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リサコラム
連載784回
      本日のオードブル

パリのアパルトマンの絵

第21話

「ヒューゴ・ベッカー」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




天使が
舞うような翡翠色の天井画
ダマスク柄のボルドー絨毯
ゴージャスな青い
カーテンが天井
から下がり
ベッドには
ペール
ブルー

カーテン
曲線を描く
白いベッド
王侯貴族の気分を
味わうことも人生には必要ですから。


 


 第21回 「ヒューゴ・ベッカー」



窓際に運ばれてきたしぼりたてのオレンジジュースからパンケーキの

デザートまで白いクロスが見えなくなるほどの豪華な朝食を眺めながら

私はミルクを入れないコーヒーを飲んだ。


            


 
次第に青みを増してゆく空を背景にシルバーグレーの塔は、高みから

威厳を漂わせる独裁者のように私には思えた。昨日は見知らぬマダムの

分まで朝食代を払わされたことを思えば、まだ塔と対面しながらの方が

ましかもしれないが、70歳を目前にした男が部屋からひとり、エッフ

ェル塔を眺めながらのゴージャスな朝食というシチュエーションに何と

も言えない恥ずかしさを感じていた。妻ならきっと歓声を上げて写真を

撮りまくり、SNSに投稿でもするだろうし、やって来た感想にいちい

ち細かく対応するだろう。私はそんなことを想像しながらパリの絵はが

きに定番の風景を眺めつつ、コーヒーを飲んでいた。


           


 時間はいくらでもある。今日一日何をしようとおそらく、妻さえ文句

を言うことはないだろう。2日間無断外泊をしてもメッセージが来たの

はただの一度だけだから、きっと羽を伸ばしているということだろう。

私は窓を閉め、さっとカーテンを引き、ひとり黙々と食事を平らげた。

その後でまた窓を開けた。もちろん、奴はそこにいた。


            


 
私はこんな人工物ではなく、自然が作り上げた難攻不落の偉大な雪山

を見たかったのだ。肌を切るような冷たい冷気を感じながら窓を開けた

まま、質素な部屋で熱いコーヒーで手を温めつつ歴史書を読み、18、

19世紀の偉大な文学を読み、陽が落ちると暖炉に薪をどんどんくべ、

赤々と燃える火でソーセージを焼き、ビールジョッキを片手に無言で

迫る雪山と対峙したかったのだ。むろん、モーツァルト、ベートーヴェ

ンの交響曲を聴きながら。そんな孤独で知的な時間が私の第2の人生の

はずだったのだ。


            


 そして時々は街のパブに行き、共有できる友人を見つけては、山の話

、読んだ本の話をしながら昔の文人たちのような知的な会話を深めたか

ったのだ。


            


 なのに、なぜ、私はこんなパリの真ん中にいるのか?私は完全に人

生設計を誤った。と言うより妻により狂わされたのだ。こんな観光スポ

ットで生涯を終えなくてはならないなんて。しかも、私は20区の自宅

の狭い私の寝室にも、あの絵のあるリビングにも、妻との衝突にもうん

ざりしていた。


            


 私はハウスキーピングに電話をかけると、テーブルを下げさせ、身支

度をした。これから一体どこに行けばいいのか、私は不良老人3日目で

すでに途方に暮れ始めていた。頭に浮かんだのは、アンリに電話をかけ

る、あるいはまた当てもなくタクシーに乗り、適当な場所に案内しても

らいながらドライバーの説話に耳を傾ける。私にはその2つの選択肢し

かないように思えた。しかし、そのどちらもやりたくなかった。とはい

え、ネット検索であれこれ、これから行く場所を探したりする趣向は持

たなかった。こんな頑固おやじなんて今は流行らないだろうが、それで

も、その他大勢の意見によってものごとを決めるのが癪に障るのだ。私

は今日、これから先をどう過ごすかとしばらく考えた。そして友人主催

のパーティで一度だけ門をくぐったことのあるシャングリラという外資

系ホテルが頭に浮かんだ。外資系ホテルとは言え、ル・ムーリスを除け

ば5つ星の上のパラスは外資系ホテルが独占しているそうだだから、

パリもそうそう威張れるものではない。


            


 
私は意を決してシャングリラのフロントに電話し、今日の部屋を取っ

た。それから今、いるホテルのフロントに電話をかけ、近所のショッピ

ング街を教えてもらい、しゃれた店に入ると、普段着2、3着、下着と

、高級紳士服風の店で、ぶら下がりの1着のダークブラウンのスーツと

シャツ、ネクタイを手に入れた。さらに靴と帽子ビジネスバッグも。


            


 それを持って部屋で着替えを済ませると、ショルダーバッグに丸2日

間着っぱなしだった服と下着をしまいゴミに出してもらうようにと、つ

いでにすばらしい部屋と朝食に対する礼をしたため、その言葉に見合う

くらいの多めのチップを置いた。そしてようやく正午近くになって部屋

を出た。


            


 フロントでは昨日チェックインした時のマダムが私を出迎えた。そし

て私を見たとたん、「オーラララララ!」と感嘆詞を長く引き伸ばしな

がら、やっと「ボンジュール、ムッシュ!」と思い出したように付け加

えた。


 「まあ、なんて、ダンディなんですこと!」そう言うと、彼女は私が

清算書にサインをし終わってもまだ、じっと私を見つめていた。そして

我に返ったように、「まるで、ヒューゴ・ベッカーみたいですわ!」と

言った。


            


 
「ヒューゴ・ベッカー?」私は聞きなれない名前を繰り返した。「あ

ら、ご存じありませんの?」そう言うと、そのイケメン俳優のプロフィ

ールから最近の人気ドラマの内容までもペラペラと話し始めた。私がし

びれを切らして「できれば、急いでタクシーを呼んでもらえないかな?

」というまで彼女はしゃべり続けた。


            


 
マダムは「それで、今日はどちらへ」とさり気なく私に尋ねた。私も

さり気なく、「シャングリラへ」答えた。マダムはさもありなんという

表情でうなずくとすぐにタクシーに乗った。私はパリに着て、ほとほと

おしゃべりな女がいやになっていたから、あいさつもそこそこにぐっと

グレードアップした不良老人3日目のねぐらへと向かうことになった。


            


 どんな部屋なのかわからないが、私の要望は伝わっているだろうか?

などと思いながら、世間話をするドライバーに適当な相槌を打ちつつ、

私は後部座席からパリの街並を眺めていた。


           


 約15分後、ホテルのエントランスに到着した。私が名前を名乗ると

ピエロのようなマント付きのコートにシルクハットをかぶったドアマン

が私を中へ通し、フロントに案内した。すぐに近寄って来たベルボーイ

には唯一の持ち物であるビジネスバッグを預けず、自分で抱えたまま、

女性スタッフが案内する奥の廊下へと進んだ。


           


 彼女は金ぴかの装飾が施された螺旋階段を一緒に上りながら、天気の

話や今日のホテルでのイベントなど、当たり障りのない話題をしながら

部屋へと案内した。歩きながら私はようやくホール全体がゆりのような

花の香りで満たされていることに気づいた。香りの元はそこかしこに置

かれたカサブランカからやって来ているらしい。私はなにか穏やかな安

堵感のようなものに包まれ、と同時に自分自身が有名人になったかのよ

うなハイな気分になっていた。


            


 
「さあ、どうぞ!」彼女はキーをかざすと私を先に部屋に入れた。


 5mほどもありそうな高い天井から下がる波打つドレープカーテン。

王侯貴族が眠るような大きなベッドが部屋の真ん中に置かれていた。し

かし、そんなベッドが置かれていてもまだ余りある広々とした部屋だっ

た。


             


 「いい部屋だね」私はごく簡単に感想を述べてから、「ところで、お

願いした通り、あれは見えないだろうね?」と尋ねた。


 
「ええ、塔は反対側でございます」と言った後で、彼女はちょっと含

みのある笑みを浮かべながら、「ヒューゴ・ベッカーに似ておいでです

ね」と言ったのだ。



            


 私はさすがにぴんと来た。あのプチホテルのマダムの入れ知恵に違い

ない。女性とはこんな小賢しいリップサービスを共有し、客を喜ばせよ

うとする生き物なのだから




   


上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

   *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 クラシカルなホテルはやはり、パリに似合うと
思いませんか?
アートでモダンなインテリアも好きなのですが。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年10月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。













































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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