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リサコラム
本日のオードブル
第63回

平成ロマン
 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト


   "ホームズ、アマゾンのランキングが上がったようだ..”

 

       

平成ロマン





 30畳は悠にありそうなリビングダイニング。その前に立つリサコ。静けさの度合

いで言えば、かなり高い。“アマンリゾートの感覚だわ”プーケットのアマンプリの車

寄せに車が止まったときのことを思い出す。“静寂なリゾート”と表現される、アマ

ンには独特の時間と空気が流れている。車寄せから一歩外に出たとたん、広々

としたブラックタイルのプールの方へ、夢遊病者のように歩きだしたときの感覚を

彼女は思い出していた。右手奥には、黒いオーソドックスなグランドピアノが鎮座

し、天井まで枝葉を伸ばしたアレカヤシは、その漆黒の鏡面に濃い緑の陰を落と

している。正面の細長い3つの明かり窓にはカーテンはなく、細かく切られた障子

がはまっている。左手には背の高い奥行き30cmほどの上品な作りのマントルピ

ース。その上には鏡。たき火の木材らしきものがガラスの奥に見える。「ガスなの

よ。木は燃やさないの。そこまではねと思って、イミテーションよ、」マントルピース

の左右にはニッチのようなくぼんだスペースがあり、光の帯が繊細なガラスの花

瓶を包み込んでいる。「どうぞ、さめないうちに」リサコはようやくダイニングテーブ

ルの上に供されたお茶に手を伸ばした。黒い漆塗りの四角な盆の上には女主人

が手折った真っ赤なもみじが一枝、絵画のような小空間を作っている。
      


 「あぁ、すばらしいお部屋ですね。」「そうかしら、毎日ダイエットもかねて床を磨

いているのよ、早くあめ色になれって、言いながらね」ヒノキの床はまだ初々しい

白さを保ち、青い香草の香りでその空間を満たしている。「ありきたりでなんです

が、大正ロマン風ですね」彼女は周囲をぐるっとまた見渡しながら、夏目漱石の

『それから』を思い出した。主人公の代助はこんな客間でチョコレートや葡萄酒

を飲んだんだろうか?「このふすまの唐紙はね、京都中を歩き回ってやっと探し

たのよ」。彼女は自分の背後の畳の間に目をやった。淡い緑色の中に小ぶりな

白いひょうたんの柄が浮き出しているふすまを見つけると、「めずらしいものでしょ

うね、きっと」「靴のかかとが磨り減るくらい何日も歩き回ってやっと見つけたの」「

引き手もひょうたんの形なんですか?はあ、すばらしいですねぇ、こんなものを今

でも作っているところがあるんですねぇ」「でも今はやっぱり少なくなっているみた

いよ」女主人はこの家を建てる苦労話を淡々と楽しそうにしゃべっているが、彼

女のきもちの半分は左手奥のティーテーブルに注がれている。その上に載った

輝きを放つものにである。「あのぉ、シルバーの貝の形をしたものは、ウォーマー

か何かでしょうか?」「あっ、あれね、」と待っていましたとばかりに女主人は席を

立つと、大事そうにテーブルまで持ってきて、その繊細な銀の足をこれ以上そっ

とは置けないくらいの慎重さで、象嵌の美しく輝くテーブルに着地させた。「イギリ

スのものですよね。アンティークですね、」両手のひらを広げて、合わせたくらい

の大きさの美しい銀器は、人魚が中から出てきそうな感じで左右にゆっくりと開い

た。中はまた繊細なレース網のような模様のトレイが付いた器になっている。「こ

の網の上にスコーンやビスケットなんかを乗せて、その下にお湯を張って温めた

んでしょうか?」「そうね、そしてこの網をたたむとね、...」2つの銀のレース網

は中心でぴったりと金具で止まるようにできていた。現れた二枚貝のくぼみを指

して、「ここにマドレーヌなんかのお菓子を入れたんでしょうね」
             


 「いつごろのものでしょう?」「19世紀末から20世紀にかけてのものらしいわ、」

「ビクトリア朝ですね、」リサコはひざの上に手を置いたままで、2つの目で残さず

記憶に留めようと、体をぐいと乗り出す。「あぁぁ、い~ぃですねぇ。そしてこれで

アフタヌーンティーをしたんですね」そう口にしたとたん、イカのコルセットでウエス

トを細く締め上げ、ふくらんだスカートを引きずる女性の姿が目の前に現れた。大

きな銀のトレイをかかえた下宿の女主人ハドソン婦人が「ホームズ先生、お茶の

時間ですよ」と言ってドアをノックして入ってくる。振り向きもせずに自分の世界に

浸るホームズ。やがて解決の糸口が見つかったように、窓辺に寄ると、いつもの

ように即興でバイオリンを弾き始める長身で痩せ型の男。スコーンは、銀の大き

なマドレーヌ型の中で待っているのに、彼は物悲しくすすり泣くような音を朗々と

奏でている。黒いフレンジをつけたレースカーテンの窓の外は、灰色のねっとりし

た霧がいつものように石畳の道を覆いつくしている。霧とけむりに煙る道をガス燈

の黄色くぼんやりした明かりを頼りに、ひづめの音を響かせて二頭立ての馬車が

近づいてくる。その音は、ベイカー街221番地のホームズの部屋の前でぴたりと

止まった。「ワトソン君、依頼人がやってきたようだね。悲しみには仕事が最高の

解毒剤だよ」
                                                 


 「シャンデリアは、フランスのものなんですよ。やっぱり同じくらいの時代のもので

」平成のハドソン婦人は、高い天井辺りを指し示して、瞑想中の彼女を促す。

「ええっ、そうなんですね、するとやはりアール・ヌーヴォーか、少し後の時代でし

ょうか、」「はっきりはわからないんだけど、そのくらいらしいわ、」肉厚のレリーフを

施したすりガラスのシェードが4つ、輝くテーブルにさらなる光を落としている。こ

んなシャンデリアの下、プルースト少年は失われた時を求めていたのだろうか?

あっさりした装飾の真鍮のアーム部分、直線的なデザインは、プルーストのよう

なブルジョワ家庭の家の天井に下がっていたような気がした。このシャンデリアの

部屋でやはり、プチット・マドレーヌを紅茶に浸したのだろうか?あの、壮大な小

説のドラマがそこで生まれたのだろうか?見上げるリサコを世紀末はじっと黙った

まま見下ろしていた。当時のフランスの芸術はモネの睡蓮に代表されるように、

ジャポニズムの影響を強く受けていたといわれる。その逆流現象がその後、日本

の当時の芸術に見られる。夏目漱石の本の装丁で見たことのある、ノスタルジッ

クなあの雰囲気である。そこで彼女ははたと気づいた。“この部屋が醸し出して

いるこのにおいは、実は同じ時代の文化においなのかもと。明治から大正にかけ

てと、ナポレオン3世の時代から貴族が没落した第三共和制、イギリスの黄金期

芸術、文化の花開いたと表現されるビクトリア朝時代、前世紀末の名残を惜し

む香りのような気がする”
                                        


 アンティークの魅力はその世界に簡単にタイムスリップできるところだと彼女は

思う。インテリアもその時代風にすれば、いつでも自分が貴婦人になったり、明治

の文人になったり、名探偵になることだってできる。先日、横浜の産婦人科医の

ユウコ先生にしっかり明言されたリサコだった。「子供産むなら、やっぱり20代、

若いに越したことはないのよね。人間の体は巻き戻しがきかないからね。」動物

としての人間は巻き戻しができない。だから、神様は大人に、インテリアでタイム

スリップする、こんな遊び方を与えてくれたんだろうか?              































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木村里紗子 Risaco






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