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リサコラム
本日のオードブル
第79回


シェードの幕を下ろせば

 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

               
   「ミスティブルーな夜があっても、いいんじゃないの」

 

       

シェードの幕を下ろせば






「Fuuu~ん」今年で何回目かの同じ溜息をついた。「どうですか?」「取るの、

ないです」「えっ、そんなことないでしょ」「Nnnn~ん、ないです」「これなんかどう

です?ダブルガーゼでうちではこれが一番人気なんですよ」「Yaaa~、だめで

す」バイヤー・リサコはきっぱりと営業のSさんにダメ出しをした。「そうですかね?

これなんか、かわいくないですか?」「素材は確かにいいのはわかります。でもデ

ザインは、テーラーの普通のパジャマですよね」「花柄ですよ。かわいいじゃない

ですか!」「私にはそうは思えませんね。だってごく普通のバラ柄に昔ながらの

デザイン、胸ポケットでしょ。」「よく見てくださいよ。この胸ポケット、レースも付け

てるんですよ」「そこに10cmくらいレースつけたからって、デザインがかわいくな

るわけないじゃないですか」「でもうちでは売れてるんですよ」「そうかも知れませ

んが、私は絶対着たくないですから、絶対着たくないものは取りたくないです」ハ

ウスウエア、ナイトウェアの展示会に行くと、毎度同じ溜息をつき、営業マンと激

戦を交える。「まぁ、ダサかわいいって、感じですか?」ここで、関西人の営業マ

ンTさんなら「そこが、エエンデスネン」と言うはずだが、彼は「そんな、ダサかわ

いい?それはひどいな~」とちょっとむっとした。「だって、おたくのリゾート系の服

はこんなにすばらしいじゃないですか。それに比べて、あまりに落差が大きすぎ

ますよ。スカートの裾だって、切りっぱなしだったり、ぎざぎざだったり、まっすぐな

のを探すのが難しいくらいでしょ。」また、左右対照でないデザインも多い。腕を

通すのか、首を通すのか判別のつかないもの、床に届く程の長いリボンをどこに

巻きつけたらいいのか解からないものさえ多い。それが、ナイトウエアのブースに

入った途端、昔ながらのデザインばかりのパジャマ世界に突き落とされる。最新

のリゾートホテルと旧式のビジネスホテルの違いくらいはある。



「ベッドルームのイラスト描いてね、私、お客さまに美しい寝室の提案をするん

ですよ。その方に合わせた雰囲気でね。天蓋ベッドに、ベッドスカート。シェード

にレースに、ドレープに上飾りでしょ。4重がけくらいにボリュームたっぷりの生地

を使ってね。大きな背もたれのクッション、枕を3個、4個。そこでハリウッドスター

気分で眠っていただくためにね。だからそんな夢のようなベッドで、テーラーカラ

ーに胸ポケット、昔ながらのバラ柄パジャマでは寝たくないでしょ」「シンプルな真

っ白い寝室で寝るときは、やっぱり真っ白い綿サテンやシルク、麻、細いストラッ

プのシンプルなスリップワンピースじゃなきゃ気分壊れるし、」「ふぅ~ん….そうで

すかねぇ~」営業のSさんは、あまり納得しない。「だから、もっと非日常のデザイ

ンでもいいんですよ。シンプルなウエディングドレスみたいなものを作ったら、どう

ですか?」「はぁ~どうでしょ。売れますかね?」「売れますとも」彼女は毎年10

数回、各メーカーのナイトウエアの展示会に来るたびに、変わらず同じ溜息をつ

き、同じ“ダサかわいい”の言葉を吐き、激戦を交える。そして帰りには徒労感に

満たされる。


 
「リサコさんは、いつからお部屋をきれいにしたいと思ったんですか?」店内で

入荷した品物を並べながら、ユカが聞いた。彼女は学生の時のことを思った。

アテネ・フランセという語学学校でフランス語を学んでいる頃、フランス人の面白

い先生がいた。彼のその毒舌も有名だった。彼は「自分が一番楽しい時間はど

んな時か」と、生徒に質問したことがあった。彼女は「お風呂上りにバスローブを

羽織って、ソファーでぺリエなんか飲む時です」と答えた。学生のくせに生意気と

思ったのか、「君はほんとに日本人か!」と先生は言った。「もちろん純・日本人

です」と返したら、彼は日本に20年近くいるが、ずっと畳にふとんで寝ている。だ

からもう、ベッドじゃ寝られないと言った。彼女も20年ベッドで寝ているから、ベッ

ドじゃなきゃ寝られませんと返した。習慣というものはそんなものだろう。しかし日

本人の寝室スタイルにベッドが入ってきてからまだ50年ほどしか経っていない。

スペースの都合で寝室をきちんと確保できない家もまだ多い。モードの世界はぐ

んぐん進んでも、すべての人たちの寝室環境が快適に整っているとはいえず、ま

た寝室で着るナイトウエアが今のその普遍のデザインのままで文句なく売れてい

る以上、デザインに劇的変化が起きるわけもない。おしゃれな場所にはおしゃれ

な格好をして行きたいが、おしゃれとはいえない寝室では、ジャージで寝てもい

いかなということにもなる。だから両者の進歩のレベルの差は明白である。つまり

ナイトウエアは、年々、アウターに、アパレルに大きな水をあけられることになる。


 そんなことを思いながら彼女はユカの質問に答えた。「そうね、この仕事始めた

年にね、男性の方がやって来て、一言、寝室丸ごと、『これください』って言った

のよ。私が何一つ説明することもなくね。二所帯住宅のお母さまの寝室用だった

けど」イギリスのリバティプリントで作ったオリジナルのベッドリネンと寝具一式に、

真鍮ベッドに同じ真鍮のナイトテーブル、フランス製の大きなランプでしょ、ベッド

スカート、ベッドスプレッド、背もたれ用のクッション、ビクトリアン風のカーテン&バ

ルーンシェード。大きな壁掛けミラーまで一式、そっくりそのまま、新築のお家に

再現したのよ。はあ、こんな買い方があるんだと初めて知ったのよ、その時から、

私も自分の寝室を好きなようにコーディネートしたいし、なんて楽しい仕事だろう

と思ったのよ」ユカは時々、相槌を打ちながら、感心して聞き入っていた。
    


 その彼はお洒落なバーを数件経営しているオーナーだった。彼は大変な矢沢

永吉ファンで自身もボーカリストだった。ある日、本物の矢沢永吉が彼のお店に

聞きにやって来た。彼の歌を聴いた矢沢永吉は非常に感動して、“真の矢沢を

聴いた。今日から君を弟だと思うことにする”と公言したという。最近になって、彼

女は初めて矢沢永吉のCDを聴いた。数回そのスローなロックに浸るうちに、かっ

こいいベッドルームが目の前に現れてくる。矢沢永吉はとってもかっこいいと思っ

た。そんなかっこいい世界が日本には昔からあったのに、今まで矢沢永吉の歌

に無関心だったことを悔いた。「この部屋ください」と言った彼は、きっと何千回、

何万回も矢沢永吉の歌を歌ったに違いない。だから彼の中ではすでにそんなか

っこいい寝室風景は出来上がっていたのだろう。
                      


 彼女はいつものように、シェードの仕組みをバスガイド的口調で、顧客に説明

する。「この上げ下げできる布=幕帯は、上部がマジックテープになっております

から、簡単に取りはずせます。つまり幕帯を変えることでお部屋のメージを簡単

に変えることもできますし、ドレープやレース、ブラインドと合わせて寝室で使うとさ

らに素敵です」彼女は思った。「こんな説明しなくったって、ふたりのエイちゃんは

わかっていたのよね。“シェードの幕を、下ろせば~rururru~たまらず、ミスティ

ーブルー~♪”って、すでにかっこいいベッドルームの世界にいたんだもんね」 










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木村里紗子







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