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リサコラム
本日のオードブル
第61回

ラララ、シャンソン
 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト


  ”さあ、みんな乗った?シャンソン歌って、出発よ!”
     

 

       


ラララ、シャンソン




 「これ、今かかってる、このボサノバ、どれ?」50代半ばくらいの男性客は、男

性スタッフのK君に聞く。「これです」と差し出したK君に、「この5番目、『男と女』

を聞かせてくれないか?」体格のいい彼はちょっと頭をかしげてシャンデリアを見

ながら、その『男と女』にしばらく聞き入る。「うん、ま、あいいかな、ボサノバは、ジ

ャケットで買うと失敗するんだよな、何度も失敗したけど、やっぱり“ナベサダ”は

いい。ジャズのスタンダードナンバーを最後に“ナベサダ流”にくずすあのやり方

はいい。でも、あれ、『オノ、リサ』、あれはいただけない。アストラッド・ジルベルト

風の雰囲気で、わかりやすいが、あれは崩しすぎだ」。リサコは“ナベサダ”を知

らない。パナマ帽のような帽子をかぶっている“渡辺貞夫”という以外は。その

音楽も知らない。ずいぶん前だが、車で走っていると、博多駅近くの橋のたもと

に“バソキヤ”という看板を見つけて、彼女が隣にいた店長に何のお店だろうと、

聞いたことがあった。彼は「ジャズをかじっている人がやっている“ヤキソバ屋”だ

というのはわかる」と言った。ジャズマンとは反対から話すことを楽しむのだという

ことを、彼女はその時初めて知った。
                                


 “C’est Si Bon,De Partir N‘impote Ou、Bras Dessous Bras

Dessous~♪“(セ・シ・ボン、どこにでも、腕を取り合ってどこにでも~)食器を

洗いながら、リサコは”オノ・リサ“で覚えたシャンソンを歌う。覚えていない部分

は“ラララ~”と鼻歌になる。他にエディト・ピアフ、"LA VIE EN ROSE"

(ばら色の人生)、"HYMNE A L’AMOUR"(愛の賛歌)イヴ・モンタンのこれ

またシャンソンの代名詞的歌”LES FEILLES MORTES“(枯葉)もよく歌う。

”枯葉“だけは歌詞を見ずに暗唱できるが、人前で披露する機会がない。結婚

式で歌えるような歌ではないからだ。スタンダードナンバーのシャンソンは別れた

男と女の歌が多い。好きな音楽を尋ねられて、「シャンソンです」とは答えたくて

も、口が裂けても、という気持ちも彼女にはある。その理由は、彼女の学生のとき

のちょっとした出来事にある。                              



 「君はどんな音楽が好きか?」ある日のゼミでこうフランス人教授が一人の日

本人男子学生に聞いた。彼は「シャンソンです。特にイヴ・モンタン、“枯葉”が一

番好きです」と、堂々とフランス語で答えた。瞬間、今まで微笑を浮かべていた

フランス人教授の表情が一転、凍結し、冷たい空気が流れた。「イヴ・モンタンの

枯葉?フランス語を始めたばかりの外国人学生が、恐れ多くも“イヴ・モンタン”

だと?“枯葉”だと?」その顔は冷たい沈黙の中でそんな言葉を語っていた。き

っと日本語を始めたばかりのフランス人が、国文学者に向かって、「漱石が好き

です。“明暗”なんか最高です」と言う感覚なのではないか。または、それはいつ

だったかラジオ番組のDJが語ったこととも、同じかもしれないと思った。車の中で

聴いたDJの彼女は自戒を込めてこう回想していた。ある日、歌手の都はるみさ

んをゲストに呼んだ時、「はるみさん、ホントに歌がお上手ですよね」と言ったそう

である。それを聞いた“都はるみ”は、ちょっと沈黙した後で、「40年間の歌手人

生で初めて言われた」と言ったそうだ。日本の演歌歌手の代名詞的存在の彼女

に向かって、“お上手”と言った、おそらく最初で最後の人になったのだろうと、そ

の失敗談を語っていた。シャンソンとは、フランス語では単に“歌”という意味で

普通に使われる言葉だが、『シャンソン』と括弧つきで言われる時、それは主に

“スタンダードナンバー”といわれるくらい人々に親しまれた歌、代表的にはイヴ・

モンタン、エディット・ピアフなどの”フランス大衆魂の入った歌曲”を示すのだと、

彼女なりの理解をしている。そういうわけで、『シャンソン好き』とは公言せずに、

一人静かに楽しむほうが気が楽に感じるのだ。
                        


 「わぁ~、ステキ!がらっと変わるもんですね~、すてきぃ~」この家の女主人

は、すっかり変わった自分の部屋に感嘆の声を上げた。ブル-ローズのカーテン

とトリコロールのテープのついた白い上飾り、レースカーテンは両開き中心にプチ

ローズの刺繍、白いウッドブラインドをあわせた4重吊り。ベッドの天蓋カーテン、

ベッドスカート、ベッドスプレッド、背をもたせかける巨大なクッション、その他円柱

や長方形のクッション、絨毯、リボン結びの椅子カバー、ティークロスなどを約2

時間かけてセットすると、殺風景な部屋は、ブルー&ホワイトの清らかで高貴な

雰囲気が漂った。「明日、友達が来るのよ。わぁ~今日はここで寝れないわ!」

武家屋敷の中に出現した、ブルーと白だけの寝室を、彼女は触るのさえもったい

ないような雰囲気で、幸せな笑みを浮かべている。外は阿蘇の晩秋の清涼な

空気が流れる中、リサコはハンカチで汗をぬぐいながら、“この瞬間が報われる

のよね~”と思った。帰りに大分の家具製造会社に立ち寄り、企画中のひとり掛

けソファのすわり心地とカバーの仕上がりを見た。2時間ばかりいろいろ検証して

改良点を示すと、高速で2時間の道のりをまた戻った。午後9時過ぎに事務所

に戻ると、ある方から1通のメールが届いていた。『あなたの、お客さまを幸せに

したいという気持ちが伝わってきて、お任せしようと思いました』。昨日送った寝

室のイラストと写真をまた見直すと、彼女は小躍りしたくなる気持ちで、そのメー

ルを自分のファイルに保存した。こんな言葉を聞けることはなかなかない。そん

な時、販売員をやっていて本当によかったと思う。                 


 “Je suis le vagabond,Le marchand de bonheur~♪“ 『私は

行商人、幸福を売る商人、私の売るものは歌だけ、心の中に置いてゆく歌だけ、

私は四季を持っている めぐり歩くために、
私が置いてきた喜びを見るために♪』

その夜、またこの愉快なシャンソンを聴いた。彼女は彼女の仲間たちと一緒にい

ろんな場所に行き、いろんな風景を作ってきたことを思う。きっと明日、阿蘇の

女主人は自分の部屋を自慢するだろう。そしてずいぶん経った後、きっとこう言

うだろう。「この部屋素敵でしょ。私が作ったのよ。どこのカーテン屋さんだったか

しらねぇ、もう、忘れたけど」それでいいのだと、リサコは思う。それは彼女自身の

日常会話も同じだから。「素敵な服ですね~どちらでお求めですか?」「そうぉ、

もう5年も前に買った服よぉ、どこで買ったのか、もう忘れたけど
」それが自然

なのだ。

“Longtemps,longtemps,longtemps~apres que les poetes

ont disparus~♪” (L’AME DES POETES 詩人の魂)で始まる軽快な

テンポのこの歌が語るように。“詩人たちが死んで、ずっと、ずっとずっと経って

からも、作った歌は、まだ街を流れている。それを歌う皆は、作者の名も知らず

誰のためにこの胸がときめくのかも知らない。時にはちょっとした言葉や言い回し

を替えてしまう、言葉を忘れた時にはただこうやるだけ、ラララ、ラ、ラ、ラ、レ....

と。♪
























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木村里紗子 Risaco





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