|
"ラララ、シャンソン"
「これ、今かかってる、このボサノバ、どれ?」50代半ばくらいの男性客は、男
性スタッフのK君に聞く。「これです」と差し出したK君に、「この5番目、『男と女』
を聞かせてくれないか?」体格のいい彼はちょっと頭をかしげてシャンデリアを見
ながら、その『男と女』にしばらく聞き入る。「うん、ま、あいいかな、ボサノバは、ジ
ャケットで買うと失敗するんだよな、何度も失敗したけど、やっぱり“ナベサダ”は
いい。ジャズのスタンダードナンバーを最後に“ナベサダ流”にくずすあのやり方
はいい。でも、あれ、『オノ、リサ』、あれはいただけない。アストラッド・ジルベルト
風の雰囲気で、わかりやすいが、あれは崩しすぎだ」。リサコは“ナベサダ”を知
らない。パナマ帽のような帽子をかぶっている“渡辺貞夫”という以外は。その
音楽も知らない。ずいぶん前だが、車で走っていると、博多駅近くの橋のたもと
に“バソキヤ”という看板を見つけて、彼女が隣にいた店長に何のお店だろうと、
聞いたことがあった。彼は「ジャズをかじっている人がやっている“ヤキソバ屋”だ
というのはわかる」と言った。ジャズマンとは反対から話すことを楽しむのだという
ことを、彼女はその時初めて知った。
“C’est Si Bon,De Partir N‘impote Ou、Bras Dessous Bras
Dessous~♪“(セ・シ・ボン、どこにでも、腕を取り合ってどこにでも~)食器を
洗いながら、リサコは”オノ・リサ“で覚えたシャンソンを歌う。覚えていない部分
は“ラララ~”と鼻歌になる。他にエディト・ピアフ、"LA VIE EN ROSE"
(ばら色の人生)、"HYMNE A L’AMOUR"(愛の賛歌)イヴ・モンタンのこれ
またシャンソンの代名詞的歌”LES FEILLES MORTES“(枯葉)もよく歌う。
”枯葉“だけは歌詞を見ずに暗唱できるが、人前で披露する機会がない。結婚
式で歌えるような歌ではないからだ。スタンダードナンバーのシャンソンは別れた
男と女の歌が多い。好きな音楽を尋ねられて、「シャンソンです」とは答えたくて
も、口が裂けても、という気持ちも彼女にはある。その理由は、彼女の学生のとき
のちょっとした出来事にある。
「君はどんな音楽が好きか?」ある日のゼミでこうフランス人教授が一人の日
本人男子学生に聞いた。彼は「シャンソンです。特にイヴ・モンタン、“枯葉”が一
番好きです」と、堂々とフランス語で答えた。瞬間、今まで微笑を浮かべていた
フランス人教授の表情が一転、凍結し、冷たい空気が流れた。「イヴ・モンタンの
枯葉?フランス語を始めたばかりの外国人学生が、恐れ多くも“イヴ・モンタン”
だと?“枯葉”だと?」その顔は冷たい沈黙の中でそんな言葉を語っていた。き
っと日本語を始めたばかりのフランス人が、国文学者に向かって、「漱石が好き
です。“明暗”なんか最高です」と言う感覚なのではないか。または、それはいつ
だったかラジオ番組のDJが語ったこととも、同じかもしれないと思った。車の中で
聴いたDJの彼女は自戒を込めてこう回想していた。ある日、歌手の都はるみさ
んをゲストに呼んだ時、「はるみさん、ホントに歌がお上手ですよね」と言ったそう
である。それを聞いた“都はるみ”は、ちょっと沈黙した後で、「40年間の歌手人
生で初めて言われた」と言ったそうだ。日本の演歌歌手の代名詞的存在の彼女
に向かって、“お上手”と言った、おそらく最初で最後の人になったのだろうと、そ
の失敗談を語っていた。シャンソンとは、フランス語では単に“歌”という意味で
普通に使われる言葉だが、『シャンソン』と括弧つきで言われる時、それは主に
“スタンダードナンバー”といわれるくらい人々に親しまれた歌、代表的にはイヴ・
モンタン、エディット・ピアフなどの”フランス大衆魂の入った歌曲”を示すのだと、
彼女なりの理解をしている。そういうわけで、『シャンソン好き』とは公言せずに、
一人静かに楽しむほうが気が楽に感じるのだ。
「わぁ~、ステキ!がらっと変わるもんですね~、すてきぃ~」この家の女主人
は、すっかり変わった自分の部屋に感嘆の声を上げた。ブル-ローズのカーテン
とトリコロールのテープのついた白い上飾り、レースカーテンは両開き中心にプチ
ローズの刺繍、白いウッドブラインドをあわせた4重吊り。ベッドの天蓋カーテン、
ベッドスカート、ベッドスプレッド、背をもたせかける巨大なクッション、その他円柱
や長方形のクッション、絨毯、リボン結びの椅子カバー、ティークロスなどを約2
時間かけてセットすると、殺風景な部屋は、ブルー&ホワイトの清らかで高貴な
雰囲気が漂った。「明日、友達が来るのよ。わぁ~今日はここで寝れないわ!」
武家屋敷の中に出現した、ブルーと白だけの寝室を、彼女は触るのさえもったい
ないような雰囲気で、幸せな笑みを浮かべている。外は阿蘇の晩秋の清涼な
空気が流れる中、リサコはハンカチで汗をぬぐいながら、“この瞬間が報われる
のよね~”と思った。帰りに大分の家具製造会社に立ち寄り、企画中のひとり掛
けソファのすわり心地とカバーの仕上がりを見た。2時間ばかりいろいろ検証して
改良点を示すと、高速で2時間の道のりをまた戻った。午後9時過ぎに事務所
に戻ると、ある方から1通のメールが届いていた。『あなたの、お客さまを幸せに
したいという気持ちが伝わってきて、お任せしようと思いました』。昨日送った寝
室のイラストと写真をまた見直すと、彼女は小躍りしたくなる気持ちで、そのメー
ルを自分のファイルに保存した。こんな言葉を聞けることはなかなかない。そん
な時、販売員をやっていて本当によかったと思う。
“Je suis le vagabond,Le marchand de bonheur~♪“ 『私は
行商人、幸福を売る商人、私の売るものは歌だけ、心の中に置いてゆく歌だけ、
私は四季を持っている めぐり歩くために、私が置いてきた喜びを見るために♪』
その夜、またこの愉快なシャンソンを聴いた。彼女は彼女の仲間たちと一緒にい
ろんな場所に行き、いろんな風景を作ってきたことを思う。きっと明日、阿蘇の
女主人は自分の部屋を自慢するだろう。そしてずいぶん経った後、きっとこう言
うだろう。「この部屋素敵でしょ。私が作ったのよ。どこのカーテン屋さんだったか
しらねぇ、もう、忘れたけど」それでいいのだと、リサコは思う。それは彼女自身の
日常会話も同じだから。「素敵な服ですね~どちらでお求めですか?」「そうぉ、
もう5年も前に買った服よぉ、どこで買ったのか、もう忘れたけど…」それが自然
なのだ。
“Longtemps,longtemps,longtemps~apres que les poetes
ont disparus~♪” (L’AME DES POETES 詩人の魂)で始まる軽快な
テンポのこの歌が語るように。“詩人たちが死んで、ずっと、ずっとずっと経って
からも、作った歌は、まだ街を流れている。それを歌う皆は、作者の名も知らず
誰のためにこの胸がときめくのかも知らない。時にはちょっとした言葉や言い回し
を替えてしまう、言葉を忘れた時にはただこうやるだけ、ラララ、ラ、ラ、ラ、レ....
と。♪”
初めてリサコラムをご覧になられた方は、下のバックナンバーもぜひ、
ご覧くださいね。
リサコラムに関する、ご意見、ご感想はこちらまで。→risaco@madame-watson.com
お名前と、お差し支えなければ、ご住所も書き添えてくださいね。必ずご返事いたします。
| 木村里紗子 |
 |
|