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リサコラム
連載294回
      本日のオードブル

失われた明日を求めて

第7回 

パーフェクト・ナイト

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

  
 チェリー・ブロッサム・ハウスには、
 緑のラウンジもあります。残念ながら、ここでカクテルを
 飲めるのは、20歳以上です。 
         
 
      
  







パーフェクト・ナイト

  

完璧だった。「鈍器で頭の後ろを殴られた」という感覚とはこんなものかと、3度目

でやっと理解した。


 私の引っ越し先の第1日目は今までで一番長い一日だった。シャンパンの酔いを

少し醒ました後、バスルームの扉を開けると、まずガラス棚の完全に同じサイズに

畳んだタオルの列にぽかんと口を開けることになった。15枚はあるだろうか?横の

細長いガラスケースの中には同じボトルデザインの容器が完全に同じ間隔を持って

隊列を作っていた。まるで、ジオラマの兵隊のようだ。バスジェル、シャンプー、リン

ス、コンディショナー、歯磨き用のマウスウォッシュもある。それに、化粧水や、ボデ

ィクリーム、フェイスクリーム、サプリメントは数十種類、アロマ用のオイルに、何かの

香りのエッセンス、バスソルトなどもある。こんなバスルームは、もちろん見たことは

ない。1泊10000ドルを超えるような海外のホテルでもこんな品揃えのバスルーム

は果たしてあるのだろうか?しかも、その兵隊たちは定規のようなもので側面をとん

とんとならされたようにまっすぐに同じ方向を見て、同じ数だけ並んでいる。こんなこ

とをする必要性はあるのかどうかわからないが、すごい眺めだ。私は恐る恐る、シャ

ンプーとリンスとバスジェルらしきものを掴むとバスルームのガラスの扉を開けた。


 タイルから反射するシルバーグレーを帯びた光に目は一瞬くらんだ。中に入ると

バスルームの天井には天窓があり、すこし明るさを含んだグレーの空はそっと顔を

のぞかせていた。私はシャワーの栓をひねろうとして、レバーを回してみた。しかし、

うんともすんとも言わない。それならとまんなかにシルバーに輝く大きなものをそっと

押してみると、おだやかな音をたてて、シャワーヘッドは奥の壁を向いた。それから

すぐに水が出て来た。これはすごい。最先端技術らしい。壁に少し向きを変えること

で人間に直接かからないようにしているようだ。しばらくすると、お湯になったらしく、

シャワーのノズルは正面を向いた。ボタンを数回押すことで、霧のような細かな粒か

ら、どしゃ降りの雨のような大粒に、そしてストレートの強いマッサージ機能のあるも

のにまで数段階変えられるようだった。


 私はさっきから手に持ったボトルをどこかに置こうかと見渡していた。壁の中にわ

ずかな凹凸のある部分を見つけたものの、これは何のためにあるのだろうか?しか

し、どう考えてもここに置くしかないが、あれこれ試みてもどうしてもひっかりそうにな

い。こんなハイテクシャワー機能があるのに、妙なものだと思った時に、逆転の発想

をしてみようと思った。これは最初にリトル・ベルから教わったことの一つで、わから

ないことに出会った時に、その製作者になりきってみるというものだった。そうか!私

はひらめいた。ボトルをさかさまにして、その凹凸にボトルの首を差し込んでみた。容

器は思いのほかやわらかで、軽く1回押すと下からジェル状の液体が1回分流れだ

した。ハイテクの次はローテクかぁ~?ほう、なかなか考えてあるようだ。


 私は月明かりのバスルームでいつもより長い時間、風呂に入った。風呂に入ると

いうのはこの場合は似つかわしくない。バスタイムを楽しむというのだろうか?私はそ

んな似つかわしくない言葉を思いついて、ちょっとにやけた。もう、12時は回ってい

るだろう。しかし、眠けどころか、気分は高揚していた。いったいどうしたんだろう?

無理やり連れてこられ、そして無理やりリトル・ベルと同じ下宿の部屋をシェアするこ

とになったというのに。さらにまだ、私は承諾さえしてはいないのにだ。気分が高まっ

ているように思えるのは怒りの化学変化したものだろう。私はバブルバスの中でつま

先が届かぬ先のバスタブの壁を探りながらそんなことを思った。


 あたりはバラの香りなのか、酔うほどの甘くせつない香りに包まれ、そして、赤面し

た。今までの私の人生にはほとんど似つかわしくないシーンそのものなのだ。そう思

いながらも昔観た映画を思い出していた。


 その映画はニースかカリブ海か、モナコかそんなハイソな海辺に建つリゾートホテ

ルに男がひとり夜中にチェックインするところから始まるコメディタッチのミステリーだ

った。真っ暗な海の波しぶきだけを聞きながら、男はバルコニーに作られた風呂に

入る。泡だらけのバスタブの中で、男はしばらく波音だけに包まれ、無言の時を過ご

す。それからバスジェルのボトルを見ると、「ふっ、バラの香りか。完璧じゃないか」と

つぶやき、外に放り投げる。わずか10秒ほどのそのシーンを目の奥に再現しながら

も、そんなことを思い出す自分に驚いて、泡風呂の中で声を立てて笑った。


 20分ほどもバスタブで優雅を楽しんだ後、その泡を強力なシャワーで洗い落と

そうとしたが、ちょっと待てよ、と思い直し、ミストシャワーにした。ゆっくりと流れ落ち

る泡はなめらかで極上の感覚だった。ようやく体の泡もなくなるとバスタブを洗い流

して外に出た。フックにかかったバスローブを羽織り、寝室に入って時計を見ると、

真夜中と思ったものの、まだ11時を少し回ったくらいだった。バスローブは私の体型

にまさか合わせているわけでもあるまいが、袖丈もぴったりで、おまけにふかふわだ

った。


 それから長風呂でほてった体を冷ましに窓辺に近寄ると、いつの間にかバルコニ

ーに出るフレンチドアと言うのか、外開きの縦長窓ガラスは少し開いており、バルコニ

ーの小ぶりなテーブルにはオレンジの光がグラスの中で余韻をゆらゆらさせていた。

キャンドルグラスの下は便箋らしきものに見えた。女主人、ミズ・ブイヨンからの手紙

のようだ。その下にはさらに、契約書のようなものが留められて置かれていた。


 私は少し冷たい風に揺られながら、ゆっくりとした動作でワインクーラー氷の中か

ら缶ビールを引き抜くと、そばのリモコンにも手を伸ばした。波の音が聞こえる。風呂

上りのビールはこんなに優雅な味に変化するものなのか。椅子にもたれかかると、

バスローブの襟から、湯気は立ち上り、摘みたてのバラの香りは知らないが、そんな

清楚な香りは私に、「完璧じゃないか!」と言わせた。


 私はミズ・ブイヨンの手紙を開けた。「ようこそ。チェリー・ブロッサム・ハウスへ。今

日はあまりお話しできなかったけれど、緊張してたんでしょ。でも、大丈夫でしょ。こ

れから仲良く暮らしてゆきましょ。と言っても、あなた方の生活にいちいち立ち入った

ことを言うつもりはもちろんないから、ご安心を。何か気がかりなことがあれば、何で

もバトラーのサンちゃんにね。それでは、契約書にサインをしたら明日、持ってきて

頂戴。それと、お引越しのことは心配なく。ここはリゾートホテルみたいでしょ。だから

だいたいのものは揃っているけど、すぐに必要な物と貴重品は明日朝、取って置い

てね。すぐに専属の業者さんにきちんとお引越し準備に取り掛かってもらいますから

安心してね。それでは、最高の夜を!おやすみ」


 「完璧じゃあ、ないか!」私はまた同じ言葉をつぶやき、そんな自分にまた驚い

た。


 p.s. それとさっき、博士に聞いたのよ。イタリアン好きなあなたのためにベッドスプ

レッドはひっくり返しておいたから。イギリス国旗の裏はイタリア国旗の柄なの。大体

みんなどちらかが好きでしょ。私のオリジナルデザインなのよ。それでは、ナイトキャ

ップにすてきなイタリア映画でもどうぞ」


 「完璧じゃあないか!」私は不覚にも、三度もつぶやいた。















               


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シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,800円にてお届けいたします。  
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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