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リサコラム
連載331回
      本日のオードブル

HOTELS


第3回


ホテル・カルロス


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)は
2012年12月で6刷)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト
、クリス・岡崎、他たくさん。



ドアの向こうはラウンジのホワイエ、前室のようです。
縦長の窓は3つ正面にあり、それぞれ、天井から
デコレーションのバランスカーテンがついています。
曲線のデザインのブルーの生地に濃いめのブルーの
テープが2本縫い付けています。
花のカーテンはクールなブルーとグリーンの2色使い。
シャンデリアは紫のストライプのシェードの6灯です。
壁はオレンジとレモンの中間色と下はハーブグリーン。
作り付けの壁なので、ガラスの入ったニッチ風の棚に
なっています。手前のホワイエの絨毯はグレーに
草色のとがった葉っぱ柄が点々としております。
象眼のテーブルは、特注品かと思います。
その上に果物を載せた足付きのプレート。
ラウンジは少ししか写っていませんが、赤いストライプの
一人掛けのソファですね。開けた窓からバルコニーが
見えます。周りには建物なし。ムラになったラベンダー色の
絨毯が敷かれています。サイドテーブルにランプ1台。
見たところはそんな感じのようです。
名前はホテル・カルロス、
う~ん、どこがやっているのか、未だに謎のホテルです。

 
      
  






ホテル・カルロス




「おかえりなさいませ」若いバトラーはクールミントのタブレットを

口にくわえたようなすがすがしい笑顔で微笑んだ。




           



 「お久ぶりね。カルロス!今日はあなたが出迎えてくれるなんて。

うれしいわ!」「お元気そうですね」

 ほどほどに長い毛足の絨毯の上にパンプスを乗せると一日の汚れた

感覚も吸い取られるようで、1歩ごとに気分はラグジュアリーモード

に変わる。



           



 カルロスはソファをすすめ、おしぼりを私の手の中に落した。「最

近はお忙しいようですね」私はこの小高い場所にやって来て、このラ

ウンジでひと時、夜景を見ながらお酒を飲む。これ以上の安らぎも癒

しもリラクゼーションも今は考えられない。「ええ」と言った後、た

め息をその後の言葉の代わりにした。


 ラウンジのバトラーは3人。みんなかなり若い。最近はその3人の

個性もはっきりしてきたように思える。カルロスは、ボサ・ノヴァの

帝王、アントニオ・カルロス・ジョビン好きからつけたあだ名らしい

が、何から何まで徹底する繊細なバトラーに成長しつつある。そして

3人の中で一番若く、一番のセンスの持ち主である。


 「どうぞ、ごゆっくり」すっとコースターの上に出されたオレンジ

ジュースベースのカクテルをちらっと見て目を上げ、私は、「あ」だ

けを少し強めに、「りがとう」ほとんど消えるような小声で、「あり

がとう」を言った。決して「ございます」をつけてはいけない。「あ

りがとう」とだけ言う。淑女はそういうものなのだ。ソファにドカッ

と座り、常連風の態度を取るのも実に下品なふるまいだと自分に言

い聞かせて来た。さりげなく、控え目に、上品に。これこそ愛される

常連と言うものだ。私は組みかけた脚を我慢して、斜め前に出した。



           



 
BGMはもちろんカルロス・ジョビン。私は、2人のカルロスの醸

し出すニュアンスと音とカクテルに酔い始め、意識の底にはシリアル

にどろりとしたチョコレートクリームをたっぷりかけたカルロス・ジ

ョビンがスプーンでかき混ぜている映像が映り込んでいた。ジャズの

どろりと黒いリズムにさくさくさしたサンバのリズム。チョコレート

クリームとシリアルは混ざらないようで、そのうち適度に混ざり合い

魅惑のチョコレートコーティングしたシリアルチョコになる。


 カルロスのボサ・ノヴァのリズム、これ、これなのよねぇ~ああ、

なんて心地いい~。ひと時、カルロス・ジョビンに酔い、そしてカク

テルに酔う。だんだんと、ヒールを脱いでソファに横座りしたいモー

ドになってはきたももの、まだこらえられた。



           



 ラウンジの壁はバレンシアオレンジとレモンをミックスさせたよう

なイタリアンカラーで作り付けの家具になっている。それに象嵌のイ

タリア製のコンソールの上には赤紫色にぷりぷりと熟れたぶどう、丸

々と太ったオレンジにバナナの房。銀器の足つき台に乗せられると、

そのバナナも、1本、ぽきっと折って食べながら、ボサ・ノヴァのリ

ズムに乗って、踊り出したくなる。



 ああ、なんて心をわしづかみにする素敵なリズム!私は目をつぶっ

た。そしてこれまでの必死に働き続けた仕事人生を思った。


 自営を会社組織にし、数人の部下も雇った。朝から晩までたゆまず

働き続けて、一日の最後、こうしてほんのひと時このラウンジの中で

一日を整理する。もしもこのひと時がなければ
私は想像すまいと

思った。しかし、目の奥にはすでに映像は写しだされた。髪の毛を振

り乱して、散らかった生活空間の中で、虚ろな目をして日々を生きる

だけの私。どうせ人生はこんなものだからと、あきらめを達観とを勘

違いして。


 「おかわりをお持ちしましょうか?」本日の美男のバトラー、カル

ロス君は、上機嫌な顔を作るのがほんとにうまい。「ええ、そうね。

それじゃあ~」「バナナ&クリームの新作カクテルなんてどうでしょ

う?最後にチョコチップを少しトッピングしたファニーなカクテルで

す」「それ、それ、よく私の好み、わかるわね~」カルロスはにやっ

と笑いながら、「もちろんです、マダム」とだけ言うと、空いたグラ

スをすっと引いた。「すぐにお持ちいたします。甘さをおさえてあり

ますから、お食事に影響しないと思いますよ」と言うとスマートに立

ち去った。



          



 バルコニーの窓は開け放たれ、ようやく春の予感をさせるようにな

ったやわらかな空気の中、今日最後の飛行機は点滅を体に巻いて私の

上を飛び去った。それもおさまると、部屋は静まりかえった。ソファ

に深く腰を掛けてほお杖をつくと、テレビのモニターの方に体を向け

た。今日からアガサ・クリスティのミス・マープルをやるはずだ。


 バナナ&クリームの2層のカクテルにさらにチョコチップのトッピ

ングね~、甘さを抑えた大人の女の味、ああ、いいわ~。実に今日の

気分ね~。テレビは、ミス・マープルの美しい田舎街ではなく、代わ

りに散らかったがらくたや、印刷の文字にあふれた物のひしめく汚い

台所の風景を写しだしていた。自分の畑で採れた野菜を調理する主婦

は汚れたまな板で野菜を手早く切ってそれを鍋に入れた。私はすぐに

スイッチを切った。散らかった台所。テーブルいっぱいに広がったよ

く目にする日本のダイニングキッチンの風景、私は見たくなかった。


 ようやくカルロスはお盆を持ってやって来た。カラのお盆を。「あ

ら?バナナ
&クリームは?」「今日はもう、おしまい」「え?何を言

っているの、ちゃんとバイト代、払ってるじゃないの!」私は自宅の

ラウンジで自分を見失い、今、また見出していた。



           



 私は1年前、自宅のリビングをヨーロピアンな洒落たホテルのラウ

ンジ風に改造した。そして、仕事が終わると、毎晩このホワイエから

このラウンジに入る。納屋を改造したクローゼットルームで農作業の

作業着からスーツに着替えたあとに。改造と同時に高校生と大学生の

3人の息子はバトラー修業のために、私のバトラーとしてアルバイト

をさせ始めた。それも1年になる。


 「僕もお母さんと同じように米とか野菜を作るほうが合ってると思

う。それにバトラーも楽じゃないし、される方はいいけどする方は

...」私は息子の考えの甘さに愕然とすると同時に自分のバトラーを

失うような気持ちにかられ拒絶した。私は農家に生まれ、自他ともに

認める“百姓人生”を過ごして来た。しかし24時間同じ肩書で過ご

すこともないことに気づいてから、一日の終わりにこのラウンジでパ

ンプスを履いたエグゼクティブとして過ごすようになった。それから

私の人生はこのバナナ&クリームのように2層の味わいを持つように

なった。


 私はよく考え、深くため息をついてから言った。「考えているほど

農作業は簡単なものじゃないのよ。でも、こうしましょう。週2日は

私もあなたのバトラーになるから、一緒に仕事をやってみなさい」


 それから私は息子に農業の仕事を手伝わせて百姓とエグゼクティブ

にさらにバトラーも始めた。私のカクテル人生はチョコチップもトッ

ピングされた3層になった。




           







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  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日更新連載です。

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どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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