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リサコラム
本日のオードブル
第75回


いもほり

 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト


         「ちょっと、そのいも、切ってくんない?」

   「ほう、いもは木になり、地面に落ちて、土に埋まる?」

 

       

いもほり





 いちめん白銀の世界だった。この6日というもの、寝てもさめても白銀はどこ迄

行っても白銀の世界しか見せなかった。リサコは時々居場所を変えてみた。見

方を変え、時間帯を変えてもみた。しかし、白銀の真白き世界はどこまでも真白

き世界のままだった。頭の中も、A4の紙も相変わらず、真っ白だった。「書けな

い、書けない、描けない..」次の週のコラムのかけらも思い浮かばなかった。もう

月曜から数えて6日も経ってしまった。「寒さの夏はおろおろ歩き、...」賢治は

こんな気分だったのだろうか?「ダメ、私、スランプ。今回ばかりは、ほんとにスラ

ンプ、はぁ~私、入院してることにしょうかなぁ~」「何か面白い話でもしましょう

か?浮かぶかも、ですよ」Kが言う。彼女は思った。Kは新しい営業担当者がや

ってくるたびに、「血液型は?」と聞く。相手がAなりBなりOなり、ABなり言うと、

当然相手が「それでKさんは何型?」と聞き返してくる。すると、Kはすかさず「僕

は“くわがた”です」と答える。彼女はそれを思い出しながら、「いい、余計だめに

なりそうだから」とその申し出を断った。どうせ、“無から有が生まれるわけもない

んだし”                                           


 「くわがたね」仕方なしに彼女はイラストを書き始めた。定規で13cm角の枠を

紙に書き、その中に円を描く。その中心で大地を耕している女性。首に巻いた長

いスカーフがはためいている。名前は“はる子”。「“くわ”はね、見た目より重いの

よ。私、たけのこ堀りしたことあるけど、上に持ち上げたくわの重さで一気に振り下

ろすのよ。だから、注意しないと自分の足、切っちゃうよ」みきこは言った。先日、

マクロビの手料理をご馳走になったみきこの新居で聞いた話を思い浮かべなが

ら、春の大地を耕す“はる子”の手に“くわ”らしきものを持たせる。さらに紙を回

しながら円の周りにビル郡と家々、森を書き入れる。その森に“ハンモックをつる

して寝そべっている男”。海で魚を釣っている男。この辺が晴れなら、このあたり

は、雲から雨が落ちている場所、さらに凱旋門にピラミッド。らくだを引き連れた

男。“やっぱり、月よね、月の砂漠...リサコはだんだん調子が出てきた。イラス

トに集中すると自然にストーリーが浮かんでくる。”そう、この感じ、この感じ...“

白銀の世界にはだんだん森が見え、陽の光を受けた街の様子が鮮やかに視界

に入ってきた。「えっ、それ、何書かれているんですかぁ?」ユカが入ってきた。

「あぁ、地球。掘ってるの、地面を」「星の王子さまが惑星で土を掘っているイメ

ージよ。この丸い吹き出しにね、”いいもの見つけちゃた!“とか書こうと思って」

「へぇ~、すごいですね」とユカはテーブルの上に身を乗り出した。「ああっ、そう

です。営業の方、お見えになられました」「あっ、そう、はい。すぐ行きます」リサコ

は店内に出るドアを開けて、3段の階段を足音を立てずに下りた。
         


 1時間後、またテーブルに戻ったリサコはイラストを見て愕然とした。すでに白

銀の世界しか見えなくなっていた。ストーリーは雲散霧消。それは添付メールで

書き上げた文章を保存し忘れ、デリートされた情報の前で青くなる自分と同じ状

態だった。まさにコラムのストーリーはどこにもなくなっていた。つい1時間前まで

見えていた美しい光に満ちた白い雪と森、街並の光景は跡形もなく消え去り、イ

ラストの絵だけが残っていた。「ああ、仕方ない。保存しなった私が悪い。書き留

めるべきだった...」イギリスの詩人コールリッジの有名な逸話をまたいつものよ

うに思い出す。コールリッジが美しい詩をつむぎ出している最中、ドアをノックして

知人がやってきた。彼はペンを置き、席を立った。しばらくの中断の後、また自

分の机に戻ると、それまで彼に聞こえてきた天使のささやきも甘美な世界もすべ

て消え去り、もはやその詩のイメージは残されていなかった。だから、『クーブラ・

カーン』という詩は未完のままに残されている。「中断」の危険性について書かれ

る書物にはよく引用される有名な話である。しかし、すべて人間の営みは中断と

の戦い、その連続だと彼女は思う。天使のささやきを途切れさせないためには、

その髪の毛1本でもしっかりとつかんで、別の仕事や作業に飛び移りながら、日

々を送る。これが人の営みのイメージに近いと思う。しかし時には中断がよりよい

刺激を与えることもある。これ以上、事務所に居ても無理だと判断した。「今日

はこれで失礼します」彼女は家路についた。
                          


 おそらく氷点下に近い気温だろう。「ほぉ~寒い、寒い!」真っ白状態の彼女

には、この寒さは余計にこたえる。みきこの家の薪ストーブにじっとあたっていた

晩を思い出した。25畳の広いリビングダイニングをその薪ストーブ1台が、ほか

ほかに暖めていた。ダウンライトの光は部屋のコーナーにセンスある陰影を与え

ていた。しかし薪ストーブのオレンジ色の圧倒的な光をじっと見ていると、火は暖

をとるとともに、太古の世界から夜の貴重な光源であったことを思い知る。原始

の人々は、燃える薪のオレンジ色の光を見て、さまざまな想像をめぐらしたに違

いない。1本のマッチを擦って暖かな部屋やご馳走を思い浮かべた「マッチ売り

の少女」の謎が今まさに解けたような気になっていた。「ストーブで焼きいもする

とおいしいのよ~今度はご馳走するからね」“焼いも、久しく食べていないわ”幼

稚園児だった昔、バスでいもほりに行ったことをこの頃よく思い出す。スコップを

手に土を掘り返した幼児のある1日の出来事。農家のおじさんが「この辺がいっ

ぱい入っているよ」と指し示した土の中からサツマイモがごろごろ出てきた。まさに

“ごろごろ”。それ以来、いもは土の中に単独でごろごろ埋まっているものだと認

識している馬鹿な自分のまま大人になってしまった。“昔はどうしてあんな間違

った教育をしたんだろう”。いもが土の中にごろごろ埋まっているなんて。種いも

を土に埋めて、芽が出てつるを張り、空に向かって葉を茂らせ、土の中ではつる

を伝って根が伸び、球根を作るといった、一連の植物の成長を小学生の理科で

学ぶとき、当然ながら壁に突き当たるではないか。
                     


 毎週月曜日までに彼女はいものつるを引き上げる。いもは簡単にするりと抜け

ることもあるが、地中深く埋まっているときはびくともしない。力いっぱい引っ張ると

途中でつるが切れて、いもが土の中に残ってしまう。これが“中断”である。つる

を引くときは「リズムが大事」だと思った。無事土の中から“いもづる式”に出てき

たら、数個のいもをはさみで切り離し、丹念にヒゲ根をとり、洗い、研磨する。いも

の形はさまざまだから、2880字という箱の中にうまく入れ込むにはちょっと工夫

がいる。時には断腸の思いでいもの尻尾を切ることもある。無事、箱の中に納ま

ったら、いもの原産地や味のうんちくを記したイラストをつけ、ふたを閉める。木曜

日に送り先のリンクを貼り、金曜日の午前出荷して、仕事は無事完了である。届

け先では、薪ストーブなり、オーブンなり、焚き火なりで如何様にも味わってもらう

迄である。彼女は実は、販売員兼
いもほり職人である。               







                                      Risaco







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木村里紗子















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