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リサコラム
本日のオードブル
第69回


ぐうたらばんざい

 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

      「そのぐうたら西洋梨、起こし給へ」

             「いとをかしき、もて遊びなり」

 

       

ぐうたらばんざい





 「このハンドクリーム、いいですか?」「すみません、私、まだ使ったことがないん

です。でも他のスタッフ2人が愛用しております。香りもいいですよ」それならと、

源氏の君は深き眉を動かして、「手を使う仕事なもので」とその箱をリサコに手

渡した。漆黒の大きく印象的な目。その瞳は静かにどこか遠くを見据えているよ

うに妖しい光を放つ。「と、おっしゃいますと、医療関係?じゃないでしょう?」落

ち着き払って寡黙な源氏の君は、ははは、と小さく笑うと、「太鼓やです」「えっ、

タイコ、たたく方?じゃないですよね」「ええ、いえ、作るほうです」「ですよね。や

っぱり。医療関係のお仕事の方とは、ちょっと雰囲気が違うし、」「ははは、」と、

また源氏の君は小さな笑い声をお立て遊ばした。
                      


 数週間後、源氏の君と紫の上の新居がようやく完成。「家の完成は台風次第

といわれたものですから、ずいぶんと時間が延びて」とこんなせりふにも、大きく

輝く瞳を持つ紫の上はきらびやかな笑みを見せる。彼女はKと二人で晴れた冬

の日、早速、寝室のセッティングに向かった。著名な建築家の娘さんに依頼した

という家は、外壁にはすべて木板が張られている。“浅葱(あさぎ)色”に塗られ

た寝室の壁は窓の外の森の緑より鮮やかなブルーグリーンである。2人は手際よ

く、粘着ローラーを使いながら、羽毛ふとんに麻のベッドリネンをかけ、麻のベッド

スプレッドと順番にメイキングしてゆく。一年中麻をこよなく愛する二人の21世紀

風みやびな寝室が完成した。「では、他のお部屋をと」案内された先は、光が十

二分に入る明るい洗面室である。白にほのかに緑を匂わせた“卯花(うのはな)

色”の淡い小さなガラスタイルが貼られた清潔な空間。窓際に作られた室内の

洗濯物干し場はUVカットガラスから、おおらかな光を存分に受ける。「どうしても

ホウロウの浴槽が欲しくて」「うぅん、ステキ、いいですね、ここにキャンドル置いて

ね、はぁ、お風呂が楽しそう。うらやましい~」お次は琉球畳を敷き詰めたこじん

まりした和室。「ここにね、将来は仏壇が来るんです」と紫の上はくくっ、と小鳥の

ように笑う。急な階段を3階まで上がると、「この手すりは、祖父の家から持って

きたんです」と紫の上。「はぁ、おじいさまの?いいですねぇ、ステキなことです、

そうですか、」その先、視界は一気に開け、吹き抜けの広々とした空間が広がっ

た。リビングの右手奥には暖かな光を放つ薪ストーブが外の煙突へとつながる。

「いいですねぇ~、ステキ!」さらに階段を数段上がった左手には一枚板の大き

な食卓を囲むダイニングスペース。すべての窓からは青い海、海、博多湾に架

かるつり橋。「いいですねぇ~、ステキ!うらやましいわ~」リサコはよだれが出そ

うだった。ウッドデッキの広いバルコニー。海風を受けながら、「ここで食事するん

ですね、ステキ!うらやましいわ~」彼女はさっきから、この言葉しかしゃべって

いない。他のしゃれた言葉を捜す余裕もない。冬の夜はこの薪ストーブに火を入

れて、自然音のCDをかけ、みやびな二人は、大きなソファーでゆるりとした長い

夜の時を過ごすのだろうか。海にかかる橋の点滅する明かりとその上を走る車の

ヘッドライトを時おり眺めながら、どんな本を読み、どんな話をして過ごすんだろ

う?「雪の降る日は、楽しいペチカ、ペチカ燃えろよ~♪」心の中でつぶやきな

がら、なんて、うらやましい光景だろう。彼女とKは、ぼおっとなった。
         


 「このシルクのコンフォーターカバーとシルクのシーツの間に、はさまれて、ごろ

ごろするんです。これがなんともいえず、いいんです。そのすべり感というか、衣

擦れというか、」彼女はシルクのベッドリネンを顧客に説明するとき、いつも、よだ

れをすすりそうになる。「ほうそうなの、じゃ、シーツも一緒にもらおうかな」と関西

弁の彼女は温泉通である。「でもこんな気持ちいいベッドで寝るなら、一泊、5万

も6万出さないと、外じゃ泊まれないわよ」「そうそう、いいとこ、見つけたの。6千

円よ、2食付きで温泉付き!10時間も部屋使えるとこよぉ、」「へぇ~、10時間

?お部屋つきで?」「お昼は湯豆腐、夜がすっばらしいのよぉ。かに、伊勢えび、

海鮮懐石、6千円よ、旅館は古いけど、老舗だけあって、掃除はばっちり安心」

「わぁ~、よく見つけてこられますね」「明日から湯布院、“二本の葦束”に泊まる

の。雰囲気グ~、でも、アナタ、ふとんは家がいいわよ、だから“ヒ、ガ、エ、リ!

10時間”行ってみてぇ~」いつも彼女の温泉、グルメ情報はすごい。彼女に限ら

ず、温泉、ホテル、海外旅行情報、毎日覚えきれないくらいの満載情報がリサコ

の元に顧客から寄せられる。しかもwebサイトでは聞けない生の声。一言も聞き

逃すまいと、メモ用紙片手に真剣に聞き入るのが日課である。みんなぐうたら魂

全開で、話に花が咲く。
                                         


 そういえば、10年くらい前、NAVIという車雑誌で“ぐうたらバンザイ!”という

フランス映画の紹介記事を読んだことがあった。しっかり者の妻に、毎日こき使

われていた主人公が、毎日寝て過ごすことを夢見ているうち、妻が事故で亡くな

り、以来、愛犬とただ眠り続けるぐうたらな生活を送るようになる、というほほえま

しく、人間味あふれた秀作だったらしい。しかし、ちっとも流行らず、それを紹介

した今村幸治郎という画家はぐうたら主人公が乗っていたシトロエン2CVに惹か

れ、以来シトロエンを8台をも所有するようになったばかりか、シトロエンしか描か

ない画家になってしまったというおまけつきの面白いコラムだった。彼女もやはり

それを読んでから“ぐうたら魂”をひとつ手に入れてしまった。“ぐうたら魂は岩を

もうがつ”と思う。太陽がいっぱいのリゾートで波を子守唄に、ビーチに寝そべり、

楽師の奏でる中、食事を堪能し、広いベッドで目が覚めるまで眠る。そんな非日

常を堪能する束の間の5日間のために、人は残りの360日をひたすら勤勉に働

くこともできる。満員電車さながらの狭いエコノミーの座席で、10数時間の苦行も

いとわない。数々の苦難の末にリゾートに引けをとらない家を、別荘を作り上げる

偉業さえやってのける。ひとえにそのぐうたらな日々を夢見て。よきぐうたら魂は

それより弱い勤勉魂も、掃除魂も、整頓魂をも突き動かす最強無二の力を持っ

ていると彼女は思う。
                                           


 今夜もまた寝食忘れてピロケースに、パジャマにアイロンをかける。休日の一日

正月の雪で汚れた窓ガラスを磨き、ベランダをデッキブラシでこすり、150枚の

ブラインドの羽を一枚一枚ふきあげた。ひとえに、シルクのベッドの中で、シルク

のパジャマを着て、平安朝の蒔絵物語りの主人公になりきり、『王朝の香り』(青

幻舎)をベッドで読むためである。源氏の君と紫の上は今頃、“浅葱(あさぎ)色”

の寝室でみやびな寝息をたてているころだろう。きっと、5分もすれば、波打つ大

量の絹織物の中、ぐうたらを満喫する彼女は、さっきアイロンをかけたばかりの、

ピロケースの上に“よだれ”という名の美しきぐうたらの証をつけることだろう。   



                                       Risaco







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木村里紗子





















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