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リサコラム
連載293回
      本日のオードブル

失われた明日を求めて

第6回 

トレメンダス

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

  
 「こっちの部屋の方がトレメンダスじゃあないか?」

  「まあね。常に幸せを選択すべしだからね」 
 
         
 
      
  







トレメンダス

 

 「ふ~ん、これは玉ねぎに、えのきたけ、ブラウンマッシュルーム、刻んだじゃがい

もを少々、おっとこの香りは?ああ、セロリ、それに香りづけにエシャロットを少々」

「トレメンダス!正解よ、さすがだわ。ますます冴えて来たんじゃない。博士」


 「博士?」私は思わず、隣のひとりよがりで傲慢な暴君ともいえる他人と自分の区

別さえできない、わがまま勝手な男を見た。「それはどうも、ミズ・ブイヨン」


 ミズ・ブイヨンの手に持った大きなピッチャーには氷とレモンのざく切りがどっさり入

っていて、私たちのグラスに注ぐと水は勢い余って、テーブルクロスに跳ね返った。

「さっきキッチン、覗いたんでしょ?」ミズ・ブイヨンは淡々とほほえみを返しながら言

った。「はは、ばれましたね」「わざと野菜の端切れを置いてたのよ」「わかってます

ミズ・ブイヨン」「トレメンダス!私もよ」ミズ・ブイヨンは口癖なのか、しきりに「トレメン

ダス(すばらしい!)」を連発して、会話を弾ませている。私はふたりの騙し合いの会

話を聞きながら窮屈な蝶ネクタイにジャケットをして、広いダイニングで遅い夕食を

無言で食べていた。しかし、すでに何の因果かは知らないが私は無理やりこの家に

引っ越しさせられ、窮屈な衣装を毎晩着させられる運命を悟るしかなかった。


 彼女のダイニングではドレスコードがあるらしく、必ずネクタイとジャケット着用だと

いう。世にも奇妙な下宿屋だ。リトル・ベルはポケットから丸めたネクタイを出すと数

秒で結び、先に席に着いていた。この奇妙な人間たちはさらに奇怪な習慣をきっと

たくさん作り上げているに違いないと想像すると私はぞっとしてきた。


 ネクタイにジャケットを持参してこなかった新参者のために、バトラーのサンちゃん

はプレスのきいたシャツ、ネクタイ、蝶ネクタイや、タイピン、カフスボタンなどがジャケ

ットの間にずらっと並んだクロークの扉を開けた。私のクローゼットの中身をはるかに

凌ぐコレクションだが、「あいにく、あまりバリエーションがございませんで」とサンちゃ

んは言った。


 「ジョシュはいかが?」「ええ、おいしいです」「お部屋も?」「ええ、はい。素敵でし

た。気入りました」「トレメンダス!」私の弱点は心にもなくても、社交辞令を言えるこ

とだ。そんな私に勝手に“ジョシュ”というニックネームをつけて女主人は臆するどこ

ろか、嬉々としてそう呼び続けた。


 ミズ・ブイヨンの屋敷は古い洋館で、ずっと高校生の男子学生を下宿人として置

いているようだった。当然、男子学生の部屋は汚されるはずだからと、掃除などは

学生に任せず、ハウスキーピングがやることになっている。バスルームはそれぞれ

の階にひとつずつあり、ダイニングは1階のバラの庭に面した広々とした気持ちよい

明るい部屋に面している。冬は暖炉の前にきっと人の輪ができそうな居心地の良さ

をこんな私でも想像できた。しかし、3階の2ベッドルームスイートの部屋には寝室の

すぐ横にバスルームがそれぞれ設置されていた。もちろんハウスキーピングは専任

のスタッフがやり、それにはベッドメイクも含まれている。


 二つの寝室には230cmの長さを持つダブルサイズのベッド各1台とナイトテーブ

ルが置かれ、ウォークインのクローゼットは私のしなびた服を掛けるには上等すぎる

作りになっていた。厚みの違う各種引き出しも、もちろん相当な数量の蝶ネクタイに

タイピンにカフスボタンなどをしまうには最適だろうけれど、私には何ら便利な役目

を担ってくれそうになかった。当然だが、私には紳士という言葉とは無縁な生活を

送って来たし、もちろん、普通のサラリーマンとなんら変わるところもない単なる「助

手」だからだ。


 私は堅苦しい食事を終えると、暖炉の前で昔話しに興じているリトル・ベルとバト

ラーのサンちゃん、ミズ・ブイヨンを後にしてさっさと3階の私の寝室になるだろ部屋

に入った。大きなユニオンジャックの柄のベッドスプレッドはこの部屋のインテリアな

のかも知れなかったけれど、私には単なる国旗を引っ掛けているだけにしか見えな

かった。どうせなら、宅配ピザ好きな私にイタリア国旗を掛けてもらった方が、よほど

つじつまが合うんじゃないかと変な理屈さえ思いついた。


 窓を開けるとまだ涼しいとは言えない冬の名残りの風は開け放したドアに向かっ

て、途中、カーテンをふわっと大きくなびかせしながら通り抜けた。森といえるくらい

大きく成長を重ねてきた樹木はずっとざわざわとうるさいほどに揺れ続けている。


 確かに今住んでいる部屋からすれば、民宿とリゾートホテルくらいの差はある。し

かしながらそんな優雅な生活を私はあえて望んではいないのだし、今の家賃だっ

て結構大変なのに、それ以上に生活費をむしり取られるかと思うと、どうしても許し

がたい気分にさいなまれた。さらにこのリトル・ベルというやっかいな人間から距離を

置きながら生活をすることを一番の希望だと思ってきた数年なのに、裏腹なことに、

彼によって私の人生設計を変えられてしまうことばかりが起きることに無性に腹が立

った。


 階段を軽快に上る音がして、リトル・ベルが部屋に戻って来たようだった。彼はリ

ビングに入り、あちこちをどんどん開ける音を立て、そして私の部屋の方に向かって

来た。私はどんな毒舌を吐いたらいいか、考えてはいなかったけれど、もやもやした

気分は、別にシナリオなどなくても大丈夫だと思わせた。彼は数回ノックして私の返

事を聞くと入って来た。


 「グッド・イブニング、サー」陽気なリトル・ベルは私が口を動かそうとした瞬間、蝶

ネクタイをつけたままの私の胸あたりをめがけてラベンダー色のガウン投げてよこし

た。「さて、助手君を返上して、“ジョシュ”、今日からふたりの新しい生活だね。どう

ぞよろしく。早速、乾杯と行こうか。これは、ミズ・ブイヨンからの差し入れでコンプリメ

ンタリーだよ。ジョシュ君の昨日までの部屋は、明日、『引っ越し、超楽パック』で最

後の掃除までやってくれるそうだから、どうかご安心を。だから、後片づけの心配も

ご無用。全部、手配済み。あとはこの高級シャンパンで乾杯するのみだよ!」


 シャンパン片手にラベンダー色のナイトガウンを羽織った私はちらっと壁の大きな

楕円の鏡に自分の姿を写し見た。「ジョシュ、Tremendous!すてきだぜ!」すかさ

ずリトル・ベルは声をかけた。


 そこには紳士風に気取った「助手」が写っていた。発音は同じだが、“ジョシュ”と

呼ばれるとまんざら悪い気もしなくなった。いつか見た政治ドラマでホワイトハウスの

エリートの名前と同じだったからともいえる。私は無言で今日2度目の乾杯をした。









               


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シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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