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リサコラム
連載292回
      本日のオードブル

失われた明日を求めて

第5回 

ドミノ


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

  
 「ユニオンジャックのベッド~!、ウソだよね」
 「いや、もちろん、ほんとさ。さあ、乾杯といこう!」 
 
         
 
      
  







ドミノ


 街灯で明るい丘の道をミニは上り始めた。こんな場所があったのかと内心驚きな

がらも、私は後部座席で無言のまま揺られていた。行き先も問いただせず、ただ乗

せられているだけの情けなさも、むっとした顔で沈黙を守るのも、プライドというものな

のか、それとも保身なのか?いずれにしてもそんな面倒なものと私は戦っていた。


 私はいつも結果から事の発端を考え始める癖がある。この妙な状況はいったい

どうして始まったのかと時間を追って巻いた糸を解くような面倒な作業を今も始め

ていた。反対にリトル・ベルは変わらず口笛を吹いたり、どう発音されていたかはわ

からない古代言語を勝手な解釈でしゃべりながら、ドライブを楽しんでいる。彼のこ

れは完全に自分の世界に入り込んでいて、他のことは何も関知しない状況なのだ。

私はまじめな研究者であると自分では思っているし、人間性も悪くはないと思って

いる。なのに、古代ヘブライ語で会話してひとり悦に入るこの奇妙な人間の前では

ただの間抜けな男にしか見えない。


 それに私の人生設計というドミノを作りつつある過程で、リトル・ベルは勝手にその

ドミノに入り込んできて、方向を変えてしまうやっかいな人間なのだ。しかし、それも

今日のこの日を最後にしようと私は心に誓いながら、無言で唇をかみしめた。


 林の横を抜けるとまた市街地に出て、それからまたちょっと小高い丘の斜面に向

かって上り始めた。不気味な感じの広大な墓地を右手に、上りつめた先から道はく

ねくねと蛇行し、戸建ての瀟洒な家の瓦屋根の隊列の横を通りすぎた。道は上り下

りを繰り返し、左手の急な雑木林の坂を上り始めた。行き着いた先はレンガ造りのど

っしりとしていてアンティークなにおいをぷんぷんさせる3階建の邸宅だった。


 「助手君、到着く~!」古代哲学者はサイドブレーキを引いた。恐ろしく長く感じ

た時間も時計を見るとまだ出発してから30分も経っていなかった。「おなかすいた

ね~。きっとミズ・ブイヨンは得意のスープ料理でもてなしてくれるはずだよ」新しいリ

トル・ベルの家というのは、誰かの家か、あるいは下宿屋らしい。とするとそのミズ・ブ

イヨンという人物は女主人に違いない。しかし、彼がどこに越そうとそんなことは私に

はどうでもいいことだった。いっそのこと、古代ヘブライの地まででも飛んで行っても

らいたいくらいだった。


 私はまだ無言のままだった。この一日が終わるまで絶対に一言もしゃべるまいと

決意を固めていたし、寝袋を探し回って散らかしたままに引っ張り出されて来たこと

を思うと、怒りはさらにこみ上げていた。“この際(きわ)に及んでは・・・”、私は時代

劇の主人公がリベンジを誓うように、心の中に重たい石を抱えてリトル・ベルの後か

ら車を降りた。


 春風は何かの花の香りを私の鼻先にプンと運んで来た。生垣の沈丁花のようだ

った。重厚なドアの前で、リトル・ベルはインターホンを鳴らすと、「どうぞ~」女性の

声に続き、男性のバトラー風の男性はドアの中で待っていた。「お久しぶりです。奥

さまはお待ちかねですよ」「サンちゃん、お久ぶり!」相手はリトル・ベルとかなり懇

意らしい。磨き込まれた廊下の壁にはここでさらにアンティークな時を重ねたようで

ブラケットランプが点々と美しい陰影を廊下に作りだしていた。右手のガラス扉は外

に向かって開かれ、手入れの行き届いたライトアップされた中庭を見せている。そ

の廊下の先には小柄な70代くらいの女性が立っていた。


 「まあ、ほんとよく来てくれたわね~」二人は握手を交わし、私は数歩離れてや

はり無言で立っていた。「お久ぶりです。ミズ・ブイヨン。ご無沙汰してました」私はリト

ル・ベルの口からそんな社交辞令のよう文句を聞くのは初めてだった。「もう、何年

になるかしら?」「9年です。18でしたから。ミズ・ブイヨン」「もうそんな時間が経っ

てしまったのね。でも、ますます元気そうで。またあなたが来てくれるなんてほんと

にうれしいわ。きっと面白いことがまたたくさんあるでしょうね」「あのころは2階のちょ

うどこの上あたりの部屋でしたね」「今は改装して、広くなっているのよ。部屋数も減

らして、デザイナーを入れて、今風なインテリアにしたのよ。その方がお家賃も高く

取れるでしょ」「もっともです。ミズ・ブイヨン」リトル・ベルはにこにこ笑いながら、少し

脇によけると私の背中を軽く押した。「紹介します。こちらは僕の親友で、助手君で

す」「まあ、すてきなお名前ね。ジョシュ君。よろしく」「こんばんは。はじめまして」私

はつられて握手をした。しかし、彼女は私の名前を「ジョシュ」と思ったに違いなかっ

た。


 「早速お部屋を見てちょうだいね。きっと気に入るわよ」ミズ・ブイヨンは右手の階

段をサンダルの音も立てずに軽快に上った。階段の下のくぼんだ場所は書棚にな

っていて、濃いグリーン肘掛椅子が置いてあった。階段の手すりの木はつやつやと

美しい年月の経過を物語っていた。


 「そうそう、ベル博士はお元気?」「ええ、もちろん元気ですよ。ミズ・ブイヨン」私

はベル博士、この女主人そしてリトル・ベルの相関図を想像した。ここはリトル・ベル

の高校生時代の下宿屋に間違いはなさそうだった。それに、彼は必ず、「ミズ・ブイ

ヨン」と言葉の最後に付けることにも気づいた。これは尊敬を示しているのだろうか。

しかし、ブイヨンとは妙なニックネームだ。部屋の前で、ミズ・ブイヨンは金色に鈍く光

るカギを取り出し、ドアノブにかざした。するとカチリとドアのロックが解除される音がし

た。「今はこれよ。これで高いお家賃も取れるのよ」「なるほど。さすが経済学者で

すね、ミズ・ブイヨン」そこは10畳ほどの洒落たリビングで、その左右にはドアは合計

4つあった。ゆっくり見て結構よ」「ありがとう、ミズ・ブイヨン」「後でダイニングに降りて

来てね。今日は特製のシャンピニヨンのブイヨンスープだから。手作りパンと一緒に

お替りもし放題よ」「ぜひ、いただきます。ミズ・ブイヨン。それじゃ後で伺います」

「待ってるわ」


 「天井は3m30ある」私は質問をぐっと押さえた。「この広さの下宿はそうそう見た

ことはないね」暖炉にカウチが1脚。さらに、肘掛のついたモダンな椅子が2脚。暖

炉の上には小さなモニター。テレビらしい。正面の壁には長方形の細長い窓が4つ

あった。そこには細長いグレーのカーテンは裾を引きずるよう垂らされ、その中の一

つにはかけ始めた満月がこちらを覗いていた。よほど良家の子息が間借りしている

のか、物音もなく、静かだった。


 「ここに間借りできるのは、入試より難しいと言われた時もあったんだよ」私は沈黙

を守った。「エクセレントな物件だよね。2ベッドルームのまかない付きで、掃除だっ

てしてくれるから、ほとんどホテルと同じだよね。その分家賃は3倍だけど」リトル・ベ

ルはこんなゴージャスな部屋に引っ越すのをわざわざ見せに連れて来たのか?

いや、違う。彼は私の顔を覗き込んでいた。


 「はっ、2ベッドルーム?」私は初めて声を発した。その瞬間、たとえ、どんなに間

抜けな奴だとしてもぴんと来ない奴はいないだろうと分かったのだ。「シェアァ~?

そんなもの、断固断る!」そう叫んだとまったく同時にリトル・ベルは「もうシェアで契

約したんだ。」ドミノ崩しの悪魔は、にやっと微笑んだ。







                   



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シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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マダムワトソンでは 
                                    
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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