MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
本日のオードブル
第73回


北の宿から

 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

 
  「あの、どうしてもあの歌、頭から離れないんですけど」

 

       

北の宿から






暮れもまだ浅いころ、ひと気の少ないデパートの紳士服売り場を、リサコはひと

りそぞろ歩きをしていた。平日の昼過ぎの売り場には、それぞれのブースにひとり

ふたりの店員が客の様子を覗ってはいるものの、ブランド物のショップが連なるそ

のフロアに彼女は似つかわしくないらしく、「いらっしゃいませ」の目配りだけで、誰

も声をかけることもない。彼女は自分の叔父がずいぶん前に言っていた言葉を

ゆっくり反芻しながら歩いた。タテもヨコも非常に体格のいい彼は、自分の体に合

うスーツに出会うのは至難の業であるらしかった。無為に探しまわるのも面倒だ

し、デパートの中をぶらぶら歩いて、声をかけてきたところに入って買うのだと言

っていた。彼の体型を見て、置いていないショップは絶対に声をかけないからで

ある。「そうよね、私見て、ヨーロピアンブランドの男物のスーツなんて買いそうじ

ゃないよね」プロの目は確かである。しかし、今日の貴重な休日を逃すと年内に

買い物に出られる日はない。2年分保留にしてきたK君へのクリスマスプレゼント

に、誕生日プレゼント、ついでに過去2、3年分のバレンタインと、負の貯蓄が貯

まりに貯まってしまっている。今日こそそれを清算すべく重い腰を上げたのに、

彼女は出鼻をくじかれ、拒絶されたショップを後にした。また街中をぶらぶら歩

き、1軒の紳士服の店に入る。1周すると、スリムなスーツを着た若い男性が声

をかけてきた。「身長はどのくらいでいらっしゃいますか?」「えっと、160cm..

.」と言いかけて、自分のことじゃないんだわと思い直し、「170cmから、180c

mの間です」と言うと、彼はクスリと笑って「じゃぁ、A体?Y体ですか?袖丈、股

下は?」と順番に聞いてはくるが、もちろんどれにも答えられない。「すみません

ちょっと電話で聞いてみます」と仕方なしにKに電話をかけて聞く。濃紺のスリム

な彼は電話するリサコの横にメモを持って待機し、かたわらで質問を投げかけな

がら、数字を書き取って行く。「ずいぶん脚が長い方ですね」「いえぇ~、見たと

ころ、そんなでも、...」「そうですか、でもこの数字ではすごく股下が長くていら

っしゃるようです」「うぅん、長く言ってるだけかもしれないので、ズボンの裾上げは

自分でやってもらいます」



 「ではこのあたりからお選びください」と言われた棚の前で、彼女は今さらながら

愕然とした。「選ぶって、言われても、どれもこれもおんなじみたいなものじゃな

いですぅ?ピンクや黄色があるわけでもないし」と言った自分にもまた驚いた。「こ

れなんかいかがです?」とスリムな彼はかすかにストライプの織柄が見える濃紺

の1枚を抜き取り、彼女の目の前につり下げた。「こちらにお色違いもございます

よ」つり下げられた2枚を彼女は目をしばたいて見たが、どこに違いがあるのやら

ちっとも判別できない。“ウールベージュ“”シェルピンク“”ハニーベージュ“”カシ

ミール“”マットベ-ジュ“に、“ソフトベージュ”、窓にかけるブラインドの色も女性

は言葉のイメージが大きな採用の決め手になる。“インテリアの仕事していて、こ

れでいいのだろうか?“と一気に不安になりながら、「あの、どう、色違いなんでし

ょう?」彼は目だけで笑いながら「こちらが紺で、こちらが黒です」と答えた。なる

ほど、よくよく見ると濃紺と、黒の違いがあることにはある。男性は紺、黒、灰、茶

の濃淡の色世界で生きていることに今さらながら気づいた。女性が48色の色鉛

筆を使っているとしたら、男性はそのうちの紺、黒、灰、茶、白、緑系おそらく10

色くらいの色鉛筆で事足りるような気がした。しかも、紳士服には、ボタンの数が

1つ2つ余計についているか、スリットが1つ多いかくらいで、襟が3つ以上ついて

いるとか、フリルがあるわけでも、飾りポケットが10個ついているわけでもでない。

ポケットは決まった位置に上着に3つ4つ、ズボンにも3つ4つあるだけである。

”男性のスーツは究極のミニマリズムである”と彼女は思った。濃紺か黒かグレ

ーの上下に白い襟付きシャツにネクタイを締めて、手帳と名刺を胸ポケットに、

財布をお尻のポケットに入れれば、身軽に仕事に出かけられる。しかも世界中、

どこでも通用する。150年くらい時代をさかのぼりタイムスリップしたとしても、何ら

奇異な目で見られることもない服装である。しかもここ150年以上それに異を唱

えて、紳士服の形を根本から変えようという動きもない。ミニマリズムという言葉

が使われるようになって40年、”過剰な“装飾をぎりぎりまで排除した芸術という

意味で生まれた思想だが、その言葉は、多くのことがらにおいても使われるよう

になった。紳士服のスーツとは、実用性とスタイルを最小限まで簡素化した末の

”シンプルな仕事服“というミニマリズムなのかもしれないと思い至った。”ならば

迷うことなし“と、彼女は、黒の1枚をスリムな男性スタッフに指し示した。
    


 家に帰って、シューベルトのアヴェ・マリアをかけながら、クリスマスカードにコメ

ントを書き始める。ここ10数年、DMに、手紙に、グリーティングカードにと毎日、

いろんな手紙文を書きながら、変りばえしない文句をたくさん書き並べてきた。

多くの顧客や友人に「お元気でいらっしゃいますか?寒い日が続きますね、暑い

日が続きますね、先日はありがとうございます。風邪ひかれませんように。お体

お大事に。ご自愛ください」他にもっとしゃれた台詞や、胸を打つような殺し文句

はないのかと考えはするのだが、紳士服と同じで、いまだ革新的アイデアが出た

ためしがない。優雅に流れるアヴェ・マリアを聞きながら、文章に行き詰まったと

きは、「♪あなた、変わりはないですか?日ごと寒さが募ります。来てはもらえぬ

この4年、お店磨いて待ってま~す」都はるみの“北の宿から”の替え歌をつい

口ずさむようになった。若い世代は特に、演歌を紅白歌合戦でしか聞かなくな

ってからずいぶん年月がたつような気がする。しかし2008年2月に日本人の祖

母を持つアメリカ人の若者が演歌歌手でCDデビューするらしい。日本人以上に

演歌心を理解するという“奇跡の演歌歌手”というふれこみである。秋元康作詞

宇崎竜童作曲のJEROの演歌とはどんな曲なんだろうと思いをめぐらせながら、

手紙文形式の演歌は、10行足らずで自分の心を伝え、相手の気持ちにぐさりと

くさびを打つ手紙文の“ミニマリズム”だという思いをまた深くする。JEROはその

ことに気づいたのだろうか、など考えながら、彼女はまた「北の宿から」の変形バ

ージョンを歌う。

            「♪あなた、変わりはないですか?

               
            日ごと寒さが募ります。
                   
               返ン事もらえぬ、このコラム、

            眠さこらえて書いてます。


            女~ごころの~、


            執念ン~でしょうぉ~


            あ~と28回ぃ~、

            
連載~100までぇ~♪」


                                      Risaco

















リサコラムに関するご意見、ご感想はこちらまで。                

mmm@madame-watson.com

お名前と、お差し支えなければ、ご住所も書き添えてくださいね。

必ずご返事いたします。
















>

* PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.