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リサコラム
連載297回
      本日のオードブル

失われた明日を求めて

第10回 

集家・ミズ・ブイヨン

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

  
 「ミズ・ブイヨン、あのアンプ、どこかで見たような...」
 
 「あら、そうお?」
 
      
  






集家・ミズ・ブイヨン



サティが流れていた。

 劇場の桟敷席みたいに半円の外に向かって張り出したミズ・ブイヨンの書斎に私

はいた。お天気のよい昼下がり、私は彼女にアフタヌンティに誘われ、話は60分世

界旅行でもしたみたいに、あちこちに飛んだ。彼女は恐るべき博識だった。いったい

どこでそんな知識を得ているのだろうか?と私は不思議だった。それから、ぽつぽつ

と雨が落ちてくると、彼女は私を彼女の書斎に案内した。


 「ジムノペディの夢ですね」「そうよ、ジョシュ。あなた、好きでしょ」「ええ、そうです

ね。よく聴いてました。でも、だんだんと眠くなってくるんですよね。論文書きながら

いつも寝ていましたから」「あら、そう。それはダメよね」「ええ、でも、サティの曲、私

よくわからないですけど、分裂症気味な感じします。」「あら、そう思う?」「だって、

いきなりテンポというか、ニュアンス変わるところがどうもよくわかりません。だから何

がわかるというのもないのですが。音楽音痴なもので」


 「私、サティって、知らなかったのよ」「そうなんですか?何でも知っておられるみ

たいですけど」「実は何も知らないのよ。だからこうして、インテリジェントな若い人を

雇ってるのよ」「雇っている?」「あら、言葉、悪いわよね。下宿人にしているのよ」「

そんなに役に立つことありますか?」「もちろんよ、
ジョシュ。私の本業はね、蒐集家

なのよ」「そう見えます」「いいえ、ジョシュ、この家の多くはね、リサイクル品でできて

いるのよ」「ええ?そうなんですか?」「そうなの」「でも、全部新品みたいですけど」

「きれいに補修したり、カバーを替えたりしてね、あなたのお部屋のベッドスプレッドも

ね、イギリス国旗とイタリア国旗の柄の毛布を合わせて私がデザインして作ってもら

ったものなの」「その方が費用も掛かりそうですけど」「それでもそうしたいものはそう

するのよ。安易にチープなものは買わないのよ。作る人はもっとチープなお金しかも

らっていないってことでしょ。気の毒よ。1円でも安く買えればラッキーなんて。そん

な血の匂いのするものは見たくないし、使いたくないのよ」ミズ・ブイヨンは凝ったブル

ーにシフォンの襟元をちょっとひらひらさせながら、書斎の一人掛け椅子をすすめ

た。


 ここの屋敷はね、元は財閥のお屋敷だったのよ。でも3代目がとうとう手放して更

地にして売るらしいという話を聞いたのよ。それで私がお安く買って、優秀な高校生

の下宿にしたのよ」「そう~なんですかぁ」「あなたの同居人のリトル・ベルはね、その

最初の下宿人のひとりよ。彼は優秀な子供だったけど、つまらないからとあまり学校

にも行きもしなくてね。それでも優秀だったのよ。今のあなた方がいる元の部屋に下

宿していた教授の部屋に行ってよく話をしていたものよ。それがベル博士なのよ」「

へ~そうだったんですか。それで、リトル・ベルはベル博士の下で研究するようにな

ったんですね」「ベル博士は絵画とか骨董品のコレクターでね。本当に貴重なもの

をたくさん持っていたから、ほとんど外出はせずに休みの日はずっとその骨董品リス

トを作ったりして過ごしていたわ。もともとは大きな家にひとりで住んでいてその骨董

品を大事に管理していたらしいけれど、何度か盗難にもあってね、家は大きすぎる

し、家の管理にもセキュリティにもお金がかかるからって、売ってしまおうって話にな

ったのよ」「わかりました。つまり、そのベル博士の家がここだったんですね」「そう。

ジョシュ、回転早いわね」「それは驚きです。あんな偏屈な教授が絵画の蒐集家と

はね~」

 「この家はそれほど大きな改装はしてないのよ。いい物はお金を出して買う代わり

に、リサイクルできるものは努力してリサイクルするのよ。でもね、ジョシュ、プラスチ

ックをたくさん集めてはだめよ。プラスチックの入れ物はね、チープな気分になるで

しょ。ずっとそれで収納をやっていたら、チープな思考になるのよ」「チープな思考

ですか?」「ええ、チープな思考よ。固くて簡単につぶせない物にはそこに気持ちが

入ってくるでしょ。チープなものにもね。でもある時、そのチープなプラスティックケー

スに嫌気がさす日が来るのよ、絶対に。人間にも嫌気がさすのと同じかもね。すると

もう見たくもなくなるでしょ。そして捨てたくて悶々とするのよ。そんなプラスチックの

ものをどんなに蒐集してもリッチな気分にはなれないのに、プラスチックの入れ物は

リサイクルにお金がかかるのよ。でも買った時は安いでしょ。買った時の金額と処理

の大変さの差があまりないとか反対に逆転するようなものは極力使わないことよ」「

すみません。きっと僕の家のことですよね」私は恥ずかしくなって、話しをそらした。


 「それで、不思議なんですけど、ミズ・ブイヨン、僕の家のガラクタですけど」「ああ、

何か必要な物を思い出したかしら?」「それが全然なんです。昨日改めて引っ越し

て来て、持ち物を思い出せなくて。いったい何をあんなに蒐集していたのか。なのに

捨てた途端、不思議に仕事に集中できて、すごくはかどるんです」「それはね、きっ

とあなたの背中のお荷物になっていたのよ。背後霊みたいね。それがなくなったっ

てことでしょ」「わ~そんなぁ」「はははは。きっとそうよ」「ですかね?」


 私はきちんと整った彼女の部屋を見渡した。半円の窓辺には大きな花瓶に満開

のバラが活けてある。「すごいバラですね」「でも2、3日しか持たないと思うわ。花屋

さんからね、いつも満開を過ぎそうなお花だけいただいているのよ」「お安く?」「そ

の通りよ、ジョシュ!」「ガラクタ捨てたら、頭が冴えて来たんでしょうか?」「あなた

のような優秀な人はもっと集中すべきことに集中すべきよ。そうでないものにとらわ

れ過ぎていたら、一番大事なものを損なうわよ。ジョシュ、あなたのように若くてこれ

からたくさん仕事をして、社会に還元しなくちゃならない人は、身軽でなくちゃね。

集中すべきことに集中するためにね」「なるほどですね。勉強になります。私も何で

思い通りにならないのかとずっと悩んでいたんです。研究したいこともやりたい雑用も

山ほどあるのに、一日があまりに短くて、あっと言う間に終わってしまうんです。でも

ここに週末に来てからまだ2日なのに、もう1か月くらいいるようで、なんでこんなに

長く感じるんだろうって思います」


 「でも、ジョシュ、あなた、きっと気づいていたんでしょ。どうして自分自身が集中

できなかったかってこと」「え?はあ、そうですね、実はうすうす...」「そうだと思うわ。

だって、今しゃべったこと、あなたの処分してくれって言った本に書いてあったことそ

のままだから」「えっ?」「あなたの本よ。そんなガラクタ処分の本、たくさんあったわ

よ。ぱらっと読んで、とてもいい本があったから、昨日さっさと読んで、ほら、私の書

棚のコレクションに加えたのよ」彼女は美しく並んだ書架に案内した。


 「ジョシュ、あなたみたいにいい本をたくさん持っている人たちの処分段ボールか

らいつも頂戴しているのよ。全部、古本よ。こう見えても、結構目利きの古書の蒐集

家なのよ。ああ、それに、サティのCDも頂いたわ。ありがとう、ジョシュ」






                   



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シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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マダムワトソンでは 
                                    
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