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リサコラム
連載289回
      本日のオードブル

失われた明日を求めて

第2回 

意外な結末

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

  
  よつばカフェにはラッキーな人たちがたくさん集まります。
なぜって?ほら、占い師から、本屋さんから
ハンバーガー店までラッキーなことに一度で済むからです
それはそれは意外な効果がたくさんあるんですよ。
         
 
      
  








意外な結末
 

 およそ彼の家からこのレストランまでの道のりを5往復するくらいの時間は経ったと

私は思った。

 左腕の袖から腕時計をちらりと見るたびに、ボーイの視線に気を配った。ちょっと

恥ずかしかったからだ。腹時計でも十分時間はわかったが、リトル・ベルが本当に

約束通りの時間にやってくるなんて、もちろん期待はしていなかった。


 最初の1往復くらいの時間が経った時、ボーイは私のテーブルの前を通りすぎて

は、笑みを浮かべ、「何かお持ちいたしましょうか?」と声をかけてくれた。「いや、

水だけで十分」と炭酸水を飲んだ。精神を安定させるには水がいちばんいい。こん

な時にアルコールでも飲もうものなら、読んでもいない文字列を追うだけでは済まな

くなる。さらに彼がやってこようものなら、テーブルで大ゲンカをせずにはおられない

だろうから。リトル・ベルを平たく伸ばして、二つ折りにてケイタイのようにポケットに入

れて持ち運べたら私の人生はどれほど平穏になるだろうか。

 2往復目あたりで、ボーイは炭酸水のお替りと一緒にライムのくし切りにスプマンテ

を持って来てくれた。


 3往復目あたりでオリーブの小皿とスティック状のパンを置いて行った。さすが5つ

星ホテルのレストランだけのことはあると思った。それだけあれば空腹のあまり椅子

から転げ落ちることはないだろう。


 私はなるべく、別のことを考えてようと、昨日のコンサートのことを思い出した。野

外コンサートは大雨で中止になった。晴れのお天気から黒い雲は野外コンサート会

場の上にもくもくと迫って来て怪しげな春の嵐の予兆の風はその後どしゃ降りの雨を

連れてきた。大勢の人間たちは乱れた隊列を作って出口へと急ぎ、会場は大混乱

となった。うそだと思ったリトル・ベルの情報は見事に当たったのだ。そうしてその日

のコンサートは中止になった。傘を持たない私はその大勢の不測の事態に対応で

きていない隊列の仲間入りをして、地下鉄の入り口へ走った。そこに傘をさしかけて

いたのがリトル・ベルだった。私は、今日財布をスリに持ち逃げさせる危機から救っ

てくれた男に、またもやその日2度目の救いの手を差し伸べられてしまった。さらに

彼は一度家に帰り、愛車の卵色のミニで来ていた。私はずぶぬれの一団とともに、

満員電車に揺られることなく、家まで帰りつくことさえできたのだ。


 私は心から感謝と今日の非礼を詫びた。リトル・ベルはそんな言葉など一向に聞

いていないようで、何かに心を奪われているようだった。しかし、わざわざ私のため

に、迎えに来ているとはとても思えなかったが、彼は天使に見えた。私はそのお礼

に明日、どこかで食事をおごると言った。彼はそれならと午後7時にここのイタリアン

レストランを指定してきたのだ。私は自分の懐具合をちょっと心配したが、この際に

至っては仕方ない。彼はちょうど臨時収入の入った私の膨らんだ財布を危機から

救った本人だから、今さら、隠し立てなど野暮なことはできなかった。リトル・ベルは

私を家まで送り届けると無言で走り去った。


 こんなハイソなレストランで食事をするというのもたまにはいいものだ。いっそ真っ

白いジャガードの織りのテーブルクロスなしでいいなら、10%は料理の値段も安くな

りそうだとは思ったが。


 4往復目あたりで、カナッペにキャビアを載せた皿はスパークリングワインと一緒に

出て来て、驚いた。「どうぞ。私どものオリジナルスパークリングワインです」というとボ

ーイは黙って立ち去った。さすがに、ファイブスターのホテルのレストランはサービス

が違う。待たせられるのもまんざら悪いことばかりではなさそうだと私はコンプリメンタ

リーのワインとカナッペを堪能した。これであと30分は我慢できそうだった。出され

たワインは最高級と言えるほどのおいしさだった。


 5往復目あたりで、つまりそれは2時間半を意味した。ボーイはまたさらにヒラメの

薄切りにチコリやフリル状のレタスの乗った皿とスティックパンを持って立ち去った。

私はこれほど行き届いたサービスをするホテルがあること自体を知らなかった。研

究室に入ってからというもの、薄給の私の身にはとても知りようもない世界が世の中

にはあるものだ。さすがの5スターのホテルだと心から感謝した。その調子に乗って

スパークリングワインを3杯もお替りをした。しかし、いくらなんでも、メインディッシュま

で出てくるとはとても思えなかった。


 ここでリトル・ベルをあきらめてひとりで食事をするべきかと悩んだ。しかし、となる

と、今食べたものは加算されるのか、それとも不加算なのか、私はひとり困惑した。

私が飲んだこのスパークリングワイン4杯にキャビアに、ヒラメはいったいいくらするだ

ろう。革張りで刻印のされた分厚いメニューブックは最近新しくしたのか、まだま新し

い皮の匂いがした。こんなゴージャスなメニューブックなんて、何の腹の足しにもな

らないのに、きっとサービス料としてちゃんと入っているにはずだ。それに、この糊の

ついたテーブルクロスにナプキンの洗濯代にゴージャスなインテリア、さらにピアノの

生演奏、たたみかけるようにテーブルに置かれたキャンドルさえ、私の懐にはとても

似つかわしくない演出なのだ。しかし、ここでメインを注文して、ワインにデザートに、

さらにデザートワインに、コーヒーにと注文をしてゆこうものなら、私は自ら望まないゴ

ージャスな環境と新調したメニューブック代の加算された食事代プラス15%のサ

ービス料を払わせられる羽目になる。そう思うととても腹立たしくなった。さらに、こ

んな高級なレストランを指名して来て、やってもこない奴をどう許せというのか!と

私は今まさに、切れる寸前になっていた。さっきまでのスパークリングワインとキャビ

アとヒラメに酔いしれていた私の浅はかさに嫌気さえさしてきた。見渡さなくてもわか

るドレスアップしたカップルや裕福そうなファミリーの高貴なムードは、時間の経過と

ともにさらに盛り上がり、さんざめく華やいだ会話はムーディな音楽でほぼ頂点に達

している。私はそのしゃくに触る空気さえ吸っていたくなくなった。


 やむなくオードブルまでで化粧室に立った。そこでオーダーストップの時間を待と

うというせこい魂胆もあった。私は手を洗い平たいビスケットが重なって積み上がっ

たような山から、タオルを1枚取ると手を拭いてかごに投げ捨てた。


 席に戻るとボーイを呼んで「チェックを」と言った。しかし彼は「いいえ、結構です」

というなり立ち去った。私はすごすごと席を立ちチップを少々テーブルに置くと出口

に急いだ。私はこれほどまでに出口まで遠いレストランを知らない。やっと出ると地

下鉄入り口までとぼとぼ歩いた。


 「待てよ。もしかして?」私は奴が先に支払っていたのかもと思った。その時、クラ

クションが鳴って、僕の横に卵の黄身のような色のミニが停まった。「どう?君のラブ

ストーリーの続きはこんな感じで展開するってのは?それじゃ、“よつばカフェ”でメ

インと行こうか!」リトル・ベルだった。


 その夜、私は今書いている10本のラブストーリーの最後の1本を書きあげた。

昨日のコンサートから今晩までの出来事を私の心情もそっくりそのまま使って。

 もちろん、リトル・ベルを彼女に置き換えはしたけれど。








           








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シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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