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リサコラム
連載295回
      本日のオードブル

失われた明日を求めて

第8回 

身軽な理由

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

  
  ミズ・ブイヨンは人のいい大家さんですか?
  それとも、ロボットを操る学者さんですか?
         
 
      
  








身軽な理由

  

 私は唇をかみしめた。朝の5時過ぎに鳥のさえずりで目を覚ました人間が木漏れ

陽の気配をブラインドの隙間から感じながら、唇をかみしめているとしたら、それはど

んな理由だろうかと私はベッドの上で思った。


 230cmの長いベッドはきっとリトル・ベルのために急きょ用意されたものだろうけ

れど、私は彼より15cmも低いために、どんなに背伸びをしても足はベッドから外に

は出なかった。もちろん、今までの簡素なシングルのパイプベッドに比べると遥かに

心地よいとは言えるし、室内もほのかにひんやりするくらいで、乾燥しすぎず、湿度

ともに快適だ。なのに、私は唇をかみしめていた。


 起き上がると身軽に感じた。ふわふわ体が浮くような感覚だ。ミズ・ブイヨンが用

意してくれたシルクのパジャマのせいだろうが、体重が軽くなったようだった。あるい

は、これも用意してあった部屋履きのせいだろう。私はまた唇を噛みしめた。


 夜は気付かなかったけれど、朝のダイニングルームは庭先からたっぷりと日差し

を浴びて、撮影現場のように明るい。さらに庭先から借景の林へと繋がり、その先は

さらに森へとつながる風致地区に当たるため、車の音はほとんど聞こえてこない。そ

の代り、木々の間に身を隠す鳥の合唱は朝の5時くらいから始まることが分かった。

ここから、排気ガスと人間でごった返している平凡な街まで車で20分ほどしか離れ

ていないとはとても信じられない。


 私は鼻がつかえるような長いグラスからミズ・ブイヨンのしぼりたて野菜ジュースを

飲んでいた。「あら、ストローは使わないのね。王子さまはストローを使うものよ」私は

横目でリトル・ベルを見た。彼は長いストローでくいっくいっと吸い込んでいる。「いえ

いえ、私は王子さまじゃありませんから、結構です。ミズ・ブイヨン」「そう。王子さま

に見えるけど。お替りして頂戴、ジョシュ」不思議なことにリトル・ベルは全く反応せ

ずに涼しい顔をしてストローをくわえたままだった。


 「ええ、はい。頂きます。とてもおいしいです。」「そう、よかったわ~。今日のジュ

ースはね、」とミズ・ブイヨンは言い掛けると、すかさず、「レモン、明日葉、トマト、ミン

ト、それに昨日の残りのセロリを少々」とリトル・ベルは続けた。「まあ、博士、トレメン

ダスだこと!」「いいえ、朝飯前です」「ははは、朝飯前ね。まさに、そうね。トレメン

ダス!」「はははは
.」偏屈で気取り屋のリトル・ベルは面白くもないジョークを言っ

てケタケタと笑った。つられるように、サンちゃんも1オクターブ低い控えめな声を出

して、バトラー風に笑っている。


 私は昨日からリトル・ベルの態度の変化に消化不良を起こしていた。朝の8時前

からこんな庶民的な話題で盛り上がるような人間ではまるでなかった。せめて、見

知らぬ同居人の非行少年でも残って入れば、私の話し相手になるのにと私は苦々

しく思ったが、すでに高校生たちは登校を済ませ、彼らの余韻を残しているダイニン

グで、私はひとり疎外感を味わっていた。


 ここの空気も人間たちもかなり奇妙な感じだ。それにリトル・ベルがその音程に絶

妙に合わせていることも気に入らなかった。私はトーストの粉を落とさないようにと気

を遣いながら、王子風にちょっと顎を上げて、カリカリに焦げたその角をざくっと、噛

み切った。強い光に目をしばたたかせながら。


 リトル・ベルと私は、朝食を終えると部屋に上がり、身支度を整えてまた下に降り

て来た。リトル・ベルは無言で先導すると、ダイニングを抜けて半地下のガレージの

方へ抜ける廊下の真っ青なドアを開けた。「どう、よく眠れた?」「ああ」「そう、いい

天気だね」「ああ」私はもっと他に言うことがあるだろうけれど、それ以上は自尊心

が許さなかった。私はミズ・ブイヨンに契約書にサインして渡しはしたものの、無理や

り引っ越しをさせられるという犠牲者気分からはまだ抜け出せていなかった。われ

ながら往生際の悪い人間だとは思うが、どうしても彼らに感謝する気分にはなれな

かった。


 ガレージに至る廊下の入り口には大げさな花が丸いテーブルの真ん中に活けて

あり、それをよけて中に入ると廊下には青い花柄の長い絨毯が突き当たりのドアま

で敷かれており、左右には何の部屋かはわからないが、同じ真っ青に塗られた扉

が並んでいた。右手にはカーテンが掛けられている入口があった。「ここはね、牛み

たいな巨大な番犬の部屋だよ」私はびくっとした。「前はね。今は犬のロボットに変え

たんだって。ミズ・ブイヨンが遠隔で管理しているんだよ」「ミズ・ブイヨンが?」「ああ

そうだよ」「変わった人だね」「経済学者だよ。レンタルだそうだけど、その方が年間

の管理費も半分以下で済むそうだ」「はあ」「それに生き物は大変だしね。特に偏

屈な犬と人間はね」それに対して、私は唇をかんでこらえた。


 リトル・ベルは陽気な鼻歌を歌いながら、くねくねと曲がる坂道をスピードを上げ

て下りきり、私はミニの後部座席で20分の道のりをまた無言でやり過ごした。そして

自宅マンションに着くと、足の踏み場もない大量の物の中を爪先立って歩きながら

わずかな貴重品と下着とシャツをカバンに詰め、ジャケット2枚、ズボン3本、スーツ

1着をひつつかむと肩にひっかけて戻って来た。それ以外に服といえる物はなかっ

た。リトル・ベルは大きな布製のバッグをどこから持って来たのか私の目の前に差し

出すと、無言で袋に入れ、トランクに積んだ。私たちは大学に着くとそれぞれまた無

言で分かれた。


 夕方6時半過ぎ、リトル・ベルは校門横でミニを停めて待っていた。私はまた20

分間無言で後部座席に座った。朝、通ったブルーとホワイトの長い廊下を通り、リビ

ングの入り口までくると、バトラーのサンちゃんが出迎えた。


 「ジョシュ、お荷物はお部屋のクローゼットに上げていますよ」「ああ、ありがとうご

ざいます」「もし、お手伝いが必要なら
」「いえ、結構です」私は別にすぐに開ける

ようなものもないしと思い、しかし、一応見ておこうとクローゼットに入って見た。古本

の段ボール5個以外は何もなかった。”はあ?私の荷物はいったい?”私は不安に

なり、階段を駆け下りると、リトル・ベルとミズ・ブイヨンの間に割って入った。「私の荷

物は?」「あら?なかったかしら?」「段ボールがあるにはあるんですが、他は?」

「他はゴミで処分してもらったわよ」「ゴミ、ゴミですか?」「だって、他は家具と古い

食器と床に転がっていたものしかなかったそうよ?」「それはゴミ?」「だって、契約

書にOKのサインあったわよ」「契約書ですか?」「ええ、そうよ」「第10項:ゴミとゴミ

でない物の見分け方:前の住まいも今の住まいも、床に散らかしてあるものはゴミと

し、処分してよい物とする。そして、11項:家具・家電、食器類は持ち込み不可と

ね」「何か必要なものはあったのかしら?必要ならまだ間に合うけど」私は頭が混

乱してはいないつもりだったが、そう言われると言葉に詰まり、何も思いつかなかっ

た。


 「いえ、結構です」そう言うと、またすごすごとクローゼットに取って返し、8年開けた

ことのなかった段ボールを前にして、これが一番不要なものだったことに気付いた。

私はまた階段を降りて、ミズ・ブイヨンに言った。「まだ、間に合うなら、あの段ボー

ルもゴミでお願いしたいのですけど」


 私は結局、何も持たずに昨晩やって来て、今晩、改めて引っ越して来た。増えた

ものはジャケット2枚、ズボン3本、スーツ1着、数枚の下着にシャツ類、多少の貴

重品だけだった。







               
                            



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シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
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