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リサコラム
本日のオードブル
第85回


花よりだんご

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト


   『ホフマン様、今宵はどのカクテルで?』
    『あいつにしてくれ、執事がベッドに持ってくるアレに』
   『はい、”レット・バトラー”、はい、今すぐに』

 

       

花よりだんご






初夏も間近な昼下がり、食事から戻ると、ラブ・メッセージが彼女を待ってい

た。「花田さまご夫婦が見えられまして、ダンナさまが、『今日は誰も居らんのか

って』、私、いたんですけど」Kは口元だけ笑いながら、「『キムラ君は何しとるん

?』って。だから、『すみません、お昼休みです』って答えましたら、『販売員には

昼休みはいらん、朝と晩だけでええ。いつも休んどるようなもんやろ』と言われま

した」そういえば、先日も花田氏とはニアミスをしてしまった。「ははぁ~いいわね

ぇ~なかなかいけるコメントじゃない!」彼女は笑い転げた。


 彼は常に変化球勝負。バッターに打つ気がないときは、審判に勝負を挑む。

「店長が、『ご機嫌もうるわしく、今日はどちらかにお出かけでしたか?』って聞か

れたら、『ここに来たんやぁ、腰が痛とうて、どっか出かけるもんか!』っておっし

ゃってました」Kは情感をこめてシーンを再現する。腰痛持ちの彼は、休日、奥

さまと一緒に社員への誕生日プレゼントやお見舞いを選びにやってこられる。そ

して帰り道、ショップ裏のパン屋に寄り、「キムラ君、パンこうてやる」と、手づかみ

でパンをどんどんトレーに載せてくれる。「そんな愛情表現もあるんですね」なん

て言ったら「おれの手垢はおいしいで!」なんて返事が返ってくるかな?などと

想像した。



 「でも、確かに私たち、遊んでいるように見えるよね、ヒーリングミュージック聴き

ながら、キャンドルと花の香りに包まれて、4ベッドルーム付の230平米のペント

ハウスにいるようなものだし。パジャマもタオルもバスジェルもどっさりあって、一

人がけソファの横には花とシャンペングラス。暑くもなく、寒くもなく、「きょうも、ご

機嫌うるわしく、ようこそいらっしゃいました!」なんて会話始めて、どこどこの温

泉宿がいいとか、どこどこのフレンチに、イタリアンに、新しい和食の店ができたと

か国内から海外の話題までグローバルにタダで生情報が得られるんだもの。時

々は花やお土産まで頂いたりして、ほんとこんな楽な仕事あるのかな?なんて

はたから見たら、思うよね。でも、髪振り乱して、“がんばってま~す”みたいな販

売員がいる癒しのインテリアショップじゃ、癒されるわけないしね」と今日の出来

事を思い返しながら、花粉症のトローチを買いに寄った帰りのコンビ二の店内で

彼女は思った。


 トローチを手に取ろうとして、ひょいと横を見ると、懐かしい不二家のペコちゃん

の袋が目に入る。“ミルキーまっちゃ味“「ほほう、」抹茶とミルキーのコンビネー

ションらしい。その隣はオリジナルの“ミルキーはママの味”。袋の上部には、キャ

ンディーの包みが一つ印刷されていて、ちょっと切れ目がついている。「切り口の

なんと日本人的、細やかさであることか!う~ん、オリジナルにするか、それとも

抹茶コンビネーションにするか、」と買う気もないのに迷う。その横には、“太陽を

いっぱいに浴びたパイナップルあめ”黄色いパイナップルの切り口がいかにも甘く

ジューシーで唾液腺を刺激する。「“想像力で勝負あめ”ね。でも太陽をいっぱ

いに浴びているあめを、常に外で働く工事現場の人たちはどう思うかな?」など

と余計なことを考え、その隣を見ると、“宮崎産かりんのどあめ”、かの有名な東

国原知事のイラスト入り。「がんばっているわ~」と思いながら、「なんで、そのま

んま東さんは、県知事になったんでしょうかねぇ?」と店長に聞いた時のことを

思い出した。「通ったからでしょう」と彼は答えた。彼の発する直球には、やはり、

「ごもっとも、当選したから。真実この上なし」と答えることになる。真意を伝えるこ

とは、はなはだ難しい。今は“フィギア”と呼ぶ、ミニチュアカーのおまけ付お菓子

の前で男性が逡巡している。その後ろを抜けて、彼女は”スパークリングウォータ

ー”と呼ぶ炭酸水を取りに冷蔵庫の前にやって来た。そこには伊右衛門とマンゴ

ー・ラテの前で悩める男性あり。手には“求肥(ぎゅうひ)もち入りクリームパン”を

持っている。きっと
もっちりクリームパンとの格闘の末だろう。カロリーを考える

とやはり“伊右衛門
だが、”マンゴー・ラテ“はスリムで引き締まったボディーで

誘惑する。しかし“伊右衛門
にはおまけの手ぬぐいがついている。「おつと、烏

龍茶にはハンカチタオルのおまけ付きではないか!」粋な手ぬぐいか、いや、ハ

ンカチタオルのほうが実際は使うかな?などと見知らぬ若い男性と一緒に悩む。

しかし無糖ブラックコーヒー2缶の上には、アリの目で見れば十分な大きさのポ

ルシェが付いている。”こんなことで悩んでいる暇はない“と思いはすれど、コンビ

二は仕掛け花火のようなエンターテイメントで、客を迷路誘導する。「すみません

~」台車を押してコンビ二のスタッフが彼らの後ろを通る。熟年プラチナガール

は、「おっと、ロールスロイスが通るよ~」と、悩める若い逡巡ボーイにすかさず、

声をかけた。                        


 障害物競走の末、やっとの思いでレジまで辿り着くと、彼女の前には、チロルチ

ョコ“花よりだんご”の小袋が控えていた。“濃厚、こく・旨・リッチで舌鼓み”とのコ

ピーの下には、3色串刺し団子の写真と、“写真はイメージです”と丁寧な注意

書きが記されている。チロルチョコ、その息の長いお菓子は、子供時代の遥かな

る懐古気分に大人をいざなう算段らしい。「人は、いかに日々いろんなことで思

い悩んでいることか!」コンビ二のレジの前に立って、先日帰らぬ人となった顧

客のことをまた思った。会社経営者で一人暮らしの彼女とは、思えば15年もの

付き合いだった。帰宅途中、彼女の家に届け物をしたり、たびたびインテリア相

談に行ったりもした。糖尿病を患っていた彼女はある日、ひとり自宅で倒れ、そ

の日に帰らぬ人となった。彼女は容易には彼女の勧めるものを受け入れてくれ

はしなかったが、孤独で多忙な彼女になぜ、極上の寝具とベッドで癒される寝

室の提案をしなかったのかと、そしたら、もしかしてと、後悔が押し寄せる。それ

は、ひとえに怠慢と拒絶されるのを恐れる、気弱さのためだったのだと思うと、彼

女は、販売員として不甲斐ない気持ちでいっぱいになった。
              


 昔のサントリーの短いコマーシャルにこんなものがあった。荒野でウイスキーを

片手に詩人ランボーに扮したかっこいい男がひとり。男は「ランボーさん、“詩な

んかより、酒を”などとおっしゃる」と一言だけ言ってウイスキーを飲む。ただそれ

だけ。そのCMを思い出すたび、人間の情動を左右する表現力はなんとすごい

ものかと感じる。“詩なんかより酒を”、“花よりだんご”の日常生活の中で、物や

サービスを売る人が、勧誘や押し売りと取られずにおまけなしの直球で“花”を

語り、真意を伝えることはとても難しい。いつの世も変わらず永遠のテーマのよう

に思える。しかし、彼女は最近ひとつの答えを見つけた。


 「その思想がたとえ高潔なものであっても、人間の最終目標は思想ではなく

行動である」(トーマス・カーライル)創意工夫実践し、実演するという表現方法

が、販売員という彼女にはまだ残されているということである。銘菓チロルチョコの

数十年の創意工夫の歴史を想像しながら、「これも下さい」と “リッチみるく、濃

厚いちご、宇治抹茶“、3つの味が入った“花よりだんご”を、彼女はコンビニのレ

ジに差し出した。







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