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リサコラム
本日のオードブル
第50回


借景
 
木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
15年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。好きな作家は夏目漱石、檀ふみ、中谷彰宏、F.サガン

     
           "この借景、くださいな。”

 

       

借景



 「たぬきを見つけたら、左に曲がってください。それから、だらだらと山道です。 

そこをずっと行くと・・」 「えぇ、陶器でできたたぬきです」ケイタイ電話の向こうの

相手は、これから行く先の別荘の女主人。福岡市内から渋滞を抜け、九州自動

車道を走り、街中を抜けて、ずんずん山の中に入ること2時間半。やっとたどり

着いた先は、阿蘇の山の中でした。何トンもある大きな石垣の階段を登った先に

は宮大工が作った武家屋敷が今、建築の最終段階を迎えていました。     

汗を拭きながら玄関の門前に立つと、庭の這い松の1kmほど先まで、遮蔽物

なしに180度見渡せる広大な光景が広がります。そのつき当たった先が雄大な

阿蘇の山々。晩夏とは名ばかり、強烈に晴れ渡る日差しをまともに受けて、その

名も知らない青緑のビロードの雄姿は、私を脅迫するかのようでした。「早く何と

か言ってくれ!」とでも言うように。                           


 阿蘇は、熊本県の東に位置する巨大なカルデラの街です。カルデラと言うの

は火山が噴火したときの火砕流でできた、くぼ地を言います。その中に鉄道が走

り温泉地ができ、街が形成されています。およそ想像もつかない30万年前から

9万年前までに、4回の噴火で巨大な火山が周りの楕円の外輪山だけを残して

灰となり山を吹き飛ばしたものです。巨大なカルデラの平原のその中にまた火山

ができ、年月を経て多くは死火山となり、いまだに活火山として白い噴煙を上げ

ているのが、阿蘇五岳のなかの“中岳”と呼ばれる火山です。観音さまの寝姿に

たとえられて“寝観音”と呼ばれる巨大な阿蘇五岳は、カルデラを南北に2つに

分断しています。9万年前の最後の大噴火の灰は、北海道でも見つかるほどの

エネルギーを放出したそうです。カルデラの街の中に立って周囲の外輪山を見

渡すと、30万年前のその雄大な火山の中にいるのだという不思議な気分に占

領されます。反対に外輪山に沿って走る道路から奈落の底のようなカルデラの

街を望みながら走る道沿いの森には、アオガエルなのか、夏を惜しむ叫び声だ

けがヒュルヒュルヒュル~と奈落の底の静かな温泉地にこだまします。


 東西18km、南北25kmの外輪山に囲まれ、山々の中にたたずむ静かな街

は広さ約450平方km。東京23区が約621平方km。その雄大さは目の当たり

にする人々の価値観を大きく変えてしまいそうな迫力で迫ります。

 『阿蘇は美しい』と思いました。青、白、黄、緑、灰色、混ぜ込んでできた深い

緑が作りだす自然の造詣が何ものをも退ける力に満ちています。        


 「すばらしい借景ですね。なんと、すばらしい..」その別荘からのあまりの絶景

にめまいのような一瞬の居眠りをしてしまい、ほんの数秒間をおいた後に、正気

に戻ったかのように感じました。私は二の句が次げませんでした。横柱と呼ばれ

る玄関の30mはありそうな太い柱、宮大工が作った繊細な天井の造詣、長い

濡れ縁にはかつて、武士がたたたっ、と足音を立てて小走りに急ぐ姿が思い浮

かびました。濡れ縁には灯篭のような風流なペンダントライト。 縁側の廊下に立

ち180度広がるなだらかな青い阿蘇の山々を望みながら、自分がお殿様にな

ったような気分でした。熊本市内にマンション暮らしをするご一家のこの別荘は、

基礎工事から、3年をかけてやっと完成に至るまで多くの知恵と苦労を結集した

ものでした。長い廊下の窓には障子だけ、カーテンはありません。この絶景を前

にして余計な装飾はもちろん不要です。「この景色を買ったのよ」とその女主人

は言われました                                      


 絶景の場所に立つ家はその “借景” こそが大いなるインテリアだと思います。

土地の値段も借景いかんにより変わります。ハワイのホテルの部屋は、マウンテ

ンビューより、オーシャンビュー、オーシャンフロントのほうが高く設定されているこ

とでも納得します。海や山の景勝地を望むホテルや旅館は“借景”がまず一番

で、部屋の装飾、調度品はその次に論じられます。 アマン系のリゾートは部屋の

作りはどれも一緒で、部屋の向きによりお値段が変わります。世界各地のほとん

どのアマンリゾートは、人里から離れた海辺、山の中、小型飛行機でしかいけな

いプライベートアイランドにあります。宿泊者のプライバシーと安全のため、関係

者以外は立ち入ることができない厳しいチェック体制もしかれています。独立し

た1つ1つのコテージ間には十分な余裕があるため、カーテンもなしに、プライバ

シーも保てるようにできています。インテリアはどこも非常に簡素です。鳥の鳴き

声、波の音、自然の色とだけ向き合うリゾートとして作られているため、アマンと

名のつくリゾートには、もちろんテレビもありません。なのに、「アマンリゾートのよう

な部屋にしたいんです」と、カーテンを注文しに見える方もよくいらっしゃいます。

カーテンもなく、簡素なインテリアのアマンリゾートの雰囲気をカーテンで作り出し

たいというその気持ちはわかります。“アマンリゾート”という名の“借景”を部屋に

作りだしたいのだと考えると理解できます。 結局、“インテリアは何のためにやる

のか?”と考えるとき、多くの答えが引き出せるかもしれません。そのひとつの答

えに、借景が望める場所では“ 借景をインテリアの主たるものにする “ためにあ

り、借景がない場所は”借景を作り出すためにする“ものだと私は考えます。  


 トーマス・マックナイト(Thomas Mcknight 1941年アメリカ、カンザス州生

まれ)というアーティストがいます。シルクスクリーンという技法で多くのすばらしい

リトグラフを描いています。リトグラフなので、容易に手に入ります。ポスターも数

多くあり、20年ほど前から爆発的といっていいほどの人気が出た画家です。彼

自身ギリシャのミコノス島に移住して、多くの美しい風景画を書いた作品がありま

す。そのほとんどすべてが窓越しの風景だと気づかされます。美しい部屋やベラ

ンダから見たさまざまな色の光景。見る者の心をぐっとつかんで悠久の時に入り

込ませるリゾートの情景。白い家の屋根、ヨット、細い月、満月。美しいグラデー

ションの青い空に月が必ずと言っていいほど描かれます。それにより、その絵は

風景画というより、“理想郷”と呼ばれるゆえんだと理解できます。絶大な人気を

誇り多くの家や多くの場所で見かけるのは、その絵が“借景”になっているからだ

と私は思います。それを部屋に飾れば“ 借景の借景 ”。つまりリトグラフという

“借景”を簡単に手に入れて、それをインテリアとしているのだと思うのです。  



 私も自宅で赤いバラ園を望みながら眠ります。窓のないところに赤いバラの壁

紙を貼り、同じバラのカーテンを両サイドにかけて借景を望みます。本当のバラ

の園が目の前に広がっていれば、そんな必要もないでしょう。美しい自然の借景

に勝るインテリアはありません。でもそんな美しい錯覚を覚えさせる借景を作り出

すのがインテリアだと考えると、これほど楽しい大人の遊びはないのです。
     
























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木村里紗子 Risaco







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