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リサコラム
本日のオードブル
第80回


手紙見聞録

 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

               
   「花をめで、この国の人になるのもこの時ばかりかな」

 

       

手紙見聞録





 「電文をどうぞ」「『リサコラムミラレタシ』でお願いします」「はっ?普通電文で

すか?」「あっ、はいそうですが
」ナオコに関係するコラムを書いたので、彼女

にも一応、断っておかなきゃと思ったが、これはいつもの借りを返すチャンスとば

かり電報にしてみようかしらと思ったのだ。「漢字は“見”るだけですか?」「いえ、

全部カタカナでお願いします」「今は、ひらがなも漢字も打てるんですよ」「いえ、

カタカナでお願いします」「漢字のほうが読みやすいですよ」「いえ、読みにくくし

たいんです」電話口の電文担当者は「....わかりました」と理解できないニュ

アンスで言った。電報は今はネットで注文する時代になった。お祝い、お悔やみ

に誕生日、オルゴール付の一万円を越えるものや、ぬいぐるみつき、キャラクタ

ー電報、プリザーブド・フラワー付のしゃれたものまで。メールも動画もある時代に

電報は生き残りをかけた戦いを繰り広げている。そんな時代に、普通電文をカタ

カナで打つ酔狂な人間はめったにいないのだろう。リサコはナオコの驚く顔を想

像して、“してやったり”とほくそ笑んだが、つまり今風に言えばその“サプライズ”

に「やられた!」というメールがナオコからやって来た。
                  


 年賀状も電子メールで送る一方で手紙という通信手段も未だ健在ではある。

彼女は常に毎日簡単な手紙を手書きで書く。すると時々は、手紙で返事がやっ

てくる。会ったことのない方から手紙が届くと、先ず手紙の筆跡から独自の単純

な判別方法でだいたいの年齢を割り出す。縦書きは50代以上、横書きなら40

代以下。40代以下の方の文字でも、右上りの文字は30代から40代。右下がり

または水平な文字は、30代から20代後半。漢字の書き順が違っていそうな文

字、及び、漢字の辺とつくりがばらばらな文字は20代。以前あまりに美しい楷書

で書かれた履歴書が送られてきたことがあった。20代前半の男性からだった。

これは絶対、お母さんに代筆させているはずだと思ったら、本人の書いたものだ

という。彼はすぐにスタッフの一員になった。そんなこともまれにはある。年賀状も

履歴書もパソコンで作成し、手紙も書かなくなったら、手書き文字を書く機会は

プレゼントに添えるメッセージカードくらいになる。人の手で書かれたものを受け取

る機会はますます少なくなり、だからコピーした手書き文字を送っただけなのに、

ありがたがられて、恐縮することも多くなった。
                         


 贈り物に言葉と花を添える習慣が彼女の職場の中にはなぜか定着している。

クリスマスに誕生日、○○記念日にとスタッフ間でも花のやり取りが行われる。

生花を贈れない場合は、花のカードにメッセージを添えて贈ることも多い。
ほめ

上手な店長は、女性顧客によくほめ言葉を書き連ねる。彼はバレンタインディの

チョコレートのお返しに、バラの花のカードに添えて「バラのようにいつも変わらな

い美しさの○○さまへ」と手書きのメッセージを贈っていた。週に1、2回は買い

物に来られる60代の女性に又、女殺しのほめ言葉を書き連ねたメッセージを

贈ったらしく、彼女からは細く美しい文字が縦書きにされた鳩居堂の絵葉書がま

たいつものように送られてきた。『三月に入って雪が降ったり急に四月の気温に

なったりと三寒四温にまどわされて居ります。流行に乗りおくれない様に「風邪」

を引いてなが
ながと快くならない様です。先日は何だか素敵な御菓子、紅茶そ

れに藤の花の絵便りと、届けて頂き、恐縮しています「藤の花の清楚な美しさと

香り そんな雰囲気を持てる様に近づける様にと思いました
.」「店長、“藤の

花のように清楚な美しさ”、なんて書いたんですか?」彼女があきれて聞くと「そ

うですよ」と涼しげな顔で彼は答えた。しかし、手紙に限らず、美しく年を重ねた

女性の言葉には、人生の艱難を乗り越えてきたからこそ、すんなり出てくる軽や

かなユーモアがあふれている。しゃれた漢字の言い回しに変換してくれるパソコ

ンの力を借りずとも、筆の先から小川の湧き水のように、ころころと湧きだす言葉

に、やはり言葉遣いや言い回しのセンスとは、蓄積の賜物だと感じ入る。彼女ら

の元に送られる縦書きの手紙を読むたびに、改めて日本語の文字の美しさを再

発見する。かな文字、漢字は、流麗な行書体の縦書きの手紙文でその姿かた

ちの美しさを感じさせてくれるとリサコは思った。
                        


 手紙文の達人ともいわれる夏目漱石は49年の人生で、約2500通の手紙を

残したという。自ら手紙好きと称した漱石の筆跡は、美しい文字だが独特で、当

然そのままでは読みづらい。小説からは伺い知ることのできないような誤字脱字

も多々あるらしい。それは校正せずにさらさらと書いたような印象を与え、また文

章に力強さと感動をも与える。その書簡集を大学生になって彼女は初めて読ん

だ。新書サイズで漱石全集として出版された復刻版の中の数冊であった。オレ

ンジ色の布張り生地に漱石の筆跡が印刷されていた。その中で、当時留学先の

ロンドンにいた漱石が病床にあった親友の正岡子規に見舞いの手紙を書き送っ

たものがある。子規はその最後の返事の手紙を、カリエスの激痛に泣き叫びな

がら漱石に書き送ったといわれる。手紙の中で、子規はもう一度ロンドンから手

紙を欲しいと懇願するが、漱石は忙しさのあまり返事を出せずに、子規は息を

引き取ってしまう。書きたいことは多いが、苦しいから許してくれたまえ、という子

規の言葉には偽りがないが、忙しいから許してくれたまえとは逃げ口上だったと、

子規に書き送れなかった漱石の無念の思いが終生しこりとなる。そんな逸話を

読んで、手紙のすばらしさとその重さを思い知らされた。
                 


 几帳面な文字で「お疲れさまです」と厚子はいつものようにメモに書き、ロッカー

の扉に貼っていた。ちょっとしたメモ書きにも、手紙の要素が含まれていて、また

その筆跡にもその人の性質が現れていて興味深いと彼女は思う。早番スタッフ

が帰るときは、いつもメモ紙に簡単な手紙文が残されている。「接客されていた

ので、挨拶せずに帰ります。明日はお休みさせていただきます。お先に失礼いた

します」ユカは整ったかわいい文字のメモを彼女の机の上に残していた。Kはゆ

っくり書けばPOP文字になり、急いで書けば判読不可能な文字を書く。店長は1

種類の筆記体のようなつづけ文字ですべてを通す。リサコは数種類のフォントを

持っている。手紙文で使う硬筆文字風の楷書文字、のし書きにも使う行書文字

と、もう1つは独特なPOP文字。他人のPOP文字を下敷きにして習得した。数

種類の文字を書き分ける利点は、脅迫文を送ったときに犯人の判別を誤らせる

ということぐらいしかないと思っていたが、実は最大の利点があった。

それは良くは、年齢不詳、その実は年齢詐称である。               



      


この文字で約20歳は偽れる。
                                    



                                      Risaco






















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