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リサコラム
本日のオードブル
第78回

マヨネーズ・ニューヨーク

 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

               
                「マヨネーズはお好きですか?」             

 

       

マヨネーズ・ニューヨーク






 快晴の早春、東南の角、3m20の強化ガラスから差し込む午前の光は、暑い

くらいに暖かい。
天井から下がる、真っ白のシエード越しにも、UVをカットした光

を存分に受けて、3mX1.5mの店舗の一角は、絶好の撮影スタジオになる。

店長とユカ、リサコの3人は、時計をにらみながら、春の新作をすばやくボディに

着せ替えさせては、ファインダーをのぞき、アングルを調整し、次々とシャッター

を押す。外はまだ冷たい風が、コートを脱がさせはしないが、ノースリーブのシャ

ーリングドレスに、サテンのリボンをきゅっと結ぶと、オンナ心はとうに春を通り越し

初夏を呼び寄せる。歩くと、シャラ、シャラと軽やかな音のリズムを刻むギャザー

スカート。その上に綿ニットのざっくりしたロングカーディガンを羽織らせると、春の

日向のにおいがしてきた。二人のオンナはため息をつきながら「いいわよね~、

これ着てどっか行きたい~」とつぶやく。“ニューヨークの郊外なんかいいねぇ、ニ

ットのロングカーディガンにシルクのマフラーを首に巻いて、公園を散歩する。スリ

ムな犬を引き連れて”、と子犬さえ怖いくせに、リサコは陽気に思った。
       


 「ねぇ、自分の理想の家って、どんな家?」彼女は撮影現場スタッフ数人に試

合を申し込んだ。店長、すかさず、「寝室に香水クローゼットのある、ガレージハ

ウスですね」と、いきなりスマッシュを打ち込んだ。「おっと、そうきましたか。イメ

ージ戦略ですね!」リサコは次にK君にボールを投げると、「私のは、ヒ・ミ・ツ


彼は、高くボレーを打ち上げ、時間差を狙った。落ちてくる間に、ユカは「私は、

家族一人ひとりが自分の好きな個室を持つのが理想です。主人は黒いインテリ

アが好きだけど、私はレースとかフリルも使ったきれいな色の部屋を作りたいし、

子供たちにもそれぞれに個性あるインテリアを作ってあげたい。そして、花の絶え

ない家がいいです」まじめなユカらしい。リサコはまだボールが落ちてきそうにな

いので、「私はね、」ニューヨークの郊外の家を思い浮かべながら、「作家の部屋

がたくさんある家がいい。夏目漱石の部屋、シャーロック・ホームズの部屋、サガ

ンの部屋
、同じ白いドアの向こうに、それぞれのベッドルーム書斎があってね、

それ風のインテリアを施すのよ。その中に浸りきって、その作家の本を読むのよ。

いいでしょ」「私は瀟洒な趣のある和モダンなインテリアの家がいいです。檜の香

りが漂う家がいいです」物静かな厚子らしいしっとりした表現に、一同それぞれ、

自分の夢の世界に想像を膨らませた。
                              


緑の庭に面したサロンのような部屋には、高い天井から、ゆるやかなウエーブを

描いて下がる白いカーテン、白いカバーをかけたソファが点在していて、コーナ

ーには、弾けない彼女の代わりに、ピアニストの友人が弾きにくるピアノ。装飾を

削りこんだシェーカースタイルのような直線のミニマムなインテリア。白い猫足バ

スタブ。広大なタオルクローゼット。ひとつひとつを吟味して選び集めたもので構

成し、明るい光に満ちた創造力をかきたてる部屋部屋。それで構成された家。

こんな夢のような話を度々してきた。夢見るのにお金は要らない。どんなに実現

不可能な夢でも思い描く時は幸せな気分に浸れる。「夢より現実、夢よりカネ。

夢に生きているほうがよっぽどセクシーだと思うんだけどなぁ」なんて、ドラマの中

で岩城晃一は言ったことがあったよねと彼女は思った。
                  


 彼女の理想の家の原点は、実はカルバン・クラインの家にある。ニューヨーク郊

外のイーストハンプトンにある、ニューイングランドスタイルに徹したレンガ造り。13

年前のELLEDECOというインテリア雑誌に掲載された彼の家を見て以来、その

幸福なイメージは、焼きつき片時も離れない。「厳密さ、充足感、ゆとり、高貴さ

あらゆる枝葉末節を引き換えにしたディテールへの気配り」と、特集記事の中で

彼は家を語り、その語彙は自分のモードを語るときと同じだと書いた。その頃のそ

の雑誌にはモード界のリーダーたちの麗しく美しいインテリアをたくさん見ることが

できた貴重なバイブルである。だから10年以上経った今でも1冊残らず取って

ある。彼のイーストハンプトンの家のサロンには洗いざらしの白いカバーの一人が

けソフアが数台、会話のときを待っていた。庭に面して開け放たれたガラス格子

のドアに向いて、黒いグランドピアノ。訪れたビリー・ジョエルが弾く場面をよく見か

けるという。ストイックな美しいゆとりを持つ空間で、静かにビリー・ジョエルを待つ

ピアノ。なんと、うらやましい情景であることか!”厳密さ、ゆとり、充足感、気高さ

ディテールへの気配り”この5つの言葉が融合したスタイルに魅せられて以来、

キーワードとなって、彼女はカルバン・クラインが大好きになってしまった。   


 “バック・トゥ・ザ・フューチャー”という映画の中で、マイケル・J・フォックス扮す

る主人公マーティは、タイムマシーンで、30年前にタイムスリップしてしまう。そこ

には、自分の父に出会う前の若くスリムな母親がいた。気を失って道に倒れて

いた彼を家に運び込んで、介抱する未来の母親は、知るはずもない未来の息

子に一目ぼれしてしまう。ベッドに横たわる彼が目を覚ますと、かたわらの未来

の母は、未来の息子を恋人のような目で見つめて、いとおしげに名前を呼ぶ。

「カルバン!」と。下着に刺繍されたCALVIN・KLEINのロゴマークを名前だと思

い込んだ彼女が呼んだ“カルバン”。その美しいジョークのおかげで、カルバン・ク

ラインがニューヨーカーのエレガンスの象徴となっていることを伺い知ることができ

た。そのシーンだけはなぜか鮮明に思い出す。好きなもの、好きなシーンは、幸

福なイメージを引き連れ、年を経るごとにワインのように熟成され、知らぬ間に、

好み、趣向として形作られるように思う。小学生の時、給食の豚肉の脂身が食

べられず、彼女はそれを窓から外にそっと投げ捨てたことがあった。それを見て

いた、男子生徒が先生に指摘した。以来、肉も嫌いになった。嫌いなものも幸福

でないシーンを引き連れているらしい。
                              


 ELLEDECOと同じ頃、雑誌によく連載されていたキューピー・マヨネーズの1

ページ広告を、ふとした時によく思いだす。古いレンガのビルが2、3個並ぶスナ

ップ。ニューヨークの裏通りの情景を写し取った写真だった。春を待ちわびた木

々は葉を落とし、静かに息を殺しているように見えた。その大きな写真の下には

一度だけ短い旅でニューヨークを訪れた女性がその街に対する思いを、食べた

サンドイッチとともに詩的な短い文章で書き綴っていた。そして最後に“野菜を見

ると思い出すもの、キューピー・マヨネーズ”と小さく書かれていた。写真のタイト

ルとなっていたキャッチコピー、そのシンプルなワンフレーズが15年以上経った

今でも、彼女の心にずっと残っている。“ニューヨークが好き。何ひとつ、自分のも

のではないけれど”。“カルバン・クラインが好き。何ひとつ、自分のものではない

けれど”。彼女は何度、そう想ったことだろうと思った。
                   








                                      Risaco


<お詫び>

3月7日のコラム"バナナフィシュに最適の部屋"の最後の一文に、サリンジャー

の本のタイトルを指すかのような誤解を与える不適切な表現がありました。

心よりお詫び申し上げます。なお、表現に一部修正を加えました。




















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mmm@madame-watson.com



木村里紗子







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