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リサコラム
本日のオードブル
第91回


恋愛論 2
 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト

     
 『アレが、マナモック島。干潮時には、地続きになるんだ』

   『知ってるわ!もう、かれこれ、3000回は来てるのよ!』
         

 

       

恋愛論 2                                 


 

午後10時、「さて、もうあとちょっとで、お、わ、り」と彼女は目をつぶり、しばし

瞑想タイムに入る。透き通るコバルトブルーと純白のパウダーサンド。その接する

ところをめがけて、小型ジェット機は、ゆっくりと、小さな島に作られた1本の滑走

路に降り立った。優雅な足取りで、短いタラップを降りると、笑顔のスタッフに出

迎えられた。簡単な挨拶を交わすと、名乗りもしないのに、スタッフはごく自然に

ゲストをカートに乗せると、それぞれの“カシータ”と呼ばれる、コテージに連れて

いった。“砂は、こんなにも真っ白で、さらささらだったのか!”初めて見る白砂

に彼女は驚きの声を上げた。耳に聞こえる音は、単調な波の音のみ。時々、

ザバーンという、波しぶきの上がる音が、静寂にリズムを刻む。わずか、40数組

のゲストのために作られたワンアイランド・ワンリゾート。考えられる限りの知恵と先

端技術、そこで100名を超えるスタッフが、尽くせる限りのサービスをもって、ゲ

ストの何もしない暮らしを演出する。“平和な島”という意味の”楽園はその名を

“アマンプロ”という。周囲5.5km、パマリカン島という美しすぎる海に囲まれた

孤島は、1本の滑走路が日常と楽園とを結ぶ架け橋である。そのアマンリゾート

は、マニラのニノイ・アキノ空港からリゾートへ向かうゲスト専用のラウンジを経由

し、究極のリゾート生活の幕を開ける。専用機に乗せられ、1時間半ほどのフラ

イトの後、楽園の島はブルー&ホワイトのその美しい姿をあらわにする。
      


 「ふあぁ~」上機嫌になって、メールを数件返すと、本日の業務を、無事終了

した。さて、明日から、やっと待望の休暇が取れる!このアマンプロにはもちろん

行ったことはない。しかし、蓄積した情報は、目をつぶれば、容易にその世界に

連れて行ってくれる。しかし実際は、このリゾートに到達するには難関が待ち受

けている。車で10分の福岡空港からマニラ行きに乗るのはたやすいが、あまり

気の進まないマニラ前泊を余儀なくされる。しかも、マニラからパマリカン島へは

毎日は飛んでいない。限られた日数を最大限に使うには、5時間半のフライトで

行ける、治安もよいシンガポールで2泊して、朝早い便のマニラ行きに乗り、アマ

ンプロへ直行というルートはどうだろう?帰りは、マニラから3時間半で福岡へ戻

れる。彼女は架空のリゾート計画を立てた。もちろん、シンガポールのラッフルズ

に宿泊。電話で問い合わせると、航空運賃を出してくれた。“リゾートは、ゆったり

始まり、無理なく終わる”“最初から最後までリゾートであること“が第一条件。

彼女はまた想像の旅を想って、上機嫌になった。この究極の旅が彼女の中で作

り上げられて、早、10年になる。                            


 “旅は、帰宅したときの自分の気持ちに思いを寄せることから始まる”これは彼

女の持論である。非日常の美しいリゾートで、毎日、しわ一つないベッドで目覚め

るまで眠り、海を望むバスルームには、大判のボリュームたっぷりのタオルに南

国の不思議なフルーツが日に何度も補充され、ビーチでは、ビーチボーイが日

焼けを嫌うゲストのために、何度もパラソルの向きを調整する。要望すればどこ

でも、好きな場所でピクニックランチを、アフタヌンティを楽しむことも出来る。誕

生日だと告げなくてもバースディケーキが届けられる不思議。パスポートで知りえ

た情報に過ぎないが、そんなサービスも、想定された料金のうちに入っているに

違いないと分かっていても、この手のサプライズにはやっぱり感動する。目くるめく

楽園の日々の利点だけを吸い取って、いかにうまく社会復帰するか、リゾートに

行く価値はそこにあるのだと彼女は思っている。そのためには、帰宅した自宅を

ベッドを美しい状態に整えておく必要がある。そうでないと、またすぐに行きたくな

ってしまう。


 「この香り、これ、フォー・シーズンズ(FOURSEASONS)のランドリーの香りで

すよね」ベッドリネンが大好きなSさんが、手に持ったパウダーのボトルを指し示し

た。彼女の手には“CLEAN”という名の香水のパウダー入浴剤があった。“石鹸

の香り”をイメージしたその香りは、オー・ド・パルファム、トワレ、数種類のバスアイ

テムがラインナップされている。世界中のフォー・シーズンズを愛している彼女曰

く、“CLEANという香水の香りは、そこのランドリーの香りと同じ”なのだと。「そうな

んですか。ははぁ、なんて、ステキな。でも、その感じ、なんとなく、わかります」

彼女は、出した洗濯物がどんな小さなものでも、美しくリボンがけされ、その石鹸

のような香りをまとって戻ってくるのがうれしくて、それがために、フォー・シーズン

ズに行くと必ずランドリーを出すのだという。もしかしたら、ランドリーを楽しむのも

目的に入っているのかもしれない。いや、きっとそうだろう。彼女はそれをそのま

ま使わずに持って帰るのだと言った。“洗濯物のお土産。そんな思い出の作り

方もなるほどエコでいい。彼女は今まで、旅先では使い捨てのもので、なるべく

持って帰るものを少なくしたいと考えていたが、“その反対の発想もありよね~”と

深く納得した。「次はね、一番新しいタヒチのフォー・シーズンズに行きたいんで

す。取れるかどうかわからないけど」その目は、うるうると幸せな光を放っている。

“特定のブランドは、香りや色、言葉などのある友好なイメージが結晶となって、

形作られているのかも知れない”。“ザルツブルグの小枝”のように。あるブランド

は“そのブランドに合う好ましいシーン”、“好きな人のイメージ”、“好きな物のイ

メージ”に置き換えることもできる。あるブランドが発するイメージがいったん結晶

化され始めたら、そのブランドと恋愛関係を結んでしまうこともある。韓流スターと

画面上で恋に落ちた人と同じで、その結晶作用は進むばかりである。だから他

人の批判も耳に入らない。塩坑へ投げ込まれたザルツブルグの小枝が、『二、

三ヶ月して取り出してみると、それは輝かしい結晶で覆われている。結晶作用と

呼ぶのは、我々の出会うあらゆることを縁機に、愛する対象が新しい美点を持っ

ていることを発見する精神の作用である』(『恋愛論』スタンダール 大岡昇平訳

 新潮文庫)


 リゾートへの限りない憧憬は、恋愛の結晶作用と酷似していると彼女は思う。


 ようやく今回のリゾートへの支度を終えると、バスルームで汗を流した。バスロ

ーブを羽織り、ベランダに用意したキャンドルに火をつけてゆく。夕焼けはオレン

ジと茶、朱色を混ぜて、カクテルのブラディマリーのような色を作り出していた。い

よいよ旅の始まりである。寄せては返す波の音だけが空間を満たす。 “マイタイ”

とは、タヒチ語で「元気です」(“Maita‘I”)という意味だと最近、知った。今日、

半日以上費やした旅支度は、自宅エアコンのフィルター掃除に始まり、ベッドル

ームのカーテン、ベッド回りのファブリックをタヒチの海と空のに似せた色に変える

ことだった。パソコンの画面にフォー・シーズンズの最新リゾート、タヒチのボラボラ

が映し出される。シャンペングラスに炭酸水を注ぐと、レモン水の結晶はこころよ

いリゾートの音を立てる。肘掛けソファに腰掛けると、波の音にからだを任せ、タ

ヒチアンもどきの自分のベッドを眺めた。“ベッドルームは眺めるためにもある”とベ

ッドルームをながめるたびに思う。彼女は今日からまた、新たなコーディネートを

した”ベッドルーム・リゾート”に恋愛関係という結晶作用を始めたようだった。










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