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リサコラム
連載299回
      本日のオードブル

失われた明日を求めて

第12回 

ある誕生日

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
19年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

  
 「ここはどこか?これは何か?」
 
      
  






ある誕生日




  あれから1か月たった。桜の散った後のチエリー・ブロッサム・ハウスの庭は若者

と鳥たちの最高の遊び場のようで、日曜の早朝でも庭でサッカーボールを転がして

歓声を上げる不届きもののもいる。そのせいで朝5時には目が覚めるようになった。


 ベランダからエネルギーを持て余している若者たちを横目で追いながら、小さい

コーヒーテーブルにラップトップという洒落たスタイルで今日のフランス現代文学の

授業の予習を始めていた。しばらくして、ノックの音がした。


 「おはようございます。お目覚めはいかがですか?」「うん。可もなく不可もなくとい

うところですね」「そんな時は、絶好調というんですよ。ジョシュさん」「絶好調?う~

ん、ここではそんな風に言わなきゃならないんですかね?」「そうですよ」「それじゃ

絶好調の時はなんて言うんです?」「そんな時は、『この上なく、絶好調』です」「ほ

う、マイナスはだめってこと?そうか、なるほど、絶好調ね」「私はそう思っています」

サンちゃんはテーブルの上に熱いとわかるカフェ・オ・レ・ボウルを置くと、伝票にサ

インをさせた。ここでは、ミズ・ブイヨンのお誘い以外はお茶も有料になる。経済学者

に抜かりはない。


 「ああ、サンちゃん、ずっと気になっていたんだけど、リトル・ベルの、ああ、博士の

ことだけど、どんな風に越して来たの?」「どんな風にと言われますと?」「いや、彼

の引っ越し業者云々の話しを聞かなかったからね」「同じ大きさのスーツケース3個

だけでした」「それで、家の片づけはなんかは?」「別に、片づけには伺っていませ

んけど、おそらく、お荷物が全部でそれだけだったようです」「まさかぁ?」「いえ、別

に処分するものもなかったようですから」「へ~そうなんだ」「ええ」「博士は身軽な

方ですからね、高校生時代から」「ああ、いつも同じ服を着ているからね。夏はグレ

ーのシャツで冬はオレンジのタートル、スーツはグレーだけ。一張羅だよ。確かに身

軽だよね。僕も今はそうだよ。ミズ・ブイヨンにもらったシルクのパジャマ2枚に、人の

ことは言えないけど、スーツはひとつだけ」サンちゃんはこの上ない笑顔でにっこり

微笑むと、「博士は、もう出かけられました」とだけ言った。「別にいいよ」私は最近

小さな車を買って、ここのガレージに置いているから、リトル・ベルとは別々に出勤

できるようになった。私はなるべく彼とは一緒の時間を過ごさないようにしていたし、

その方がきっとお互い気分を害さずにここでの心地よい生活を送れるはずだから。


 濃い目のカフェ・オ・レをボウルですすると、パリのホテルでプチデジュネをとって

いるような気分になった。私は昨夜遅く、ベッドの上で見つけたミズ・ブイヨンからの

誕生日プレゼントのシルクパジャマを着ていた。シルク好きのミズ・ブイヨンから2回

目のシルクのパジャマのプレゼントだった。一度目は最初の夜に用意してあったもの

だが、それ以来、私はパジャマというものを着るようになった。私はミズ・ブイヨンの

言葉を思い出しながらカフェ・オ・レ飲み、その間も右手は休みなく文章を打ち続

けていた。


 数週間前の彼女の言葉、「彼を理解するのは、あなたにはまだ無理よ」それが、

ずっと頭の隅にガムみたいにこびりついて離れなかった。しかし、ここに無理やり引

っ張って来て、シェアをさせる、そんな自分勝手で、わがままで、自己中で、ひとり

よがりの人間のことなどをわかりたくもない!
私は彼の悪いところを並べ立てて何

度も反芻した。それに彼ほど単純でわかりやすい人間はいない。ミズ・ブイヨンは数

年前の彼をずっと美化し続けているだけだ。私は腹立しかった。それにいつだった

か、財布を図書館ですられそうになったところを助けてくれた礼に、食事をおごろう

としたときもだ。高級ホテルのレストランを指定してきたくせに私をすっぽかした。思

い出すだけで私は赤くなるのだ。


 店を指定してきてすっぽかす人間なんているのだろうか?あの晩、待ちくたびれた

私を不憫に思って、その星つきレストランはコンプリメンタリーのつまり、タダのオード

ブルを食べさせ、ワインを飲ませ、さらにお替りまでさせてくれた。ほとんど食い逃げ

と大差のないような恥かしい思いをしてオーダーストップの後、逃げるように帰った

出口までの長かったこと!あの後、ゼリーの中を歩いているように足が前に進まな

いそんな夢さえ見た。私はキーボードを打つ手を止めることなく、あの恥ずかしい晩

のことを思った。しかし、その晩の経験を私は自分を女性に置き換えて、趣味で書

いているラブストーリーに仕立てた。それでオムニバス形式のストーリーは完成した

が、それはそれだ。


 カップに残った最後のカフェ・オレをすするとダイニングに降りて行き、まず、ミズ・

ブイヨンに昨日のパジャマの礼を述べた。「シルクはその昔、選ばれた者だけのもの

だったのよ。だから、堂々とシルクを身に付けるといいわ」「はあぁ、私、そんな人間

でしょうか?」「もちろんよ」「恐れ多いことですけど、もちろんありがたく頂戴いたしま

す」「いいものだってわかっていても、自分はそれに不釣り合いだと思うと、手を出さ

ないものよね。シルクってそんなものじゃないかしら」相変わらず、真理をずばずばと

突いてくるミズ・ブイヨンに反論のしようもなかった。「だからね、Tシャツとパンツなん

かで寝てはダメよ。ちゃんとパジャマを着て寝てね。ジェントルマンは」「ジェントル?

この私が、ジェントル、マァン?」私は笑い転げながら彼女を見た。しかし、彼女は

冷静な目で見つめ返していた。「ええ、わかりました。ジェントルマン、紳士ですね。

ええ、目指します」気まずい雰囲気を逃れようと言葉を返した。


 「それでは、最高の一日になりますように」「ありがとう。ミズ・ブイヨン」私は階段を

上がりながら、「そうか、今日は私の誕生日だから、絶好調だとサンちゃんはそう、

言ったのか」とやっとわかった。とはいえ、今晩何の予定もなかった。「まあいいさ」

誰かに祝ってもらったって、うれしいというわけでもない。私は歯を磨き、鞄を掴むと

部屋を出た。


 どこかからベルのなる音を耳にした。鞄を探ったが、音の主は私のケイタイではな

い。リトル・ベルのだ。遠慮気味に部屋に入るとさらに奥のクローゼットルームから音

が聞こえてきた。ベルはしつこくなり続けている。私は仕方なしにクローゼットルーム

に入った。


 そして、夢を見ているようなぼうとした気分になっていた。目を疑うとはこんなこと

を言うのか。目の前には一張羅だと思っていた見慣れたリトル・ベルの同じ色のスー

ツ15,6枚ほどが完璧に等間隔に並んでいた。しかもちょうど真下に同じ靴が同じ

数だけ並んでいた。まるでスーツショップのようなその列はそれぞれに微妙な違い

はあるものなのかそれとも同じものなのかは、その時の私の意識は判断できなかっ

た。私は茫然として、鳴り続けるケイタイを開いた。



                



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シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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