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リサコラム
本日のオードブル
第70回

職人さんはアーティスト

 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

 「うぅん、この香り、コロンビア、シングルロースト!

          「おっと、ラベンダーの香りもするぞ...」

 

       

職人さんはアーティスト






 「アナタ、家に一度もやってこないで、押しかけなさいよ!もう引越して半年よ」

電話口の相手は、興奮気味である。「でも、押しかけるわけには、...」「うちの

雰囲気も知らないで、何も提案もできないでしょ」「カーテンのご相談のときには

お伺いしようとは思ってましたけど、キャンセルなさったでしょ」リサコは16年来の

顧客にちょっと恨みがましい雰囲気を匂わせた。「そのカーテン、実は気に入っ

てないのよ。自分で選んだんだけどね。何とかしたいのよ」彼女の新居のカ-テン

はお付き合いのある方から、プレゼントでつけさせてもらったものである。「では、

新年早々に伺いましょう」年末に約束をすると、いつものユニークな職人さんに

早速電話で約束を取り付けた。                            



 数日後の新年早々、職人さんと一緒に彼女の新しいマンションに伺うと、出迎

えた彼女は、ホテルから持ち帰ったスリッパのビニール袋を破り捨て、大理石の

玄関にスリッパを2足置いた。「どぅお~、アナタ、ステキな眺めでしょ。海が目の

前よぉ、ねえ、いいでしょ!」間髪入れずに話を始める。「ほんと、ここから海に

飛び込めるみたい。うらやましいですねぇ」ビーチサイドに建つ高層マンションから

の眺めは、遠く韓国まで見渡せるかのように絶景である。「そうでしょう。あれが、

“のこの島”で、向こうが“志賀島”。ドームのほうから朝日が昇って、のこの島に

沈むのよぉ、」「向こうの島はなんていう島なんですか?」「あれは、相島と書い

て、“あいのしま”と呼びます。中学校までアリマス」と横から、60代のニヒルな物

知りレール職人さんがゆっくりと口を挟む。「ほう、よくご存知ですね」「リサコさん

向こうのシーホークのホテルのレストランから、うちのマンションの方を見たけど、

ぜんぜん、こちらかの眺めがよかったわよ~」「最上階は展望中華レストランにな

っております。でも、味はどうかな?それに建物のとんがったところはすべてジャ

グジー風呂のお部屋になってます。僕たちもレール付けましたから」職人さんも

饒舌である。「コーヒー淹れたから、お飲みになって、」「わぁ、なんてコーヒーで

すぅ?香りがすごくいいですね!」「えっと、何だっけ、」「ハワイ島のコナコーヒー

じゃないですか?僕の息子は、ハワイにおるんです」「ハワイ大学でしたっけ?」

「今年から教壇に立ってます」「わ~、そうなんですね。すばらしいですね。何を

研究なさってるんでしたっけ」「サイキン、」「サイキン、ああ、“細菌”ですね」。 


 「ちょっと、こちらに来てぇ」二人は次の部屋に案内されると、「これ、できないの

よ。どうもうまく紐が引けなく、」新しいタイプのブラインドである。職人さんは、すぐ

に紐の調整を始めると同時に、彼女はリサコの腕をつかんで、「アナタ、これ見て

ステキじゃなぁい!カレンダーが送ってきたのよ」韓流スターのカレンダーを見せ

始める。「このすがすがいい瞳、しびれるでしょう」「かっこいいですね。日本人に

はいない雰囲気ですね」「でしょ。この清潔感あふれるお顔、いいじゃないのよ」

彼女は目を潤ませて溜息をつく。「お話の腰を折るようですが、奥さま。これは

右手と左手、両方の手で行わないとダメです」職人さんは、二人の間に割っては

いる。「はいはい、わかりました。こうね」「ははあ、野口ゴロウの若いときですね」

覗き込んで職人さんが口を挟む。「そう、言われれば、そんな感じも..」「まあ、

とんでもないわ!似ている人なんか、いないわよ!」彼女の王子さまは唯一無

二の存在のようである。



 「あの失礼ですが、奥さま、このレールも換えませんとだめですね。すべりが悪

いでしょ。こんな一番安いレールをこんなグレードのマンションにつけること自体、

失礼なことです。電動に替えましょう」「えっ、電動に?」「いえ、電動じゃなきゃ

ってことはないですが、」とリサコはフォローにはいる。「でも、確かにこんなレール

はひどいでしょうね。」「僕たち、たぁくさんのマンションにね、このレールつけては

入居された後、やっぱり僕たちが付け替えるんですよ。自分がつけたレールを自

分で付け替えるなんて、そんな無駄なことはないでしょ。それなら最初からつけ

なきゃいいのにって思うんですよねぇ」廉価版のレールは真実、格段に滑りが悪

い。高い窓だと、カーテンに余計に力を入れることになるし、ストレスを1つ増すこ

とにもなる。「カーテンを束ねる紐もね、おしゃれなのがいいわ」「じゃ、ビーズが

いいでしょ。スワロフスキーの」職人さんはリサコを無視して営業マンになる。「ス

ワロフスキー、すてき!じゃそれがいいわ。4本ね」「はいわかりました」冷静な営

業マンは穏やかな口調で、「きらきらして、それはもうきれいです。1本6万円で

すから、シロクニジュウシで24万円ですね」「えっ1本6万?そんなにするの!」

「いえいえ、6000円くらいのビーズもありますから、」リサコはあわてて答える。 

「わかりました。6000円くらいのビーズにします」初対面の2人の間に入ると、何

かと冷や汗ものである。


 「カーテンなんて、ピンキリでしょ。かけようと思えば、どれだけでもかけられます

からね。1部屋1000万でも、1軒1億でも」帰りの車内で職人さんはおっとりとし

た口調でしゃべり続ける。でもいい家には、いいカーテンじゃないとね、だからスワ

ロフスキーのタッセルとおんなじよね。オーダーメイドの最高級スーツに安物のベ

ルトはしないでしょ」「なるほど、そうですよね。でも最近、戸建のカーテンの予算

がトータル20万って聞くんですけど、ほんとです?」「ええ、5000万もする家な

のに、車は600万で、カーテンは20万でしょ。」「不思議ですよね。カーテンは、

窓をおおう布、ってとらえ方なんでしょうか?でも、バランス悪いですよね」「カー

テンは家の最後のお化粧だから、もっと丁寧にしてあげなきゃねって、僕らも言う

んですよ。それに、5年、10年ほったらかしで、レースカーテン洗濯したけど、き

れいになりませんよって、言われるんですけどね、洗えば何でもきれいになるも

んじゃないでしょ。下着は毎日洗うけど、だんだん黄ばんでくるじゃないですか」

「そうですね、すばらしい!」説得力あるたとえに、リサコは頭の中にメモをとる。

「でも洗いすぎるより、10年も経ったら掛け替えたほうがいいんだけどね、カーテ

ンは。洗えば縮みもするし、縫い目も詰まるから引きつりもするし、生地のコーテ

ィングもはがれもするしね」「ほんとですよね。洋服はダメにならなくてもどんどん

買い替えるんですけどね」車は、都市高速に入り、海沿いのカーブしたやや混ん

だ道を120kmですべるように下る。「僕ね、昔スピードスケートやってたんです。

今も滑りますよ、」“どうりで、カーブも早いけど、ちょっと怖い”。年間5万キロを

走破する職人さんの車は箱バンではなく、ボルボのワゴンである。「僕ね、学生

時代からデパートのインテリア売り場でアルバイトしてたから、インテリアの仕事し

て、40年以上になるかな」ニヒルで落ち着いたしゃべりのセンスも一流である。


彼女は職人さんを見ているといつも思う。センスのありなしとか、センスを磨くとか

言うけれど、センスって、磨くものじゃなくて、貯めるものじゃないかなと。その貯

まったところから、そこはかとなく出てくる感じ。つまり、知識に経験を掛け算した

ものがセンスだという彼女の持論である。“イチローのバッティングセンス”なんて

言うけど、それはまさに”知識X(経験=練習)”の賜物じゃないかなと思う。体

の芯まで染み付くようになって、はじめて本物のセンスじゃないかと
。だから”イチ

ローのバットとかけて、いい扇と解く ”。その心は、“ふればせんすが香ります”。


「お粗末でした」


                                        Risaco



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木村里紗子















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