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リサコラム
本日のオードブル

第86回


もどき生活

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト


   『ふ~ん、この芳しき香りよ、ミラノかベローナか、
             はたまた、シチリアか?』
    

 

       

もどき生活





晴れやかな気分で、やっと決意した。今まで何度、夢見たことだろうと彼女は

思った。なのに、先延ばしにしてきた10年あまりの歳月を考えると、情けなくもな

る。しかしその夢も今日やっと実現する。そう思うと胸が躍った。はるばるやって

きた憧れのホテルに足を踏み入れる瞬間の、幸せな緊張感にも似て、ぽっと

熱い気持ちになる。新ジャガの季節である。「そうだ、今日やろう!」そう思い立

って、スーパーで鹿児島産男爵いも2袋を買い込んだ。耐熱皿に薄く水を張り、

太ったジャガイモを並べ、ラップをしてレンジで過熱する。時々、水のボールでや

けどしそうな指を冷やしながら、熱々のじゃがいもの皮をむく。やっとの思いでむ

き終わると、ボールにいれ、丁寧につぶす。それが終わると、次は裏ごしにかか

る。「ちょっと多すぎたかな?」夜はすでに10時を回り、裏ごし作業は延々と続く

かのように思える。「今日、ここでめげるものか!」裏ごしという、敬遠したくなる作

業のため、今まで先延ばししてきたような気がした。単純作業を繰り返しながら、

先日インテリアの相談を受けたプランニングを思い思い、へらの先が反芻する。


 「透けるようで、透けないようで、でも西日が強いから遮りたいんです。だからっ

て、あんまり透けなくても、庭の緑が見えないし、そんな透け感のある、おしゃれ

な遮光のレースがいいんです」「わかります。私も西窓で苦労してますから。ブラ

インドにレースにドレープカーテン、3重がけにさらに上飾りと4重がけしてます」

 “透けるようで透けないようで、でも透けないといけなし、透けてもいけない”この

難問に何度挑んできただろうと思いながら、頭の中で、自分が紅白の旗を両手

に持って旗揚げゲームをしている姿を想像した。「赤上げて、白下げて、赤下げ

ないで、白上げない
」窓を眺めて、しばし無言の二人は、「それはそうと」と、

女主人が切り出した。「ここをどうかしたいんですね、リビングを。来月、結納のち

ょっとしたお席をここでやるんです。だからあと1ヶ月くらいでお願いしたいんです

けど」「そうですか。それでどんなイメージをお考えですか?」「それもお任せなん

ですけど、アジアンリゾートがいいかなと、でも主人はそれが大嫌いで、だから、

アジアンリゾートじゃなくて、アジアンリゾート風の、でも、クラシックな今の雰囲気

を生かしながら、結納のお席に失礼にならないような、う~ん、なんて言ったら

いいのかしら
」「なんとなくわかります。そこはかとなくエキゾチックで、クラシッ

クなインテリアの中にも、窓から見える緑と、海辺の新鮮な空気を感じるリゾート

の雰囲気ですよね
」 いつものようにスケッチブックに絵を描き始める。「ええっ

と、コロニアルテイストにと、少し地中海風の明るい色目を足して
」クレヨンの色

を駆使して、なんとなく描きはしたが、ソファの配置も、いまひとつしっくり来ない。

「帰ってからじっくり考えます」とは言ったもの、彼女は、旗揚げゲームに翻弄さ

れている自分に気づいた。
                                       


  「店長、何かいいアイデアありませんか?ソファカバーとクッションとカーテン、

じゅうたん、結納パーティにふさわしいインテリアで、リゾート風なんですけど
.

最近インプットしてないから、アウトプットができないんですよね」彼は、ポツリと、

「わたし、放電しっぱなしです」「ははは、そうですか、やっぱり。“遊びをせんとや

生まれけん”か.
遊びも大事ですよね」と店内で作業を始めたクロス職人さん

を眺めながめる。店内リニューアルの最後のクロス工事のため、閉店間際にや

ってきた職人さんに彼女は白羽の矢を向ける。「どうですか?最近、いい川柳で

きましたぁ?」「ああ、あるよ」彼は待ってましたとばかりに、ポケットから黒い手帳

を取り出すと、テーマごとにびっしり書きこまれたページを、指につばをつけなが

ら、めくる。「これなんか、最近賞をとったやつでね、“周到に生きて、床柱を背

負う”(芳彦)、どう?」「う~ん、わかるような、わからないような、大黒柱じゃな

いところが深さを感じるような、どういう意味なんですか?」「意味?意味は、な

い」「えっ、ないんですか?ああ、深読みさせるんですよね。読む人に」「うんと、

じゃ、これなんか、どう?“テーブルにイヴのりんごたち”(芳彦)、うけたんだけど

ね」「んンン、」「何、想像する?」「え~と、白雪姫と七人の小人?
ダメなんで

す。私、今、スランプで、想像力の」「なんか、エロチックな感じしない?“イヴ”っ

て言葉で」引き締まった小顔の職人さんは、にやっと笑う。「ああ、アダムとイヴの

イヴですね。クリスマスじゃなくて、それでこれはどんな意味があるんでしょう?」

「ない!」「ああ、やっぱり、ですか」職人さんに何かヒントをもらおうと思った彼女

のたくらみも失敗に終わった。“エデンの園ね~でも、結納パーティの席でエデン

の園風なんてねぇ”
 


 マッシュポテト状態になった固まりに、少しずつ強力粉を混ぜてこねる。塩と卵

のかわりに片栗粉を少し加えてつなぎにする。耳たぶくらいの固さになったら、し

ばらく寝かせて、打粉をしたまな板の上で、くるくると直径2cmほどの棒状にし、

ナイフで2cmくらいに切ってゆく。それに、フォークの背で溝をつける。ソースをか

らみやすくするためである。「なんだ、思ってたより、カンタンじゃな~い!早くや

ればよかった」おいしい水を沸かすと、その中に小片をひとつづつ滑り込ませる。

白玉団子の要領で、浮き上がるとすぐに冷水に取り、皿に並べる。ユーロ高のた

め断念したゴルゴンゾーラの替わりに、カットした国産カマンベールとパルメザンを

載せ、レンジで1分加熱する。みるみる白い団子はほかほかの湯気を出してとろ

けたチーズと和解するごとく一体となった。刻みパセリ、胡椒を振りかけ、用意し

たテーブルに運ぶ。もちろん、イタリア産スパークリングワインとともに、初挑戦のじ

ゃがいものニョッキもどきを味わうためである。がしかし予算の都合で、イタリア産

スパークリングワインは、今回あきらめた。替わりに、冷えたシャンペングラスに白

葡萄ジュース、スパークリングウーターを注ぎ、彼女は大満足でビデオのスター

トボタンを押した。


 『ゴッドファーザー』の見慣れた場面がまた始まる。ゴッドファーザー役のアルパ

チーノが、別れた妻に生まれ故郷シチリアを案内するところから。バイオリンの音

は悲しげに、オリーブ畑と古い石畳の街を映す。この映画で、ニョッキを丸めるシ

ーンを見てから、10数年が経っていた。彼女は自分で作ったニョッキをスプマン

テととも味わいながら、このシーンを見ることをやってみたかった積年の思いがや

っと今日、実現するのだ!モノクロームのような美しい世界で、ファミリーが一同

に集う。「そうか、シチリア風もいいかも」彼女はやっとヒントがつかめたような気が

した。オリーブ畑が海風を運んできて、クラシックなインテリアの中で、それぞれ

がそれぞれの思いを持って家族を思う。重厚な映画だけど、インテリアの教科書

にもなる素晴らしい作品。


 “シチリア風リゾートの情景が広がる中、結納パーティね、いいかも。インテリア

生活も、もどきで十分幸せよ”彼女は、“ベイカーストリートinカサブランカ”と名づ

けたリゾートホテルもどきのスイートで、ニョッキもどきを、スプマンテもどきと共に

堪能しながら、映像の中のシチリアにいた。
                           







                                      Risaco



























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