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リサコラム 本日のオードブル
第90回


ロッカーのハナコさん
 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

      『わ~、いた~ぁ』『すげぇ~、ハデな部屋!』
 『ハデぇ?ポップって、言いなさいよ!
    それに看板見えないの?今日は、休みよぉ!』
         

 

       

ロッカーのハナコさん                                 


 

黒光りするポルシェのフロントのトランクが開いた。“そうなんだ、ポルシェ911

はRRなんだわ”と彼女は思った。「FFだのFRだの、現役20代の男性はなんの

ことだ知らないよ」と、昔現役20代の店長の言葉を思い出した。運転席でもケ

イタイメールを打ち続けている営業マンを見ていると、“走り”よりも興味がありそう

に思える。「FF?フラン・フランのこと?」なんて聞き返したバイト君のことを思い

出した。ちょつと前までは。車に興味ない男性は、ごく少数派だった。“エンジン

がどこについているとか、”後輪が駆動輪のFRの走り“なんて、興味なさそうな

感じよね。スポーツカーもオートマの時代だしね” ボンネットの開いた口からポル

シェの狭く薄暗い空間を覗き込みながら、そんなことが走馬灯、いや、光ケーブ

ルのごときスピードでもって、彼女の頭をめぐった。
                      


 
”ここに入れてくれ”と、ちょっとこわおもてのRRの主は無言で指差した。「ジャス

トフィットですね」開いた口は、羽毛ふとんとベッドリネンの袋のために作られたか

のように飲み込んだ。「ポルシェがお好きなんですか?」すぐに後悔がやってき

た。ポルシェのオーナーが嫌いで買うわけがない。そもそも、そんな高級車を好

きとか嫌いとか言うレベルでは、自分はあるまい。「前はポルシェを10台持って

たけどね、他は全部処分した」「えっ、ジュウダイデスカ?ポルシェばかり?」「で

も乗らないから、壊れてね
」それに言葉を挟む立場でも状況でもないが、“確

かに10台いっぺんに乗ることはF1ドライバーだってできはすまい”彼女は10台

のポルシェが、ショールーム的にガレージに並ぶ、すさまじい情景を思い浮かべ

た。確かに車道楽の顧客も多い。ガレージにフェラーリを並べて、それらにスポッ

トを当て、ガラスの個室から美しいボディを眺めながら、お酒を飲むんだと説明

を受けた。「店長、そんな悦楽の時、いいですよね~。私なら、車がベッドルーム

かな」「私だって持ってますよ、5台もね」店長は悔しさをクールなオブラートで

包んだ。イタリア製ミニカー、フェラーリのオードトワレにつくおまけである。彼は毎

年クリスマスに一番に予約購入する。
                               


 ポルシェ10台のオーナーと聞いてちょっとたじろいだ。次に何を話したらいいん

だろう?彼女は自分の頭のロッカーから、格言を取り出した。『ほとんどの人は、

相手がお金持ちだとわかると自分で壁を作ってしまい、友達になろうとしない。そ

れはすごい美人になかなか声をかけられないのと同じである』買い物袋を駐車

場まで一緒に運んだKに合図して、勇気を奮い起こした。「あの、ほんとにつまら

ないもので、お恥ずかしい限りではございますが、」スキンヘッドのオーナーの光

るめがねに、彼女は自分の間抜けな顔を見た。「これ、私も、愛用しております、

ふきんで、」一笑されるか、無視されるのを覚悟で、多重ガーゼのふきんを指し

出した。「おお、これ、これ!これを使いたかったんだよ。あなたの本、隅から隅

まで読んでますよ」「えっ、そう、なんですか?」「あなたが書いてた、6分、6分、

毎日やってるよ!」「えっ、あの、ほんとですか?」彼女は6分単位に区切って、

ベッドメイク、ふき掃除、洗濯、家事を効率よくこなす方法を持論としている。

“まさかこんなお金持ちの怖そうな方が!もしも今、イタリアやフランス映画みた

いに花売りの屋台が隣にいようものなら、ふきんの代わりに花を一輪、手渡した

い気分だった。病院経営で多忙を極める彼は、日曜しか休みがない、だから旅

行に行くこともないし、家が一番なのだと言った。昔は外国映画で、浮気現場か

ら男や女がシーツを体に巻いて逃げるシーンを、「それはどういうことかわからな

かったけど、今はわかるよ」といった。彼は最近、フラットシーツを始め、ベッド回

りのものを大量に買っている。「前は、飲んでは、一晩で10万くらい使ってたけど

ね、残るのは二日酔いくらいだもんな」と言った。「シーツを替えたときが一番い

いね~、あの瞬間がいい
」初めてまともな会話をした、RRのオーナーは非常

に繊細な人だった。彼は言った。「待合室から眺められる中庭に薔薇を植えて

るけど、次は自宅に薔薇をたくさん植えたいんだ、それが一番やりたいこと,,,. 


 最近、スタッフのクローゼットを移動したとき、各人のクローゼットの扉の裏を見

る機会を得た。厚子のそれには、さまざまなシーンで使う接客用語がびっしり書

かれた紙が貼ってあった。ユカの扉の裏には、「今日が新年、気づいたときは速

攻即止、間髪入れずに実行を、きのうより少しがんばる」とイラスト入りの紙が貼

ってある。Kの扉は「叱られた時こそ、成長のチャンス!」「事に敏して」「言葉づ

かいは、心づかい」「100-1=0」などなど、格言ラッシュである。店長のそれ

は前衛芸術であった。「習慣の奴隷」「優先順位、逆転の法則」「イマイチのひと

とそうでない人」「その言動の前に3つの門をくぐってから1.それは必要なことで

すか?2.それは真実ですか?3.それは思いやりがありますか?」セールスの

達人の各種切り抜き、集中力ゲーム、雑多な紙が重なり合い、“われこそは真

実”としのぎを削っている。“そうそう、人はみんなロッカーの中に、優しく導いてく

れる、先人を持っているのよね”5、6年前に流行った『ロッカーのハナコさん』は

10年前交通事故で亡くなったOLの華子さんを“ともさかりえ”がコミカルに演じ

る、コメディタッチの名連ドラだった。華子さんは生前使っていた古いロッカーに

住みつき、問題が発生すると出てきては、後輩のOLたちを叱咤激励指導する

おしゃれなかわいい幽霊。60年代風インテリアもOLの人気を博した。
       


 「今朝、朝礼で読んでもらったあの本、私も買いたいんですけど、」厚子が彼女

にロッカールームで声を掛けた。『日本人は、お金を稼ぐことが美徳であり、お金

を使うことが罪悪であるという考えを持っている』が、ラテン系の国では『楽しむこ

とが美徳であり、楽しまないことは罪悪で、神の意思に反することになる』『人生

を豊かにするためには、2つしなければならないことがあります。1つは、自分を

磨くこと。これが教育費です。もう1つは、友達をつくること。お金を使うことは、す

べて授業料であり、教育費なのです。』『人間関係を覚えていくうえで、お金持ち

とつきあうのは勉強になります。お金持ちにとっては、お金が最大の価値ではな

いからです』と氏は述べていた。「はい、あれね」彼女はその赤線、青線だらけ

の本を厚子に示した。『お金は使えば使うほど増える』(中谷彰宏著 ダイヤモン

ド社)この本で、お金とその使い方を学び、目からうろこが落ちた。お金持ちは、

最近、ちょっと金粉を降りかけられて“セレブ”と呼ばれる。近寄りにくく、羨ましさ

も込められている。『先入観を取り除いて、みんな同じ人間だとわかればいいの

です。お金を持っているかどうかと人格は関係ないのです』「そう、私のロッカー

ね」と厚子に扉の裏を見せた。「えっ、これ?だけ?」おとなしい彼女が笑った。

そこには中谷彰宏氏の本のブックカバーから切り取った小さな顔写真入りのプロ

フィールだけが貼ってあった。“だって、どんな本も格言だらけ、全部貼りきれな

しね、彼女の“ロッカーのハナコさん”に向かって、「今日も勉強になりましたよ」と

報告した。
                                         


                                      Risaco
























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