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リサコラム
連載329回
      本日のオードブル

HOTELS


第1回


ホテル・サラ


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)は
2012年12月で6刷)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト
、クリス・岡崎、他たくさんいて書ききれないです。



 ベージュホワイトのインテリア。
 リビングには、 大小のクッションを置いた石のソファ。
 あなたを心地い安らぎでしっかり支えてくれるでしょう。
 そしてその後ろには、細長く葉を広げたカッコいい
 南国の植物。
 床はもちろん、大理石。そこから少し下り、
 そのまま、プールサイドまでつながっています。

 そこは、蘭の花をたくさん浮かべた楽園のプール。
 この先は水は海に流れ落ちるのです。
 もちろん外にはシャワーブース。そしてレインシャワー。
 そっと体を浸してください。そして目を閉じてください。
 香りを肺いっぱいに吸い込んで下さい。
 静寂な中に体をゆだねてください。
 何が見えますか?
 それがあなたの一番の宝物の光景です。


 
      
  







ホテル・サラ
  

 

 水面に映る長細い植物の名前を、意味もなく聞いた私は「サラ?」

と聞きかえした。しかし、それは私をリゾートのこの部屋に案内した

女性の名前だった。


 青緑のモダンで上品な茂みは灼熱から半屋外の廊下を保護してくれ

るおかげか、白い石の回廊をゆったりした足どりで歩くと涼しささえ

感じる。おそらく3℃は違うはずだ。深く吸い込むと清浄に処理され

た名水のように、肺と心の中の汚れきった分子のようなものが代わり

に押し出されるようだった。



             



 桃色がかった乳白色は壁、床、そして大人びた少女のようなバトラ

ースタッフ、サラの肌だった。すい~すい~とサンダル音を残しなが

らサラが歩くと、長い黒髪の束はまとまったままでゆらゆら揺れた。

麻織物の5分袖丈のドレスは腰あたりまであり、その下に足さばきも

よさそうなコットンの白いパンツ。私は観察するものもなく、前を行

くサラという女性のバトラーの背中を見て歩いた。


 長い廊下は果てしなく続き、廊下の左右ところどころ、外の美しい

世界を垣間見させる部分にくると、サラは透明なかわいい声で言葉を

置いて行った。しかし、日本語での案内も私の耳には入らなかった。

「もうすぐです」サラは最後に言った。同じような心配をする日本人

の一人だという感想以外は何も湧かなかった。



             



 バンガローの入り口まで着いた時、サラはやっと私の方を向いて、

「さあ、どうぞ。ようこそ、リゾートへ」と手招きした。私はすぐに

門の脇の小道から廊下の間で垣間見た同じ植物の茂る庭に出た。その

先は、大きさも色も異なる青緑のタイルを張った水浴びプールになっ

ていた。その先端の茂みから下を眺めると、青い蔦におおわれた断崖

からは波打ち際までほぼ直線に下降して、他は真っ青になった海だけ

を残し、他は何もなかった。私は石のタイルの上に腰を降ろして、プ

ールの水面迄顔を近づけてみた。確かにプールの水面と海は繋がって

見えるホリゾンタルプールの設計らしい。



            



 「お飲物はいかがですか?」振り向くとサラは私の背中に立ってに

こにこしていた。ちょっと前なら、「冷えたシャンパンを」と気取っ

て注文したかも知れない。「いいえ結構。それより素敵な眺めね~。

ほんとに最高だわ」世界中から人が消えてなくなったような安全な静

けさは、そうそう味わえるものではない。単調な波音に鳥の会話を


BGM
にする静寂のリゾート。さすがプーケット。でもこの設備と環境

ならどこにあっても最高でないわけはない。


 「おしぼりをどうぞ」サラは何かのハーブの香りのする冷えたおし

ぼりを持ってやって来た。お決まりの赤紫色の蘭の花を添えて。



           



 「サラさん、お家は近く?」「はい。隣町です」「羨ましいわ。こ

んな素敵なところに住んで、こんなゴージャスなリゾートで仕事でき

て」サラはにこにこ笑ったままで、「幸せです。ありがとうございま

す」と答えた。まるで決まり文句集から瞬時に選び出してきたように。


 「でも
」サラは言いよどんだ。「なあに?」「ハワイのワイキキ

ビーチに、行きたいです」サラは15才の女の子の顔になっていた。

「それにトーキョーも」「東京?ははは、東京はつまんないわよ」私

は笑った。笑ったのは、彼女の幼さのためではなく、まるで小中学生

の自分のようだったからだ。「海は大好きです。でもワイキキのにぎ

やかなビーチに行ってみたいです。そこで働きたいです」それはね、

隣の芝生は青く見えるのよ、と言いたくなったけれど、私は飲み込ん

だ。言ったところで、通じはしまい。「また何かご用は、おいいつけ

下さい」「ありがとう」



          



 日はもうすぐオレンジを帯びて、そして、ビーチの落日は、瞬く間

に暗闇を引き連れた青紫になる。私は小さなプールサイドのデッキチ

ェアに軽く腰かけたままで、暗闇に支配されるまでの数時間を贅沢な

気分で過ごした。しかし、これが最後のチャンスかも知れないという

思いは、崖っぷちに向かう落日の最後の姿に残酷にも似ていた。


 翌朝は、起き出すなりシャワーを浴びた。そしてバスローブのまま

長いステップを冷たい大理石の上に残しながら、また外に出た。変わ

らず空と海の境目は青と白のシンプルな配色で穏やか。唯一、波打ち

際の白い泡粒に、やっと地球はまだ動いていると感じる静かな朝を迎

えた。コーヒーだけの朝食を庭で取り、またシャワーを浴びて水着に

着替え、またプールに来た。



             



 いつの間にかプールサイドには大きなシャンペンの入ったガラスの

ワインクーラーが置かれていた。私はライラック色の入浴剤のビンの

蓋を開け、片ひざをついてこぼれ落ちるに任せていた。すると、蘭の

花を浮かべたリゾートのお風呂になった。そろそろと水に足を浸し、

さらにそっとプールに体をつけた。南国の光は容赦を知らない。私は

まばゆさに目を閉じた。



       



 「ワイキキね~。ここの静寂のリゾートの方が何倍もいいのに」で

も私はわかってはいた。昔の私だってそうだったから。人気のない田

舎で暮らした青春は、はがゆいほど都会の人間と都会のリゾートの風

景に憧れを抱くものだと。こつこつと貯めてやっとの思いで行った2

6歳のワイキキビーチ。隣のビルに隠れて正面に海は見えなかったも

のの、ビルの間から三角のエメラルドブルーの海を、バルコニーから

人の途切れることのないワイキキビーチを眺めた時の感動は、今でも

動悸で胸が痛くなるほどリアルに感じる。この世の幸せを自分ひとり

のために与えてくれた神様と酌み交わした乾杯のビール。そのサラの

願いは私の静寂のリゾートに寄せる思いの何百倍も強いに決まってい

る。


 その私はと言えばこのリゾートに30後半でやって来られたのも、

もうかなりぎりぎりのラインだろう。果たしてどちらが幸せか?


 私は唯一自慢の長い手をいっぱいに広げ、脚はできるだけ長く美し

く見えるように、水の中で膝を重ね、つまさきを伸ばした。格安のバ

ーゲン旅行で初めて行ったワイキキの感動は、今でも何物にも代えら

れない。私は少し横を向くとワイキキの三角の海を瞼の底に眺めて、

小さく口を開け、「ああ、ラグジュリー」とゆっくり発音した。



            



 きっと私の体の上には、デジタルの蘭の花が散りばめられ、そして

つま先の辺りには、「完全無添加。そこはリゾートのバスルーム。こ

れ以上のさらなる癒しをお求めの方はプーケットへ」というキャッチ

コピーが流れるはずだ。そして入浴剤のビンにかぶさるように「その

名は『ラグジュリー~』」とすこしエコーがかかる。


 「
OK!アリサ、よかったよ。最高の表情だった!」監督は珍しく

満面の笑顔を私に向けると大声で叫んだ。「さすがはリゾートの女王

だ、貫録の演技だった!セットじゃぁ、こんな顔は撮れないぜ。ここ

まで来た甲斐があったな。よし、やったぞ!これは売れる!」



           


 私はその時1泊だけしたリゾートの名を今、思い出そうにもどうし

ても思い出せない。しかし、「『ホテル・サラ』にて、私の女優の首

はつながった」と日記につけた。




                    




  イラストから「リサコラムの部屋」へは明日、1月8日以降入れます。

  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  「リサコラム」は毎週月曜日連載です。



バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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