MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載315回
      本日のオードブル

AAA


第1回


サテンのドレス


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト

     「ああ、また今年もやって来れたわ~」
      元気にしていた?」
 
      
  






サテンのドレス




「ツ~ツクツク、ツ~ツクツク」秋の始めのセミはひとしきり鳴くと

静かになった。きっと窓の外には黄身餡(あん)が透けて見えるくら

いの薄皮をまとった月が昇っているだろう。


 部屋の静かな空気は「しゅ~しゅ~」と小さく音を立てる霧の匂い

に満ち満ちていた。桃子はコトリとも足音を立てずに、さっとサテン

のドレスを広げたテーブルの向こうに回り込んだ。ゆらゆらと泳ぐ水

中花の咲く澄んだきれいな湧水の情景を、子供の頃に見たような、い

や、テレビだったかも知れないけれど、ドレスに描かれている情景と

重ね合わせていた。薄く鮮やかな緑の光沢はところどころ、染め忘れ

たように真珠色の地肌も見せている。湧水の上に枝を伸ばした桜から

風に乗ってひらひらと舞い散る可憐な花びらはひとつ、ふたつ、そし

て裾に行くにつれ、さらに大勢が舞い散り、水面はいきなり華やいで

ゆく。それを手の感触で確かめながら、繊細な目つきでドレスを眺め

た。散り乱れる花びらは、裾からウエストのあたりにまで行くと大き

くなり、そして背中で大輪の大きな花となった。      


 「さくらは進化すると大輪の花になるのかな?」桃子は背中の濃い

ピンクの縁どりからすう~と糸を引っ張り出したように伸びたごく細

い肩紐を軽く手で引っ張った。どこにもよどみなく、緩やかな線を描

いただけのシンプルなライン。腰から下のスリットは淑女ラインの膝

あたりまで止まって、品のよさを保っていた。それから、まるで手品

師のような動作で、ゆっくりとドレスの表面を触れるか触れないかの

瀬戸際のところで、手を滑らせた。「うん、きれいにできてる。とっ

ても」



            



 桃子はシンプルな性質だった。「うん、きれいにできてる。とって

も」友人の麻美と行った美術館で、針金でできた男を見た時もそう言

った。麻美は、「もぅすこし、複雑なんだと思うよ」と言って桃子の

方をちらと見ると、またワイヤーの男に視線を戻し、何かを引き出そ

うと観察を始めた。


 桃子は、人はこのように線でぐるぐる巻きになって出来上がってい

るものだよと作者は説明しているかなと思うと、麻美の言いたいこと

もわかるような気がした。以来、桃子は「複雑」という言葉を思い浮

かべるとき、ずっと前に見た、あの線の絡み合ったワイヤーの男を思

い浮かべるようになった。複雑は、「複雑」と口から離れて空気中に

飛び出したとたん、シンプルに理解できるものなのかもしれない。す

ると、このシンプルに美しいドレスこそ、複雑な何かがあるのかも?

これを身にまとい、目指す楽園ホテルで、ト音記号の曲線を描くよう

ならせん階段を上る自分を想像してみた。細くなりながら広がり始め

た裾に細かなしわの作り出す曲線の波を寄せては返しながら、優美と

か、エレガントとか、上品とか、そんな言葉をらせん階段のヘアピン

カーブにまき散らし、上って行くのだろうか。


 桃子はヤシの木と寝椅子と大きな天蓋ベッドのある楽園ホテルの小

さな額縁の横で、不思議にもいつも正確な時を刻んでいる、アンティ

ークな掛け時計をちらっと見た。午後7時15分だった。今年もこの

時を待って、桃子はきちんと計画を立てて丁寧に準備をしていた。で

も、そろそろすてきなお茶でも飲みたい気分だった。しかし、貴重な

サテンのドレスの上にほんの小さな1点でもしみに見えるようなもの

をこぼしてしまうようなことがあれば、いや、そんな想像をすること

すら、めまいを感じて、はらはらとそこに座り込んでしまう自分自身

の幻想を同時に見た。


 外のセミもようやく眠くなったのか、静かになった。「しゅうしゅ

う」という水滴の音に耳を満たしながら、桃子はまた楽園ホテルのら

せん階段を上りきった先から想像してみた。



           



 ちょっと汗ばむような外廊下に出ると、鬱蒼とした緑の葉っぱの湿

った匂いに不安と期待を寄せながら、廊下の先にある秘密の情景に、

一歩一歩、期待と裾のしわを寄せては返しながら歩いた。緑に覆われ

た廊下の先を左に曲がるとドアの向こうに広々としたホワイエのよう

な場所と、その先にはブルーとホワイトのベッドルームが桃子を待っ

ていた。白く冷たい床の上には大きなベッドが中央に置かれて、天井

からは半円を描く天蓋から、短いブルーのシフォンレースが下がり、

木をらせんに削ったヘッドボードの先端に引っかけるようにブルーシ

フォンのレースカーテンはドレスのベールのように長く床まで届いて

いた。


 ヘッドボードの壁は太いネイビーブルーのストライプで、その色は

開け放たれた窓から見える海の色よりはかなり濃い青だった。ベッド

の足元に置かれた、やはりくるくるとらせんを巻いた脚を持つ小さな

テーブルの上では、熱気で一気に開いた薄黄色いユリの花が濃紺の花

瓶の中で咲き誇っていた。ベッドの上にはメロン色と水色の枕、ブル

ーのテープを四角に縫い付けた大きな背もたれの枕は桃子の頭と肩を

待っているようだった。さらに葉っぱの絵を小ぶりな体いっぱいに描

いたクッションも3個、少し、斜(はす)を向いて並んでいた。いつ

の間にか、裸足になっていた。



           



 桃子は、サテンのドレスに薄い綿のカバーをかぶせて、ハンガーの

一番手前に掛けると、じっと待った。


 「こんばんは~」女性は軽く息を切らして店の中に入って来た。

「ああ、いらっしゃいませ」「お待たせしちゃってすみません!」

「いえ、いえ、いつもの時間通りですよ」桃子は、カバーの掛けられ

たサテンのドレスを取りに来た女性に手渡した。「これで5度目、で

すね」「ええ、でも、いつも新品みたいに仕上げていただくから5年

目も着れるんですよ」「それでは、お気をつけて行ってらっしゃい」

「ええ、ありがとう」そう言うとプレスのきいたドレスを品よく肩に

掛けて女性は帰って行った。



             



 桃子はまた5度目の想像の旅に戻った。次は裸足のまま、窓の外の

芝生の庭に出て、パラソルの下で遠くの海を見渡しながらゆっくりく

つろぐとしようか?それとも、ベランダに出て、そこから森を眺める

のが先かな~。桃子は贅沢な悩みに、シンプルな答えを出した。


 「あと、10分、迷いながら、座っていよう!」クリーニング店の

カウンターの木の椅子は迷うにはちょっと硬い座り心地ではあったけ

れど。




             





                                                   
 新番組「AAA」始りました。ご期待なく、お読みくだされば幸いでございます。


  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  なお、「リサコラム」は変わらず、毎週月曜日連載です。




バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

(Amazon、書店では1,500円で販売しています。)

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,800円にてお届けいたします。  
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
    お申込はこちら→「Contact Us」           
                          

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.