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リサコラム

本日のオードブル

第81回


真夜中のラブ・ソング

 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

  「LOVE SONGはお好き?なんて柄じゃないけど、
                         ふ~、いい気分」

 

       

真夜中のラブ・ソング




「いいわぁ~、海みたい~」女性オーナーの溜息は長く尾を引き、店舗の中に

ウエーブが起きた。その波に乗り、他の4人も5m先の白いビニールクロスの壁を

見つめる。見つめた先の右手は小さいキッチン、その左は配電盤がむき出しに

なったやはり白い壁であった。最新鋭のサンソカプセルを導入するため、癒しの

空間を作り上げるべく、Kとリサコは、とある美容室に来ていた。「やっぱり、いい

わね~、天井からカーテンを下げると、天井が高く見えて、なんか、広々と感じ

るわ~」カーテンはといえば、天井から吊り下げられたレールから天井に30cm

ほどの空間を空けたまま、未だ、宙にぶら下がっている。先ほど、リサコはスケッ

チブックに青と水色の色鉛筆でコバルトブルーの深い海の底のイメージイラストを

描き、弧を描くパウダリー・ベージュの間仕切りカーテンも書きはした。スケッチブ

ックの中の海は、飛び出してきて、いきなり店舗の奥の一角に忽然と現れた、と

美しい女性オーナーの彼女の目には映ったのだろう。


 リサコは思う。女性の想像力のすばらしさは、天性のものだと。リサコが未来の

部屋の様子をイラストで描いただけで、まだなにも変わっていないにも関わらず、

彼女たちは、「すご~い、わくわくしてきた!」と白昼夢を見ているように興奮し、

紙の中の未来の部屋に入り込んで、幸福感に浸ることができる。その能力は男

性よりずっと優れているように思う。
                  


 さらに表に出て、美容室のクリーム色のドアを見たとき、”パリのカルチエ・ラタン

にあるような、プチホテルかパティスリー、そんなファサードにしたらどうだろう”と

思った。ウインドウの青いロゴマークの生かして、コバルトブルーのテープでトリミン

グしたクリーム・ベージュのカーテン、クッションを描き入れると、5人はまたパリの

街角で偶然見つけたセンスある美容室を発見したような気分になった。想像力

とは楽しいものだと思う。お金もかからず、時間も空間も飛び越えて高揚し、幸せ

な気分に浸れるから。日常の見たまま、聞いたままで日々仕事に、生活に追わ

れているとき、ふとした瞬間、想像の世界に入り込むと無限の力が湧いてくるよう

な気がする。本物でなくても、単なるイラストであっても、だから、バラの壁紙で

あっても、そのバラが部屋中に貼ってある様を想像するだけで、バラ園の中にい

るような気分に浸れる。だから、つまり、”カルチエ・ラタンを歩いている”ような気

になる。”インテリアは想像から始まる”。実現したときのことを思い描き、ドールハ

ウスのように絵の中に入り込めるのも、インテリアの醍醐味のひとつではないかと

リサコは思った。
                            


 「人間はね、どんなに栄養的に考えられた食事をしててもね、毎日ストレス

で一杯になっていたら、その栄養はチャラになるのよ。つまり栄養にならないって

こと。だから、インスタントばかり食べているような人でも毎日よく眠れて、楽しく生

活を送っているような人のほうが、病気にならないんですよ」「へ~、そうなんで

すか?」「ストレスがいかに人間に大きな影響を与えているかってことね」お顔も

肌も美しい管理栄養士の彼女は、土日もセミナーや生活指導に飛び回っている

キャリアウーマン。なのに、「お疲れじゃないみたい、」とリサコが不思議に思って

聞くと、「いえ~疲れてますよぉ~」と、むきたてゆでたまごのようなすべやかな笑

顔で答えた。だから、朝7時から働く彼女がやってくると少々胸が痛む。「すみま

せん、お弁当毎日作るなんて宣言したんですけど、3日坊主で続かなくて...」「い

いんですよ。仕事も忙しいし、帰りも遅いなら、無理するのがいちばんよくないん

です」「ダメかな~と思いながらもお昼に、“アミノ酸等”入りを食べています」「毎

朝、白湯飲んで、野菜食べればいいんですよ。つまり、添加物も食べたら、野菜

で出せばいいんだから。野菜には解毒作用があるから、それに雑穀米よ。これ

で解毒もできて、かなりのビタミンやたんぱく質も補えるんですから」「だ、そうです

よ」と彼女は隣でにたにた笑って聞いている店長に言った。「つまりおいしく食べ

ること。ランチで楽しく食事したり、どんな食事でも楽しくおいしく食べることなのよ

ね。そうじゃなきゃ、栄養にならないんですよ」「はぁ~ほんとですか、勉強になり

ます~。ストレスの影響って、そんなに人間に影響を及ぼすんですね」


 リサコはきのうのそんな会話を思い返しながら、ニースからモナコに向かう途中

の”シャトー・ド・ラ・シェーブル・ドール”という絶景のホテルで食事をしていた。皿

の上の芸術のような美しい盛り付け、ナプキンで口を拭きながら、即席めんをす

する。”想像すればいいのよ”彼女は思った。“地中海を見下ろしながら、シャン

ペンを飲み、有機野菜のスープ仕立てのパスタを頂いているんだわ。雑誌は世

界中の最高級料理を提供してくれる、またとないレストランである。非日常の雑

誌は、想像の世界で遊び、非日常の余裕と余韻に酔うこともできるのだから。 


 彼女はすでにダウンライトのタイマーも切れた薄暗い店内の片隅で、今日始め

てメールを送る方のアドレスを入力していた。街灯とウインドウに映る車のライトを

頼りに、フルネームを入れて最後に“様”をつけ、住所、電話番号と順に入力す

る。それから改めて、名前を入れてメールを打ち始める。ちょっとしゃれたタイト

ルを考えて、「はじめまして」と始める。名前から受ける印象をもとにどんな感じの

方だろうと想像をめぐらし、その想像上の印象を述べたりもする。会ったことのな

い相手に安心感を与える、彼女の演出である。メールを書いているとあっという

間に時間は過ぎ、帰宅すると真夜中になっていた。帰宅するとすぐに熱いシャワ

ーを浴びて、「はあぁ、豪遊したぞ」と心の中でつぶやくと、オヤジの気分になれ

る。しゃれたレストランで友人と夜中まで食べて遊んで疲れて帰ったと思えば、

想像だけで、優雅なオヤジ気分になれるものだ。


 バスローブを羽織ると、マイルス・デービスの”ラブ・ソングス”というCDをかけて

みた。泣くようなトランペットのしびれる音色は寝室全体を包み込んだ。彼のトラ

ンペットを真夜中に聴きながら、中谷彰宏の本を開く。”ハグ”の習慣がない日

本人は“抱きしめる”ということを知らないと書かれている。ほんとうの抱きしめる

はぎゅっと指に力を入れて女性に抱きつくことではない。腕でサークルを作り、そ

の空間に女性の体をゆだねさせることだという。それはあたかも『マントを着てい

る男が、そのマントで女を包み込むイメージ』であり『空間ができるように、腕の両

側から包み込んで抱く』のだという。読みながら、発泡酒をシャンペングラスに注

ぐと、彼女は腕でサークルを作ってみた。マイルスの”ラブ・ソング”がニューヨー

クのホテルもどきの部屋に流れる。白いベッドは、「いつでも、おやすみ」と彼女に

ささやく。「わかっているわ、スペースを作って、その中に相手を包み込んで安心

感を与えるんでしょ。インテリアも人間の付き合いもおんなじことよ。ここちよい空

間を作って、その中で相手をエスコートするんでしょ。そして、『はじめまして、ど

うぞよろしくと言いながら、ラブ・ソングを歌うようなものなのよね』





                                      Risaco






















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