.........あなたはちゃんと、人に負けているか。負けられない人間は、

まわりから妬(ねた)まれ、疎(うと)まれ、人生において大勝することができない」

このコメントに惹かれて買った本だが、これが面白くて仕方ない。
           


 リサコはムッシュ輝彦だけでなく、いつもいろんな人にやりこめられたり、からか

われたりもする。それで空気が和んだり、相手との距離が縮まったように感じら

れることも多い。販売員は、やはり弱いに限ると思う。強引な相手や強引なしゃ

べり方では安堵感どころか、買う気もしないから。“販売員はしっかりもので弱い

がいちばん!”でも結局、弱いほうが最後には勝っていることになってるのよね。

お客さまが私から黙って買ってゆくんだもん。そう考えると、この本は人生の処世

訓に違いない。彼女は、封筒に封をすると、帰り道にポストに投函した。宛名は

花村輝彦様。彼はきっと今頃、老眼鏡をかけて読んでいるに違いない。マダム

花村がいつもこう言っているから。「リサコさんから来た葉書だけはね、主人、読

むのよ。めがねかけてまで。あなたのあの小さい字を。こうして腕を伸ばしてね」

リサコはその情景を思い浮かべて、にやっと笑った。                


 『輝彦様、先日はおいしいパンをご馳走になりました。...でも勉強になりました。

パンやさんのチラシで2つの重要なヒントを盗むことができました。これも、輝彦様

のおかげです。あのもちもちベーグルを見ていてひらめいたんです。ベーグルって

パン種を丸めた後、ゆでるんですね!だからあんな弾力が出るんですね。初め

て知りました。そこで思い浮かんだのがベッドパッドなのです。その寝心地を表現

するいいキャッチが今までどうしても浮かばなかったんです。それはこうなんです

“まるでベーグルの寝心地!外はさっくり、中綿は柔らかもちもち感!”どうです

か?それにベーグルはどんな具とも相性がいいですよね。どんな相手でもその

味を一層引き立てる引き立て役になっているということだと思ったんです。だから

私は今からベーグルになることに決めました。ずっとマシュマロになろうと思ってき

ましたが、こっちのほうがずっと頼りがいを感じませんか?だって“外見はシンプ

ル、味はあっさり、でも中はしっとり。噛めば噛むほど味が出る”でしょ。  リサコ』


                    



















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木村里紗子 Risaco






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