”ラ・フランスな気分”
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち
欲はなく 決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに
よく見聞きし 分かり そして忘れず
野原の松の 林の蔭の 小さな茅葺きの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い
日照りのときは涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい
唐突に失礼いたしました。ご存知、宮沢賢治の有名な「雨ニモマケズ」です。
小学生のときに暗記した詩や俳句、短歌はほんとうに忘れないものだと感じま
す。高校生のときに覚えた難しい英単語はすっかり忘れ去っても、この長い詩
は、小学4年生のときから、記憶の片隅にしっかりへばりついていて、何かの拍
子に口ずさんでしまいます。そして、いつも一緒に思い出すのは、なぜか、永
平寺のお坊さんたちのこと。修学旅行で、永平寺に行ったとき、お借りしたトイレ
の美しさ、磨き上げられた畳、廊下、その廊下をたたたっ...と小走りに走る
修行僧の姿。深山の中に広がるその光景、身が引き締まるような清らかな雰
囲気が今でもしっかりと脳裏に焼きついています。
そして先日、永平寺に行ってこられたという、お客様が少々興奮気味に私に
話しかけてこられました。 60代のショートカットでボーイッシュな印象の彼女は
「お坊さんを見に行ったのよ、美しかったわよ」「みんな、目がきらきら輝いてい
て、お肌、つやつや!スマートで、みんな俳優みたいだったわよ」。彼女は韓
流スターを見に行った気分です。でも、「永平寺のお坊さんはみんな美しい」
それはよく言われることのようです。早朝、3時半起床。掃除、読経、から始ま
る冷暖房のない生活。とても質素な量も少ない、食事。雲水とよばれる修行
僧の美しさは厳しい修行の賜物なのだろうと、誰もが感じることだと思います。
修行僧と同じ生活をすれば、顔は美しく輝き、デトックスされた体は、軽く、スリ
ムになるかしら…?除夜の鐘が聞きたくなるころになると、いつも永平寺の修
行僧とともに、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を思い出します。
毎年、クリスマスには400から600通のクリスマスカードにメッセージを入れ
て送ります。これを10年以上も続けています。「かわいい手紙をいつもありがと
う。コメントは、いつも読んでいるわよ」とか、「あんまり買っていないけど、あなた
の手書きのはがきは、捨てずにとっているのよ」と、いわれることも多くて、500
から、600通を手書きする1週間は、お昼ご飯のときも、夜中も、一人、一人
のことを思い浮かべながら、だんだん動かなくなる右手で乱れる字を書き続け
ます。そんな時、「雨ニモマケズ」の詩を口ずさんでいます。返事をいただける
ものではないとわかっていても、10年以上も書き続けています。カーテンやイ
ンテリアの相談を受けたら、3回は手紙を書きます。初めての方は、ご挨拶を
兼ねて、「最後まできちんとがんばります」。と伝えるはがき。コーディネートした
手書きのイラストと生地見本のようなもの(プランニングシート)にコメントを添え
て。最後は、出来上がったお部屋のイラストを私が書いたものに、メッセージを
添えた感謝の手紙です。でも返事が来ることはほとんどありません。だから、本
を贈ったことに対するお礼のメール、手書きのはがき、クリスマスカードが贈ら
れて来ると、とても、とてもありがたくて、感激してしまいます。返事が来なくて
当たり前な私たちの仕事です。「ほめられもせず 苦にもされず...」一方通
行が当然だからです。
またショップの営業車用の駐車場からお店まで約30mしかないのですが、
その間に必ず、ごみが落ちています。それを拾いながらお店に向かうと、手が
ふさがってしまいます。そしてお店の裏手まで来て、ちょうど出てこられたばか
りのお客様に会って、手に食べ残しごみをもったまま、立ち話をすることがよく
あります。誰も見ていないと思っていても、必ず、誰かが見ていて、「いつもうち
のお店の前まで掃除してくれてありがとう」と、いわれることもあります。見返りを
期待せず、人の役に立つことをするのは難しいことです。しかし、たかがごみを
拾ったり、ちょっとした言葉をはがきに添えることでも、実は人に大きな影響を
与えていることもあるというふうに宮沢賢治の詩を私は解釈しています。
そして年末は、あるハウスメーカーの季刊誌の撮影でした。カメラマンさんが
私の部屋の中の写真をたくさん撮っている間、私は記者さんの質問に答えて
ました。
その撮影の後でマダム・ワトソンの店長が私に聞きました。「木村さん、果物
で、変わった形の梨はなんて名前でしたっけ?」「ラ・フランスですか?」「ああ
そう、ラ・フランス。撮影のとき、木村さんの部屋のクローゼットルームで、ひとり
ラ・フランスになっていました。」
つまり、“ラ・フランス=洋ナシ=用なし”という意味です。まじめな店長はこ
んなジョークを言います。撮影部隊をお店や空港から私の自宅に送り届ける
のは、いつも店長の役目です。そしてその後は、そこにまだいたこともみんなに
忘れられてしまいます。
「私は、もう帰ってもいいですか?」と店長。記者さんが、「あっ、すみません。
まだいらしたのですか?」「コピーとってきましたので帰ります。お疲れ様です。」
「私って、洋ナシ?」「用なしです。」でもこれは、私たちがよく言い合う言葉で
す。
「ラ・フランスな気分」は、ちょっと切ない、宮沢賢治の世界です。そして、私
のこのコラムも、ラ・フランスな気分です。なぜなら、ちっとも感想が寄せられな
いからです。でも、来年もまた、ラ・フランスな気分に浸って、書き続けます。
「いつも 静かに笑っている」ラ・フランスな私たち、マダム・ワトソンのスタッフ
を、そしてリサコラムを新しい年もどうぞ、ごひいきに。
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木村里紗子 |
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