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リサコラム
連載561回
      本日のオードブル

思い返せばいろいろ
ありまして


第3話


「少し、
お待ちになって」



木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



向こうに
見えるのは
波と風の音がする
青いキャンバス
その中に白いソファと
白いベッドを置きました。
淡いシフォンレースのカーテンは
その青い絵具の水に
染まったのでしょう。
私は白い点になって
白いシーツの中に
もぐりこみます。
それだから
それだから
やめられないのよね



 
      
  





       


第3話  「少し、お待ちになって」



  「それじゃあ、オムレツはチーズとトマトだけで。付け合わせは、アボカド

で。それと、マンゴージュースに、カプチーノ。ああ、ここはフレンチでしたね、

それじゃ、カフェ・オ・レで。できればビターチョコの削ったのを別にトッピング

でもらえませんか?ええ、それで結構です」夏子は電話を切ると、白いソファ

の上で全身を伸ばせるだけ伸ばした後で、だらんと脱力した。


            


 「やっほ~帰って来たよ~」と隣の部屋を案じてか、少し遠慮気味に叫んだ。


 1年ぶりに頭の上で聞く「きゅ~きゅ~」というカモメの鳴き声。とても懐かし

い。「また来たんだねって言ってるみたい」夏子は寝転がって去年の夏に来て以

来、2度目だというだけで、すでにカモメからも常連客のような歓待を受けている

ように思えた。


            


 「ここでつかの間の休日、雲と呼ばずに、塗り忘れた青いキャンバスのかけらと

でも呼ぶとしようか」夏子はちょっと詩的なセリフを言ってみた。“だって、こ

んな絵のような中に私、実際にいるんだもんね。その一点だなんて、最高じゃな

い?今まで、うんざりするくらい、でらめな目に会ってきたし、そんな常識っ

てある?って思うような人間にさえ、裏切られてきたし、ほんとうに、もう

夏子はその日常を嫌悪感とともに反芻しそうになって、眉間にしわを作った。


 夏子の眉間には深いしわが刻み込まれていた。それは自分自身が嫌な気分になっ

ているときに現れるしわで、この仕事を始めてから10年ほどしてから、その相関

関係がわかるようになった。そんなときには、「ダメダメ、そこに行くな!」「嫌

だと思うな!」と自分をたしなめる。


            


 「今は、この空気に染まって、青と白の絵の中の1点になる煩悩も振り払い、

そして『無』になってゆく」そう言いながら、じっと空の1点を見続けた。


 「ああ~しあわせこれをしあわせと言わずしてなんと言おう?」しかし、そ

んな凡庸なセリフしか出てはこなかった。


            


 昨年見つけたこの海辺のリゾートを夏子はすでに自分の『夏の家』と呼んでい

た。それは、あまり宣伝をしない知る人ぞ知るラグジュアリーな小規模なホテル

で、「ラ・メゾン・ブランシュ」と言う名の通り、白い壁と白い家具、白いベッ

ド、白いソファ、白いバスルームは神経質なほどに白く、ベッドに横になったと

き、夏子の枕の脇に下がるペールブルーのレースのカーテンと窓にかかる青い水玉

刺繍のレースカーテンだけが青いキャンバスに染まったかのように見える。その白

い室内は外の青い世界を四角な白い壁という額縁で切り取り、でき上ったコントラ

ストは、仮想空間のようにほれぼれと美しい。


            


 「でも、冬はどうなるのかな?考えたことなかったけどお客さん、来るのか

な?」夏子は眉間に感じるものがあった。「ああ~やめとこ、やめとこ、そんな心

配をしないためにここにきているんだから。心配事も雑事もなし!ついでにパソコ

ンもスマホも見ない!テレビはもちろん。持って来た本だけで3日間を過ごすため

に来たんだから」夏子は目を閉じた。


            


 “海の匂いをいっぱい吸い込んで、肺をきれいにして、そして私の中に蓄積し

たダークマターをこの皮膚の毛穴から全部出すのよ。” 夏子は目をつぶったままで

腕を触った。


            


 「あっ、いけない!予約し忘れた!」夏子はぱっと飛び起きた。「アウトドアの

エステ、予約しなくちゃ!こうしてはいられない!」すぐに受話器を取ると、バト

ラーデスクに電話をかけた。


            


 「つ~、つ~」話し中の音が鳴る。「ああ、しまった!直接、エステにかけるし

かないね。でも、全室にバトラー付きのホテルなんだから、バトラーに何から何ま

でやってもらわなくちゃ、損だしね、う~ん、待つしかないか。『夏子よ、焦

るな』」夏子の中のもう一人の夏子がたしなめる。夏子はまたゆっくり横になっ

た。そして間もなく上品なチャイムの音が白い壁に反響した。


            


 「ああ、もう朝食が来たんだ!」夏子はさっと立ち上がるとソファをぴょんとま

たいでドアの方に駆け寄った。「ああ、ダメダメ、やり直し!」夏子はまたソファ

に座り直すと、受話器のボタンを押して、「どちらさま?」と尋ねた。


 “どちら様は変だったかな?”と思いながらも「朝食をお持ちいたしました」の声

に、夏子は「少し、お待ちになって」と穏やかな声で答えると、ローブの襟を掻き

合わせて、ゆっくり身支度をした。


            


 “少し、お待ちになってか、なんかいい感じの響きね” 夏子は自分の発した “

少し、お待ちになって” にほれぼれしながら、背筋を伸ばすと、バルコニーから

寝室を通り、丸いテーブルの脇を抜けてドアを開けた。


 「お待たせいたしました」ドアを開けると涼やかな笑みを夏子に投げおろしたウ

ェイターは肩の上に大きなトレーを載せている。「わ~、ごめんなさい。重かった

でしょう!お待たせして、ごめんなさい」「いえ、とんでもないことでございま

す」ウェイターは中に入ると、落ち着いてから、「おはようございます。どちらに

セットいたしましようか?」と、さらに涼やかな笑みを夏子に投げおろした。


            


  “187はあるかな?”夏子はウェイターを見上げた。そしてこんなとき、夏子

はいつも思う。リゾートホテルや高級ホテルのウェイターやバトラーは悩みや苦し

みなんてなんにもなくて、家はいつもきれいで、夜はローブを着て、アペリティフ

とワインだけで軽い食事をしたら、ビル・エヴァンスのALONEなんかを聞きなが

ら、今日起きたことを日記に記して、そして明日の予定を確認したら、清潔な洗面

室に行って歯を磨き、アイロンのかかったパジャマに着替えて眠る、そんな暮らし

をしている人たちが選択する職業に違いないと。いや、そうあって欲しいという願

望でもあるだろう。“そうでなければ、こんなに重いトレーを抱えて、3分もドア

の外で待たされても、涼やかな笑顔で「とんでもないことでございます」なんて言

えないものね” 夏子はそんなことを思いながら、ソファに戻ると、背中でスレンダ

ーなウェイターがテーブルの準備をするのを聞いていた。


 「ご用意できました」ウェイターの声で夏子が振り向くと、デリシャスなテーブ

ルは美しく端正に仕上っていた。


            


 「まあ、すてき!」シルバードームに映った夏子の顔はすっかりリゾート仕様に

なっていた。ウェイターはサインをもらうと、「他にご用はございませんか?」と

尋ねた。「いいえ、今は」しかし、すぐに、「あの、スパの予約はお願いできるか

しら?」と夏子は思い出して尋ねた。


            


 「もちろんでございます。それでは確認いたしまして、担当のバトラーから予約

状況のご連絡を差し上げます」ウェイターはそう言うと立ち去ろうとした。そこで

夏子はこれまでの人生で一番の勇気を振り絞って言った。


 「あのぉ、ジャズなんて、お聞きになるの?」「わたくしですか?」ウェイター

は驚く様子もなく質問で返した。「ええ」夏子はさらに勇気を振り絞った。ウェイ

ターは間を置かず、「ビル・エヴァンスなどを少々聞きます」と言った。「まあ、

そう、私も大好きなの」


           


 「さようでございますか。それなら、ぜひ、カクテルアワーでリクエストしてく

ださいませ。バンドのメンバーにあらかじめリクエストをしておきますから」

「あら、そう。うれしいわ」夏子はドアを閉めた後で、「ほら、やっぱりね」とひ

とりほくそ笑んでから、「そうでなくちゃ、こんな仕事は務まらないから。思いや

り、ホスピタリティ、おもてなしの心には日常の下地がいるものなのよ。だから私

も、時にはこんなところで命の洗濯が必要なのよ、そうそう、だからこれは散財じ

ゃなくて、学びの場なのよ、学び、学び」夏子はひとりごとを言いながらシル

バードームを開けると、バターの香りが夏子をノックアウトした。


           


 4日後、夏子は「キ~ン、キ~ン、ガ~ガ~」という音に包まれ、首に汗で汚れ

たタオルをかけて、ビルの工事現場にいた。

 「なつこ~!」怒声とも地鳴りとも聞こえる監督の声が遠く背中で聞こえる。


 夏子はそっと額の汗を拭くと、ゆっくり半身をむけた後、ヘルメットからはみ出

た前髪を直してから、「少し、お待ちになって」と言った。


 夏子の夏は少しだけ違って、また再開した




  



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1
   リサコラムは先週から
土曜日の更新に変更させていただいております。

 最近、よくラジオで小説の朗読を聞くようになりました。
「声はその人の全人格が出るものなのです」と、以前より
シンガーソングライターの大嶋潤子さんからよく聞かされておりました。
ほんとうにそうなのだとよくわかりました。

 その人を表すものは声、姿勢、服装、部屋、
いろんなものからにじみ出てくるものだと思うこの頃なのです。
気を付けなければなりません。そして、まず、声から磨きたいです。



  「もの、こと、ほん」は下の写真から。
           
             


p.s.2
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
    英語版を出版いたしました。
    "Bedroom, My Resort"の英語版がようやく出版されました。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.2
    下は日本語版です。
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
    お申込はこちら→「Contact Us」           
                          

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