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リサコラム
本日のオードブル

第94回

アンテナマン
 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
16年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、中谷彰宏、F.サガン、プルースト


  「これこれ、これ撮って!顔なしで!」

            「顔なしで、ほんとにいいんですか?」        

 

       


アンテナマン





日曜、午前11時、行きつけの美容室。見上げた顔は、漫画の”サザエさん”

そっくりだった。


 「これで終わりですか?」「まさか、それはないです。ちょっとやばいです」いつも

の金髪美容師はまじめ顔でニコニコ笑う。「しかし人の顔って、髪の形で変わるも

のですね」「そうですね、ヘアースタイルで変わりますねぇ」彼女は今から従兄弟

の結婚式に出席するため、珍しいことに頭をセットに来ているのである。だいたい

ロングヘヤーの髪の毛を、全部をホットカーラーで巻いたらどうなるかなんて、彼

女は想像したことがなかったのだろうか?風船に顔の絵を描いて、膨らませたと

きみたいに、膨張しきった頭は、顔の3倍の大きさになり、すさまじいことこの上な

し。さらに作業を続ける彼女の手は緊張のため小刻みに震えている。じっと見ら

れていたら、よけい緊張するのかもと、彼女は、持参した文庫本を手に取った。

『漱石の夏やすみ』と書かれた買ったばかりの本のページを開く。この蒸し暑い

梅雨が明ければ、もう夏休みはすぐそこである。読み始めると、これがなかな面

白い。学生時代の漱石が辿り、正岡子規に見せるために綴った夏休みの旅日

記を、著者が辿りながら解説を加えるという、3次元の世界が広がっている。 



 読みながら、新郎のことを思い浮かべた。彼との思い出は、子供のころの夏休

みとお正月の記憶しかない。年も離れているし、彼はその頃名古屋に住んでい

たから、もちろん一緒に遊んだ記憶はない。ただ2,3歳くらいのかわいい顔の子

供のイメージだけが思い浮かぶ。それプラス30年の今の彼の映像はどうしても

浮かばなかった。さらに、その後の彼の足跡もほとんど知らぬまま過ごしてきた。

テレビ番組のオープニングやエンディングのビデオ映像や、プロモーションビデオ

なんかを作るディレクターと呼ばれる仕事をしているらしい。今は独立していると

だけ聞いた。テレビは見るだけの彼女には、そこまでしか理解できなかった。しか

し、きっと昼も夜もないようなハードな仕事には違いない。「汚ったいない、おじさ

んよ」と彼の母親は言った。あの宇宙人のようなかわい面影の子供が成長して、

“汚ったいないおじさん”に成長する過程を思いながら、『漱石のなつやすみ』を

読み進めていると、「前髪どうしましょう?」と、金髪のにこやかな彼女の声が聞

こえた。
                                                     


 見上げると、頭の上にソフトクリームが乗っかっていた。

「うぁ~すご~い、これ、わたし?別人みたい!すばらしい!」にこやかなアーテ

ィストは、すばらしい芸術作品の前でちょっと照れたように、「ははは、ソフトクリー

ムですかぁ?」と笑った。長い髪の毛はスプレーのりとヘアピンの力を得ると、こん

なにも変身するものか、と思いはしたが、いささか大げさでもある。夏やすみ気分

に浸っている間に、突如頭上に出現したソフトクリームを見て、はたと思った。こ

れは、顔が伴っていないではないか、シンプルだが黒いシフォンのワンピースを

着て、ビーズのストールを羽織り、この頭で、ノーメイクでいいのだろうか?そのア

ンバランスに今さらながら気づいた。しかし、普段化粧をしないため、化粧品すら

手持ちがない。頭をセットしたら、化粧はやっぱりセットでしょ、という認識すらな

い自分がおかしくもあった。まあ、いいか、このソフトクリーム頭にさらに化粧まで

しようものなら、別人そのもの、誰も彼女とは気づかないに違いない。「今日はこ

のまま寝れませんかねぇ。こんな頭にしたのも始めてだから、とるのがもったいな

くて」「ははは、寝れませんよ」「そうですか、でも、なんとかならないかなぁ~」こ

のまま、1日過ごして、翌日、職場のスタッフにこのソフトクリーム頭を自慢した

い気分だった。髪飾りのピンを刺し終わると、呼ばれたタクシーに乗り込む。おっ

と、なにより大事な頭を低く下げなきゃ。慣れない動作はぎこちない。やっとシー

トに納まると、見送りの芸術家に手を振った。
                         


 かわいい宇宙人は見事におじさんに変身していた。                 

いつの間に、あの頃の10倍くらいにでっかくなって、黒縁めがねをかけ、タキシ

ードを着ている?これがあの彼だとを判別できるのは、名前しかない。確かに名

前は昔のままだから、そうに違いない。ゆわゆる“国際結婚”というもので、式は

通訳を介して2カ国語で行われ、時間差で笑いが巻き起こるというハプニングで

まった。青いプールのような水場を眺めながら、キャンドルとテーブルフラワーに

満ち満ちた、バリのリゾート風レストランウエディングの宴は、広いオープンキッチ

ンである。先ず、主役と観客の目の前でたくさんの皿を並べてオードブルを盛り

付けることから始まる。作り置きはしないと言うスタイルらしく、ガラス越しには、今

からケーキカットが行われるであろうウエディングケーキの飾りつけが始まってい

る。確かにいつ、どうのように作られたかわからないオードブルより、現場を見せ

られながら食するほうが安心ではある。スクリーンでは、今までの二人のストーリ

ーが映し出される。アニメーションや映像を作ることを生業としてきた、初めて見

る彼は、ひょうきんな姿ばかりである。なんと、スパイダーマンの格好をして、映

画館に座っているではないか!空間は、爆笑で各テーブルが湧きあがり、宴も

たけなわ。お色直しから戻った新婦はあでやかな着物姿に、新郎は、なんとま

た、青々とした額にちょんまげ頭のいでたちで登場。黒山のいや、ケイタイとフラ

ッシュの人だかりが重なり合う。彼は根っからのエンターティナーであるらしい。数

々の映像賞を受賞したそうだが、そのすばらしいアイデアはどこから生まれるの

だろうかと、彼女も他の観客に習って、ちょんまげのかつらをケイタイに納めた。



 世の中に変身好きは、どの時代にもいる。彼女の師である、シャーロック・ホー

ムズも変身の名手として描かれる。老人にも、浮浪者にも女性にも。先日お会い

した建築士のジュンコさんは、「図面を見ていると、上からす~とアイデアが降り

てくるのよ。思いつくというより、上から降りてくるって、感じ」と言われた衝撃的な

言葉を彼女はここ2ヶ月ずっと考えていた。グラフィックデザイナーの“ラムさん”

という知人は言葉遊びの天才である。「いったいどこから、そんなアイデアは浮か

ぶんですか?」と聞いたとき「いつもたくさんアンテナを張ること」だと答えた。「ア

ンテナを張るという感覚が具体的によくわからないんです」と、その時、彼女は答

えたが、しかし、それも今日、体得したのだ。                     


 ちょんまげ頭が各テーブルを回って、カメラサービスに応えると、彼女はテーブ

ルフラワーを抜いて自分の頭に挿し、カメラマンにソフトクリームの頭を指し示し

た。「これ、撮って!」めったに見ることもできないこの芸術作品のソフトクリーム

を写真に納めない手はない。彼女は今日、アンテナを張るという感覚を得た。

天から降臨してきたアイデアのような電波は、ソフトクリームを経由して、今日、

無事に、この文章を得たからである。                         



                                      Risaco


























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