MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載633回
      本日のオードブル

思いでの場所

第3話

「僕には
ガレージがなかった」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



ガラス窓の
向こうは橙色、
赤、黄色に色づいた
紅葉がまっ盛りです。

その
前に
いつも
見物人が
詰めかけます。
まあ、当然ですが、
ここは一体どこなのでしょうか?



 







        

第3話 「僕にはガレージがなかった」




  「ガレージがあればな、僕の作曲部屋になるんだけどね」


            


 僕にパシャパシャとまき散らしながら水を飲んでいるHALちゃんに向かって

僕は言った。今日はいつもよりHALちゃんの飲みっぷりがいい。僕は愛犬のHAL

ちゃんにペットボトルから水を飲ませながら、赤、黄、橙に色づき始めた夕方

の街を眺めていた。


            


 僕は家の近所のこの小高くなった場所からの街の眺めが好きだった。しかも、

生まれてから一度も別の場所に住んだこともなくこの街の古い家に住み続けて

いる。友人のほとんどは進学、就職で散り散りになってしまったが、パラサイ

トシングルと言われても文句が言えない独身の僕に残された友人は今のところ、

このHALちゃんをおいて他にはなかった。


           


 さらに、僕と年の近い従妹やその両親たちは地球上に転々としている。赤道

上のアフリカで暮らす従妹もいれば、カナダの極寒の地で暮らす叔母夫婦もい

る。しかし、僕は祖父の医院を引き継いだ長男の父と一緒にずっとこの街にへ

ばりつくように僕は暮らしてきた。


            


 その僕は音楽というワインディングロード(父は僕のその音楽の道のことを

そう呼んだ)でひとりでは食べることもできず、親の家で暮らしていた。しか

し、いつもすらすらと音符が浮かんでくるわけでもないからこれまた難儀で、

たまにわずかな収入が得られても、行きつけのコーヒーショップに1か月も通

えばそれだけで一度に飛んでしまうくらいにしかならなかった。


            


 「HALやい、でもさ、みんなそうやって来たんだよね。大家のシンガーソ

ングライターだって、アップルの創業者だって、みんなガレージで始めたん

だから、」僕はHALちゃんの顔を覗いた。しかし、HALの目は冷ややかに、

沈みかける日の光なのか、空なのか、そんなものを見ているだけで、無言

だった。


            


 「そうか、家にはガレージがないからな。それじゃ幸運なんてやってこ

ないか?」僕はHALに問いかけたが、やはりHALは無言のままで、何を瞑想

しているのかわからないような顔をしていた。


          


 僕の家は急な坂道の途中にあり、構造的にどうしてもガレージが取れず、近

所の月ぎめ駐車場まで歩いて行き来しなくてはならなかった。さらに、僕はあ

まり車の運転が得意ではなく、当然ながら、自分の財布では車も持つことが

できず、現実のところは、たまにしか稼働しない父の車がずっとそこに停まっ

ているだけだった。そのせいで僕は散歩を好むようになった。と同時に、ガレ

ージがないから、音楽活動に支障があるのだと自分に言い訳を言って来た。


            


 そして、その日の散歩の途中で、HALの鼻先の向こうに僕の目は釘付けに

なった。この街のことならなんでも知っている僕は、街の少しの変化だってす

ぐに気づくことができた。そこは、長年ひとり暮らしの女性Mさんが住んでい

た古い大きな家だったが、そこにロープが貼られていることに気づいたのだ。

その家のそばには、情けないくらい小さな川が流れていたが、その川沿いには

美しい街路樹が植えられ、月が数を増やすにつれ刻々とその色を変えていた。

僕らはタンタンとスロープの道を駆け下り、そのMさんの家のほうに向かった。


            


 そこには売地という看板がぶら下がっていた。「僕には買えそうにはないね、

いい場所だけどね」僕はしばらくMさんの柔和な顔を思い出しながら、どこか

の施設に入ったのかなと思うと、この家の塀から枝を外に伸ばして来た供物の

柿を黙ってちぎったり、塀にテニスボールを当てたりして遊んだ記憶がセピア

色になって僕の頭に浮かんで来た。


            


 僕らはMさんの家の裏手に回った。そこには先ほどの小さな川が流れ、そん

な川底に、街路樹が落としたオレンジ色が重なり合っていた。それから僕は

HALちゃんがキュウ~キュウ~と歌い出すまで、僕はぼんやり川底を眺めて

いた。HALちゃんは時々、即興の歌を歌うことがある。音楽に合わせて伴奏

もできる。もちろん、調子っぱずれではあるけれど。そしてこの僕の散歩もベ

ートーヴェンの物まねと言えば言い過ぎだが、常にインスピレーションを探っ

ているのだ。


            


 その時、僕に、天からメロディが降りて来たのだ。僕は急いでスマホを取り

出すとピアノで録音を始めた。


 「そうか、HALちゃん」と僕は言った。「そうだよ、そうだよ」僕はHAL

のリードを脇に挟んで、街路樹の通りとMさんの売地の写真を数枚撮ると、僕

の即興演奏と合わせてアメリカにいる叔父に送った。半年後には地元に戻って

くる予定の叔父は開業する場所を探していたからだ。


 そして僕らは通勤の人たちがざわざわと街路樹の通りを足早に過ぎる時間

帯まで、じっとその場に佇んで叔父からの返信を待った。


            


 それから約1時間後のことだった。「いいじゃないか!最高だよ!」僕は自

分の曲が褒められるなんてことがめったになかったから、とても驚いた。しか

し次のメールで、それは僕の曲ではなく、Mさんの売地のことだとわかった。

そして最後に「でも、駐車場は何台くらいとれそうかな?」と書かれていた。


            


 僕は自分の車を持っていなかったし、家の敷地にもガレージがなかったため、

医院にかかわらず駐車場が欠かせない要素だという意識が欠如していたのだ。


 叔父は交差する大通りからその街路樹の通りへの侵入経路の良さ、さらに、

落葉樹の借景をとても気に入ったと言ってきたのだ。


            


 それか1年半後、僕は叔父の細長い形をした医院ができると、そこで職を

得た。大半は雑務なのだが、しかし、週末になると僕はガラス張りになった待

合室の廊下でピアノを弾くことができる。ガラスの向こうは、見事な街路樹の

借景で、待合室は上手に街路樹だけを借景として切り取られた。


            


 紅葉の季節になり、風邪が流行り出す頃になると、ガラス張りの待合室はい

っぱいになり、叔父は予想通り猛烈に忙しくなる。僕はそんな中、仕事の合間

を見て、そして週末には必ず待合室の片隅にあるアップライトのピアノで即興

曲を奏でる。これは最高の気分なのだ。


          


 きっと僕はラッキーなのだろうと思う。しかし、この紅葉の季節には、だれ

も僕のピアノに耳を傾けてはくれない。つまり、僕の音楽はまだ紅葉には勝て

てはいないということなのだが、しかし、僕にはガレージがなかったから、こ

の場所を得られたのかもしれないと思う。そう思えば、おそらくは贅沢な不平

だろうと思っている。




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
   マダム・ワトソンのご近所の様子を思い浮かべながら
   書いた架空の物語です。
  
p.s. 2

  紅葉の季節に紅葉に勝る芸術を生み出すのは難しいと思います。
  「枯葉」がヒットしたのは季節のセレクトがよかったのかと
  言えば、怒られますでしょうか?
 

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2018年11月号です。
           
            


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
    お申込はこちら→「Contact Us」                                     

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.