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リサコラム
本日のオードブル
第77回

バナナフィシュに最適の部屋


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

             「おい、起きろ、やっと出番だぞ!」

  「よしとくよ。僕はナンセンスの世界に住んでるんだ」
                                

 

       

バナナフィシュに最適の部屋





 「見て、見て、すご~い、これ、きれ~ぇ!」彼は、打ち合わせ中のふたりの間

にはって、海外のデザイナーのインテリア本を見せる。「ほんと、きれい!すご~

い、すてきぃ~」リサコは広げたマンションの部屋の間取りから目をそらせて、ちょ

っと彼のほうに向き直り、同意の意向を示した。5分もすると彼はまた“SEVEN

SEAS”という、庶民より“ワンランク”も“ツーランク”も上の生活雑誌を持って

きては、見せにやってくる。「ねぇ、見て、すごいよ!!」彼による中断は続く。彼

女たちの前に広げられる、ゴージャスな部屋の写真に目をやり、「ほんと、すご~

い!!」を繰り返す。リサコに相談にやって来た若い女性は、申し訳なさそうに、

「私がずっとインテリアショップなんかに連れて行ってたもので..」「いえ、いえ、

すばらしいことですね。5歳で!」彼は2時間あまりの間、店内のインテリアコーナ

ーの雑誌や本を持ってきては、ふたりに見せ、「すご~い」を繰り返す。子供のよ

うに思ったままを表現できればどんなに楽しい暮らしになるだろうと、懐かしいよ

うな気分で、いつも、彼女は思う。                           


 「ねぇ、このソファいいね。リビングに合いそうな、カンジしない?」女性は、籐の

3人掛けソファの前でしばし、帰り道の足を止めた。聞かれた女性は斜め上を見

上げ、「どうせ、この上に洗濯物、ど~んて、のせるんでしょ」とすましたあどけな

い顔を見せる。「そんなことしないわよ~、失礼ね~」小学一年生の彼女にずば

り指摘されたお母さんは、リサコと一緒に笑いながらソファをあきらめた。1歳から

5歳までの子供がやってくると、まず、スキップフロアになった、中2階のスペース

と下のフロアの間のスロープを登ったり降りたりしながら、遊ぶ。わざわざ飛行機

に乗ってやって来たスキー場のような気分で、登ったり滑り降りたり、体ごと、ごろ

ごろ、でんぐり返りながら、きゃっ、きゃっと奇声を上げて同じことを小一時間でも

繰り返す。大人にその同じことをするように言われたら、きっと、お金を貰わなき

ゃ、やりはしまいと思う。                                 


 女の子は、シャンデリアの下、光り輝くピンクのサテンの天蓋ベッドに駆け寄りる

と、「わ~きれい、ねぇ、ママ、きれ~!来てよ~」とママを引っ張ってくる。ママ

はちらっと、その美しい天蓋ベッドに寄ると、「さわったら、ダメよ」と言い、彼女の

小さい手を引き連れ、向こうに行く。ママが買物に夢中になっている間、小さい

ママは小さい買物カゴに、キャンドルやポストカード、ハンカチタオル、バラの形を

したポプリなどでいっぱいにして、ママと一緒にレジに持ってくる。「あなた、何し

てるの、ダメよ。戻してきなさい!」大きいママは怒りながら、カゴをまた空にしよ

うとする。当然、小さいママは泣き叫ぶ。しかし、時としてママは姿見の前で、エ

レガントなリゾートドレスを自分に当てて「ねえ、どっちの色がいいと思う?」と小さ

いママに聞く。小さいママが指差すと、「えっ、そうぉ?こっちは、だめぇ~?」「ど

っちでもいいわよ。ママが好きなほうにすればぁ~」「そんなこと言わないで、ねぇ

ほんとはどっちがいい?」小さいママと小さいパパは時として、カーテンの色、壁

紙の色を決める最終の決定権者になる。4年前まで、暮れには抽選器を置いて

イベントをやっていたことがあった。そういう時、小さいママやパパは一等を引き

当てるべく、役割を担うことも多い。邪心のない子供が引いて、はずれたら、あき

らめもつく。大人は時としてずるく、なのに臆病にもなる。だれか他の人に、無垢

なものに判断を委ねたくなる。だから、子供が自分と顧客との間に入って、真に

よいものや、美しいもの、すばらしいものを見出してくれるとほっとすることもある。

先日、国文学科卒のユカに聞かれて、「19世紀のレオナルド・ダビンチのような

人で、芥川龍之介が卒業論文に選んだテーマらしいよ」と、ウイリアム・モリスの

ことをしゃべったものの、そのラディカルデザインを、今の生活の、生のインテリア

に“上手に”取り入れる意味もよくわからなくもなっている。産業革命時代、革命

家として工業デザインに、小説にと幅広い活躍を果たした彼のデザインの復刻

版のカーテン生地、壁紙で、その世界に浸りきることを人に勧めるのも難しく感じ

る。芥川龍之介の世界を容易に理解できると言えないことと同じかもしれないと

思った。
                                                     


 マクドナルドで薄いブラックコーヒーを飲みながら、お昼休みに彼女は、本を読

んでいる。外をながめると、頭上高く、巨大なマクドナルドの看板がぐるぐると回っ

ている。1分間に10回転。1時間で600回転。人は日々の暮らしでこんな同じ

ことを繰り返しているように見える。朝起きたら、人はみな平等に、今日という未

来が始まるはずなのに、感性で生きていた子供時代から自然に大人になると、

なぜか昨日と今日が、明日が、区別のつかないものになっている。啓子の愛読

書だという、パトリス・ジュリアンの『生活はアート』というタイトルの本を、彼女は今

日も拾い読みする。彼は本の中で、フランス人の友人でアンニュイな生活を送っ

ている友達のことを語り、「いつもいつも考えているけれど、つまらないことを考え

ています。花は美しい、なぜ美しいかを考えたりして、美しさのなかに飛び込んで

いこうとはしない」という。「感じるだけのシンプルな練習をしないで、小難しくつま

らない人生とつまらないことが好き」だと。身につまされて、この本を読んでいると

どの箇所にも彼の子供のようなみずみずしい精神状態が手に取るように感じら

れて、じかに話を聞いているような気がする。薄いコーヒーを飲みながら、さわや

かなミント味のハーブティを飲んだ気分になれる。「一冊の本が与えてくれる未

知の経験、感動を考えると決して高くない」と10ミリ足らずの厚みの本の中で、

彼自らが、「どんな本も安い」と語り、何が好きかと聞かれれば、「トータル的に美

しいものを美しいと思う」という言葉を思いながら、声を聞いたことのない啓子に、

「きっと啓子さん、美しい人でしょう」と書いたことを思った。彼女は「遠く離れて、

会えないことが、今日ほどよかったと思ったことはない」と奥ゆかしくも美しい返事

を返してきた。
                                                


 彼女の学生時代は英米文学や英語学科を専攻する学生の間では、卒論の

テーマに、“サリンジャー”が定番人気だった。同じく、仏文やフランス語学科で

は“カミュ”。しかし学生時代、そのカミュの“カリギュラ” の“不条理”に吐き気を

もようしながら、たどたどしく読みはしたが、フランス語を始めて2,3年の読解力

で、その不条理を理性を持って理解できるわけもない。そんなことなら、パトリス

の書いた、シンプルで美しい文章を読んでいたかったと、洗面室の床を磨きなが

ら、彼女は思った。大人になれば、“たまご焼き”を“玉(ぎょく)”と呼び、単純な

ことを小難しくし珍重するのが、スタイリッシュと思い、しゃれた言葉や気取った

空間に惹かれてしまう。その中に、未知なるものを見出し、解析しようとする。

しゃれたタイトルに惹かれて、サリンジャ-の“バナバフィッシュに最適の日”を読

んだ中学生の日のことを彼女は思ってみた。しゃれたコラムのタイトルには、だま

されてはいけない。                                    








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