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リサコラム
連載280回
      本日のオードブル

露店マイヤー・倶楽部

第10回

最初の切り札


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

 
 
    「ららら、私、合格した気分。
    信じれば合格も間違いなしよね!神様」
      
    
 
      
  






最初の切り札
 




 長い一日だった。外はまだ薄暗い。好子はびっくりしてベッドから

起き上がると時計はすでに7時半を回っていた。1月の朝の光はグレ

ーに黒を混ぜ込んで一段と目覚めを悪くする。「ああ、そうだ、今日

は休みだった」ベッドに半身を起こした後で、またあたたかなベッド

の中に体をスリップさせた。


 今朝からあのリゾートホテルの部屋に住めると思うとうれしさは噴

水のように湧き出て来て、ブラッド・ピットに夢で逢った時のように

それが夢ではないよう祈りながら、またそっと目をつぶった。あたた

かな自分の体温が移った心地よいシーツの感触。包まれながら順を追

ってラッキーすぎるような、しかし奇妙な1週間余りを振り返ろうと

したが、とたんに、今までの懐疑的な好子は否定した。こんな夢のよ

うなラッキーなことは何か悪いことを暗示しているはずよ。今の好子

は反論した。確かに勤勉な自分と怠け者の自分もいるし、懐疑的な自

分と楽天家の自分もいるけど、どれもホントの自分だし、人を信じる

方が私には合ってるわよね。お人好しで、好感の持てる好子って名前

よかったかな?とにかく、私を気に入ってもらえたんだから。そう考

えると湯たんぽを抱いて寝ているような気持ちになって体の芯から温

かくなった。


 昨日の朝、初めて見たすばらしい部屋に感激して、「お世話になり

ます。よろしくお願い致します」と一方的に宣言してしまった後、

「とりあえず、お試し期間でお泊りなさいよ」と新しい大家のロッテ

ン・マイヤー51号はそんな驚きの提案をした。「ええ?」「ほら、

何でも試用期間ってあるでしょ。化粧品でも健康食品なんかでもね。

つまり、その、『お試し』よ」「はあ?お試しできるんですか?」

「知ってる?結婚のお試し期間のある国もあるのよ。それって、いい

システムだと思わない?会社だって、お試し期間があるところもある

でしょ。最初に研修とかいって、お仕事のお試しをやるところよ。あ

れで、合わない人は辞めるでしょ。新しい家を買うとかはお試しでき

ないけど、賃貸ならお試ししてもいいんじゃないの?」好子は会って

まだ30分と経たないのに常に一方的にしゃべる51号に常に押され

気味になりながらも、もっともだと納得してうなずいた。「そんなこ

と、でも、ほんとにいいんでしょうか?」「いいわよ」「でも~」

「1泊3000円でどうかしら」「ええ、それでいいんでしょうか」

「いいわよ。1週間考えてね。私ね、ちょっと変わっているでしょ。

自分でもその変わってるところが好きなのよ。でもね、誰でもいいっ

てわけじゃ全然ないのよ。私も一人暮らしだし、指紋認識役だって兼

ねているから」そう言うと、からからと笑った。「簡単に私のこのホ

テルルームの使用権を渡すわけにはいかないのよ」「それはよくわか

ります」好子はちょっとうなだれた。あまりにも性急過ぎた自分を見

の程知らずと思われはしなかっただろうかと逆に劣勢に立たされて不

安になっていた。


 「実はね、こうちゃんと出会って10秒で決めたのよ」「10秒で

すか?」「そうよ。そんなものでしょう。人を判断するのって、10

秒あれば大体わかるのよ」「私、何か変なこと言いませんでした?」

「いいえ。『はじめまして、私、鈴木好子です』って名乗って、看板

のことを恥ずかしがらずに、『ありがとうございます。おかげですぐ

にわかりました』って言ったわ」「ああ、そうでした?でもそんなに

簡単に決めていいんです?」「自分の勘だから、当然よ」「はい、も

ちろんですね。よくわかります」「それじゃ、明日とりあえず、ボス

トンバッグで越して来てね。お試しでね」「あ、ああ、ありがとうご

ざいます」「敷金は、お互いに合わなかった時に、お返しするから」

「ええ、わかりました。ありがとうございます」「それじゃこれね、

記入して」好子は長々書かれた但し書きを読みながらサインをした。

「それじゃ、明日、来てね」「はい。わかりました」好子とロッテン

・マイヤー・51号は自動ドアをいくつか通り越して、ガラス張りの

玄関に出た。


 「あ、あの、一つお伺いしてもいいでしょうか?」「もちろんよ。

何でも聞いて」「ロッテン・マイヤー1号さんとはどんなご関係なん

ですか?」「ああ、ゴッドマザーね」「ゴッドマザーって、もしかし

て、1号さんのことですか?」「通称はね」「なんか凄そうなニック

ネームですね」「その名の通り凄い人よ。そのうちわかるわよ。で

も、あなたのこと、運命的出会いだって言ってたわよ」「そんなとん

でもないことです。あれはまだ私が子供の頃の運動会の借り物競争で

たまたま、『おっせっかいな小姑』なんて札を引いたものだから、そ

う言ったまでで、そしたら同級生のおばあちゃんが手を挙げて、いっ

しょに走ったんです。だから単なる偶然です」「それを必然と言うん

じゃないかしら?私は必然だと思うわ。だって、こうして出会うのだ

って。ちょっと前は他人だったのによ」「そう言われたら、そうです

ね」好子はすんなりと人の意見を受け入れられるという美点を持って

いた。


 「あの、駅の改札口でお目にかかった時、私が、その、ダメだと思

われた時は即座に断られるんでしょ?」「そうね、『実は昨日の晩、

決まっちゃったのよ。だから看板まで持って来て、どうしてもお伝え

したかったの』って改札口でお断りすることにしているよ」「はあ、

そうですか」そんなふうに何人も断わって来たに違いないと51号の

さばけた口ぶりを見て好子は思った。それに画用紙の看板はそんな品

定めの道具になっていることがおかしかった。


 「でも、うれしいです。なんだか、入社試験に合格したみたいで」

「でしょ。20番目よ」「ちょうど最後の1枚の画用紙を使い切った

ところだったのよ。運命の神様は私の理想の人をよこしてくれたんで

しょう。さあ明日からお試し期間のお付き合い、よろしくね」好子は

せかされるように靴を履くとなるべく礼儀正しく見えるように深々と

挨拶をした。玄関ドアの外で好子は今月の占いを思い出していた。

「この1週間で運命を決める人と出会たのかな~」好子は無言でそう

つぶやくと、くるりと回転して駅に向かった。玄関の内側ではロッテ

ン・マイヤー51号は色鉛筆の入ったケースをクローゼットから取り

出すと、画用紙の1枚目を破り捨て、一緒に抱えて散歩に出た。







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シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

(Amazon、書店では1,500円で販売しています。)

マダムワトソンでは 
                                    
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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