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リサコラム
連載296回
      本日のオードブル

失われた明日を求めて

第9回 

ミズ・ブイヨンの流儀

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

  
 「ミズ・ブイヨン、あの、私、主役だと思ってたんですけど」
 
 「あら、そうお?それは前の流儀でしょ。ここでは
  私の流儀が優先よ、ジョシュ」
 
      
  







ミズ・ブイヨンの流儀

 

 夕食のテーブルにはキャンドルが灯されていた。さらに真っ白いテーブルクロスも

恭しく広げられ、シルバーのカトラリーはその上できちんと行儀よく並んでいた。私は

誰かの誕生日なのかもとリトル・ベルとサンちゃんの顔をちらっと見たが、そんな気

配は感じられなかった。すると、私たちに対する歓迎の意だろうか。


 しかも、前の部屋の掃除も後片付けも、さらに壮絶なゴミ処理さえしてくれたにも

関わらず、私はいまだにむくれた気分でいた。自分の性質はしつこいまでに頑固で

なかなか素直に仲間に入れない。そのくせ、新居の2日目にして古巣にでも帰って

来たような安堵感で幸せな気分もひそかに感じてはいた。わずかな衣類と他人か

ら見たらガラクタにしか見えない少ない貴重品しか私の手元には残っていないのに

いや、だからこそ背中に羽でもついたような気分で、心は浮き立っていた。


 夕食はメインの1品料理だけだが、パンも、スープもサラダも食べ放題でデザート

までついている。それに皿をキッチン迄持って行くだけで、洗い物もしなくてよい。食

後は、冬の間、暖炉の前で本を読んで過ごすには最高に心地よいに違いないし、

ミズ・ブイヨン言うところの“コージーな”気分は私でもわかる。夏は食後の腹ごなし

にサッカーボールを転がして遊べるくらいの広さの庭もある。これまでの私の生活か

ら見ると、夢のような生活には違いなかった。


 ついこの前までは懐具合のため、あまり外食もできなかったからだが、問題は下

手な料理を作ってから食べ終わる迄に段取りも効率も悪いため、裕に1時間半も

費やしていたことだった。さらにキッチンと言わずLDと言わず、散らかり放題に汚くな

った。その後やっと後片付けを終わると、すでに睡魔が押し寄せ、掃除もせず、風

呂にも入らず寝ていたこともたびたびあった。そんな生活で仕事にもしわ寄せが来

ていたのかもしれないと、たったこの2日間で客観的に判断する自分に自分で驚い

ていた。


 「昔の下宿はね、みんな大家さんが掃除をしていたのよ。きっと大家さんが面倒

になったのと、プライバシーの問題でしょ。でも、ここではね、プライバシーはないの

よ~。はははっは」ミズ・ブイヨンは高らかに笑った。「ある意味でね。まあ、新しい

形の家族みたいなものかしら?他人同士が仲良く、節度ある距離感を持って生活

するには最高の場所よ」細長いキャンドルの灯の向こうで、大家さん、そのミズ・ブイ

ヨンは私の顔を見ると首をちょっとかしげて意味ありげとも取れる笑みを浮かべた。


 「ミズ・ブイヨン、今日のクリームスープも、う~ん、絶品ですね。お替りしてもいい

ですか?」「それはよかったわ、博士。ええ、もちろんよ。」「ええと、玉ねぎ、にんじ

ん、ジャガイモ、角切りのおもちですね。ミズ・ブイヨン」「トレメンダス!博士、すばら

しいわ」「なるほど、このとろみは、もちから来てるんですね。おいしいですね~」私

は後発の相槌を打ってから、お替りのボールを差し出すと、ミズ・ブイヨンはまた意

味深な笑みを浮かべた。「それに、このチーズオムレツも最高ですね。付け合せの

アボカドとも相性抜群だし」「そうお?」「ええ、それに、これは?」「ああ、トッピング

ね。栗の甘露煮を刻んだものよ」「ふ~ん、なかなか、深いですね」「そうかしら?

単なるインスピレーションよ」「絶品です。とろけたカマンベールにチェダーチーズ、そ

れに、栗の甘露煮がこんなに合うとは、さすがだな~」「いいえ、ただの偶然よ。偶

然の出会いとでも言うのかしら?」「偶然の神のマリアージュですね」「なかなか詩

的ね。博士」私も絶品だと言ったが、歯の浮くようなやりとりの後では2番煎じのお茶

のようにしか響かなかった。そうしてその晩の食事は、初めて少し打ち解けた気分

で終わった。


 翌日はよく晴れた日曜だった。私は朝5時には目覚め、すっきりと整頓された部

屋で久しぶりに落ち着いて研究テーマの翻訳に取り掛かっていた。10時過ぎにブ

ランチを簡単に済ませて、また自分の部屋に戻り、しばらく翻訳に没頭した。日曜

は昼と夕食が休みの代わりに、ブランチをとることができるようだった。それにしても

こんなに仕事がはかどったことは今までなかった。ちょっと疲れも出て来た2時過ぎ

私のパソコンにメールが届いた。ミズ・ブイヨンだった。「庭でアフタヌンティでもいか

が?」ちょうどキリもよく、どちらかと言えば、喜んで庭先に出た。


 ミズ・ブイヨンはすでにテーブルの準備を整え、私を見つけるとミントブルーのシフ

ォンワンピースを風になびかせて手を振った。私は数年前、ヨーロッパ研修旅行の

際にイギリスの小さな町のホテルで経験したクリームティを思い出した。芝の緑の上

に、真っ白いクロスを2重に掛けたテーブルの上で、小さなケーキとフィンガーサンド

イッチは上品に、がさつな私を待っていた。


 「今日は一年の内でも最高に気持ち良い日でしょ。だから、ひとりじゃ、もったい

ないと思って」「それはありがとうございます。うれしいです」「お部屋はどうかしら?」

「ええ、快適です」「それはよかったわ」「それに、仕事もはかどって。なんて言うん

ですか、体が軽くなった感じで、いや、精神的に...」「そうでしょうね。ガラクタ捨てれ

ば、心も軽やかって感じかしら?」ミズ・ブイヨンはニタリと笑った。もう自分の負けを

認めなくてはと私はやっと悟った。


 「この度はいろいろとありがとうございます。ほんと、感謝してます」もっと言葉があ

るはずだとは思ったが、これ以上の言葉を見つけ出せずにいた。「私ね、若い有望

な人を応援するのが生きがいなのよ。だから、ほんとに喜んでくれるなら、これほど

いいことはないわ」有望という言葉に、思わずサンドイッチの中身を芝生の上に落と

してしまった。「もったいなかったな~食べたかったのに~」「そうでもないわよ。だっ

て一度は捨てたものだから」「ええっ?」「言うつもりなかったんだけど、これ、ジョシ

ュの冷蔵庫のもので作ったのよ。処分していいと言ったでしょ。もったいないから、使

ったのよ」私は冷蔵庫の野菜室に残っていたきゅうりと食パンを思い出した。「マヨネ

ーズに、マスタードも拝借したわ。ああ、それに、このキャロットケーキのにんじんと、

上にかかったチョコレートもね」「えぇ~、あんな残り物が、これにですか?」私はパ

ティスリーとか呼ぶ高級菓子店から取り寄せたようなチョコレートコーティングしたキ

ャロットケーキをほうばったまま、冷蔵庫の片隅に転がっていただろうにんじんを想

像した。


 「それにね、昨日の夕食のおかずも全部そうよ。スープの具材にアボカド、パック

のおもち、栗の甘露煮もね。それにオムレツの卵に、チーズもよ。でも、残り食材に

思えないくらい、おいしかったでしょ?」私は唖然という言葉しか思い浮かばなかっ

たが、「それはもちろんです。ミズ・ブイヨン。お役に立てて、よかったです」と社交辞

令を言った。 「ああ、ジョシュ、ちょっとゴージャスに、シャンパンでもいかが?」


 私はシャンパンクーラーを抱えた長身のサンちゃんの姿を芝生の向こうに見つけ

た。「実は、あなたの冷蔵庫にとっておきの忘れ物があったのよね」「えっ?あの、そ

れって、もしかして
」「ええ、その、シャンパンよ。私、落ちた食べ物以外は何でも

リサイクルするのが流儀なの。経済の基本でしょ。ああ、そうそう、昨日の夜のキャン

ドルもね、ガラクタの中にあったものを頂いたのよ」






                   



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-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

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