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リサコラム
連載416回
      本日のオードブル

アドラーに聞きに行こう


第2話

「1万mの先」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。外国語を学ぶこと。
そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



ここは、
ウッドデッキみたいな広いバスルームのある
別荘のようなホテルのような私の未来の部屋。

レインシャワーは最新です。
天井から自動で水が落ちてきますから
下に来たら「洗い流して!」と叫んでください。

どんな汚れきったものも
きれいさっぱり洗い流せます。

なに、ほんの10000m先にあるだけです。
 
      
  





      


第2話 「1万mの先」



 6畳一間の僕の部屋の東壁にその絵を掛けてからそろそろ半年になる。



            


 午前5時半、日の出過ぎ、僕は起き出してその絵にカバーをかける。外

見では僕の状況に大きな変化があったわけではないが、こんな行動は僕に

は劇的な変化なのだ。それはナメクジほどの歩みのようだが、日一日、1

週間、1か月、少しずつでも変わり続けてきた結果だろう。最初、この僕

のナメクジの進む変革の進む距離を僕の賃貸マンションの玄関から測って

およそ100mのバス停に目標を定めた。365日で36,500m、そ

して2年と約9か月で目標の10,000mに達する。僕には意味のある

その1万mという距離は自分の目標地点になっている。


 僕はそれをこのように決めた。きちんとした食事の準備1回10m、後

片付け1回10m、洗濯1回10m、アイロン12分10m、窓ふき12

分10m、掃除機1回10m、そして土間の水拭き1回10m。これを1

日に10項目やるとちょうど100になる。まさに日々のトレーニングの

ようなものだ。


            


 それというのも、家事と名のつくものに限らず、嫌なものはやらないで

おくという間違った規則で日々を送って来た僕の部屋は、そのあたりのご

み置き場の方がよほどきれいな状況になっていた。そして「仕事が忙しい

から」これを常にの格好の言い訳にしていた。


 そんなある日、営業で訪問した先の社屋に新たに作られたという茶室に

案内された。今まで営業先で靴を脱ぐことなどなかった僕はその瞬間、い

きなり靴下に意識を向けざるを得なくなった。しかし、時はすでに遅かっ

た。その靴下は足首までのカジュアルなもので、しかも左右の色さえ、微

妙に違っていた。そこで僕は一人顧客を失い、そしてネット上で噂もめぐ

り、上司の耳にも入った。その日を境に僕には徐々におかしなことが起き

はじめた。まず、訪問先にiPadを2度も置き忘れ、さらに自転車でバスに

ぶつかり、そして海に遊びに行った休日、岩にぶつかり、大きな擦過傷を

負った。そんなアクシデントの原因を考えることなく日々をやり過ごして

いるうち、リストラという最大の痛手を負った。


            


 会社を永久に去る日、西日はお辞儀をする僕の胸に射し込む最後のとど

めの光に思えた。ドアを出たところで総務部のさおりという女子社員が待

っていた。そして僕に金色に光る名刺を渡した。「この絵描きさんのとこ

ろに行ってみて」と彼女は言った。この際に及んで、僕に力を貸すような

人間がいるとは簡単には信じることはできず、僕はそれをズボンのポケッ

トに突っ込んだ。その日、夕暮れ前に部屋に戻るとズボンはそのあたりに

脱ぎ捨てた。ひざの後ろがしわでよれよれになっていた。最後の日はクリ

ーニングに出したばかりのスーツで出社するほうがいいとは思わなかった

怠惰な自分がそこにはいた。


            


 僕は下着だけになると、冷蔵庫から缶ビールを出しに行った。しかし、

缶ビールはなく、腐りかけた惣菜の残りだけが無駄な場所ふさぎをしてい

るだけだった。仕方なく、Tシャツにまたズボンをはいて、外に出た。コ

ンビニでポケットから小銭を出すとき一緒に出てきた名刺には「絵描き 

アドラー 黄金色が目印」とだけ記されていた。


 僕はコンビニの店先でビールを飲み干すと、さおりの言った公園に自転

車で行ってみようかと思った。


 夕暮れの空虚な気分が今日ほどつらく感じられたことはなかった。しか

し、仕事探しも今日くらいは先に伸ばしてもいいだろう。しばらくゆっく

りしてからでも遅くはない。今までこんなにこき使われたんだから、失業

保険期間中は手当をもらうつもりだった。


            


 僕は半ば馬鹿にした気分でその黄金色の帽子の男の前に座った。そして

小一時間後、僕は絵の入った筒を小脇に抱えて自転車を全速力で飛ばして

いた。僕は小銭しか持っていなかったから早く帰って財布を取りにゆかな

くてはという思いだった。


 アドラーという男は無口な感じに見えたけれど、矢継ぎ早に質問をし、

僕が学生時代、1万mの選手だったことを言い当てた。「あなたはそんな

難しい競技ができるのなら、きっと変革を続ければ、1か月後には出直せ

ますよ。そして3年後にはこんな家に住めると思います」と今の僕には程

遠い、別荘のような絵を手渡した。


 絵の中には大きなバスルームが部屋の中央にあり、天井から下がるレイ

ンシャワーの下で僕がシャワーを浴びている絵だった。後ろにはジャグジ

ー風呂があり、右手はガラスの壁の向こうにモダンなリゾート風のベッド

ルーム、そしてバスルームを挟んで反対側の壁はバスローブだけがたくさ

ん並んでいる巨大なクローゼットがあった。


            


 僕は陽も落ちた公園に息を切らせて駆けつけた。アドラーはちょうど店

じまいをするところだった。僕はぜいぜい言いながら、ポケットから1万

円札を出すと彼に手渡し、おつりは取っておいてくださいと言った。彼は

丁寧に頭を下げ、僕は自転車をゆっくり引きはじめた。


            


 「あなたはそんな難しい競技ができるのなら、きっと1か月後には出直

せますね。そして3年以内でこんな家に住めると思います」この言葉を信

じるか信じないかは自由だが信じた方が投資の無駄にはならないだろう。

僕はさおりの真剣な顔を思い浮かべていた。靴下をはき間違えたのも、置

き忘れをしたのも、バスにぶつかったのも、集中力を欠いた僕の行動の結

果かもしれないし、その原因はこの汚い部屋なのかもしれない。いろんな

警告を発し続けてきたトラブルを無視し続けた僕に最後の警告はリストラ

というものであり、そして、そこから救い出されるロープがアドラーの絵

なのかもしれない。でも目標の1万m走破の第一歩は1mからしか始まら

ない。僕は自転車をこぎながら、ひんやり感じる空気の流れに冷静な自分

を見出していた。そしてその1か月後に次の就職先は決まった。


            


 今朝もナメクジ走法は完結した。食事の用意1回10m、後片付け1回

10m、洗濯1回10m、アイロン12分10m、窓ふき12分10m、

掃除機1回10m、土間の水拭き1回10mのチェックボックスに数個の

チェックマークを入れて出勤する。このナメクジ走法はなかなかうまく行

き、僕の部屋は見違えるようにきれいに清潔になった。そして毎朝、朝日

が窓から少し上の方角に移動するのを確認して絵に描けた布を外して出勤

する。


            


 僕はアドラーが追いかけてまで言った言葉を浮かべる時、どうしても笑

ってしまう。「ドレインのふたは青竹で作っています。1mおきにカット

されていて、その下に水は流れるようになっていますから、1週間に1回

は青竹を外して外のホースできれいに洗ってください。そして古くなれば

交換してください。一番大事なことは、青竹の方にわずかばかり床の傾斜

をつけることです」


 そのアドラーの名刺を誰かに渡す日、きっとこの言葉を引用した後こう

言うだろう。「こんなことを言う奴だから信用できるよ」と。



   




   *上のイラスト及び写真から「リサコラムの部屋」へ入れます。
    こちらも人気のページです。ご愛読に感謝致します。

  
   * 「リサコラムの部屋」は10(最後に0)の付く日の連載です。
      時々変更させて頂きます場合はNEWS欄でご案内致します。

P.S1.

   先日、バルコニーをプロの高圧洗浄機で掃除してもらいました。
  歌舞伎役者さんのお化粧を落とすみたいに排気ガスも汚れも全部きれいにはがれ落ちました。
  自分でデッキブラシでこすっていたのはいかに無意味だったかわかりました。
  そこにたくさんの植木鉢を入れてガーデニングを始めました。

P.S.2 
   何かを始めるのは「今」しかない。忙しいことはいろいろあっても「今」しかないと思います。
  その時、プロの手を借りられるものなら手を借りる方がもっと時間の節約ですね。

P.S.3

  今回のE-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」です。
  ちょっと毛色が変わっていますが、僭越ながら、面白い読み物だなと思います。
  ぜひ、下のドアを軽く押してみてください。
  ドラえもんの「どこでもドア」みたいに飛んでゆけます。袋小路に迷い込みながらも
  歩むのも面白いものですから。

                      



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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マダムワトソンでは 
                                    
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