エディソン・ルーム
「ドア、しゃべるの?いったい、なに、これ?」しかし、「ダサいとセンスは紙
一重」とドアがしゃべった後は、無言になった。
人間じゃないけど、こいつは油断ならないという気持ちがふと起きた。もしや、
閉めたら最後、出れないってことはないよね。

「ちょっと待って!」ドアに体当たりしたがドアは開かない。私は預けた荷物
の中にケイタイをしまっていたことを思い出した。「え~、どこ?どこ?」ケンが
お部屋に入れておきますといったはずの私のスーツケースは見当たらない。私はド
アのハートをそっと触ってみた。見かけよりふんわりしていて、それ以上意地悪す
る能力はなさそうだ。こんな時、数多くのへまや、失敗を重ねてきたこれまで人生
経験から、初心に帰ることにした。
そうだ。それだ!「ラブラブ・ニース、ラブラブ・ニース」呪文を聞くと沈黙の
ドアはすーと音もなく開いた。「すっばらしいじゃないのよ~!」私はハートを撫
でから、置かれてあったオレンジ色の新品のスリッパに新居への第一歩を通した。

「伝言があります」「は?」私は振り向いた。なに?これは進化したインターフ
ォンなの?でも、伝言ハート君はそう言ったきり、またもや沈黙を守った。「ああ
そうか」私は例の呪文を唱えた。「ラブラブ・ニース、ラブラブ・ニース」「お荷
物は、玄関横のクロークに入れて置きました」ケンの声だった。なるほど、すてき
なシステムになっているじゃないの!私はスーツケースを確認した。「伝言です」
ハートの伝言君が言うと間髪入れず、「ラブラブ・ニース、ラブラブ・ニース」と
早口でまくしたてた。
「お帰りなさい。サチ子です。無事にこのお部屋に入れたようで、おめでとう。
そして、ようこそ、私たちの下宿La Vie en Roseへ。置いてあるものはすべてカナ
子さんの好きに使っていただいて結構です。ただし大事に使ってくださいね。ここ
は特別仕様の部屋なのですから。それでは、仲良く、楽しくLa Vie en Roseを!」
すぐに伝言ハート君は「伝言です」といった。「はいはい。『ラブラブ・ニース、
ラブラブ・ニース』」これからもそのたびごとにこれを繰り返さなくてはならな
いのだろうか?私は玄関先から動けず、その場でしゃがみこんだ。

「はじめまして。私は以前、この部屋を使っていたニース村の住人です。仮称、
ハナコと言います。このハートドアを開発しましたのは私、ハナコです。まだここ
が『にいつ』と呼ばれていた頃から3年間住んでいました。きっとあなたも当時の
私と同じように左遷されたと思っていたんじゃありませんか?」私はもちろんギク
ッとした。「でも実は、ほとんど知られてはいないけれど、すごい村なのです。い
や、どちらかと言えば、独立小国みたいな村と言えばぴったりだと思います。小さ
いけれど、たくさんの隠れ技術者や芸術家を支援している村なのです。正確には自
立支援というものです。ここでは一般常識的な考え方をしない人たちもたくさんい
て、みんなにチャンスがあります。がんばれば、デザインや技術を村が買い取って
くれるからです。それを村や、世界中の姉妹町村で協力して商品化し、さらにプレ
ミアムを付けて販売に協力する体制もできているからなのです。だから、ここは即
世界につながっているとも言えます」へ~、そうなんだ~。左遷仲間に言われると
なんだかとても信憑性ある~。

「でも、ここでは、「ダサい」は敬遠されます。ダサい=意欲や思慮のない人だ
とみなされるからです」私はまた、ギクッとした。「ダサい」はちょっと努力すれ
ば、センスあることになるのに、そのちょっとをやらない人と思われるからです。
ここニースでは「ダサい」は、とても広義の意味を持っていて、人に対しても、思
いやりのない行為や言葉も「ダサい」と言われます。つまり、ダサイと条例に違反
する場合もあるのです」私はちょっと不安になってきた。「でも、ご安心を。あな
たもすぐにユニークで面白い人たちの仲間入りをするでしょうから。あなたは優秀
な成績を納めて、会社からも期待をされた人物のはずなのですから。この特別室に
入る権利を得たあなたは『選ばれた人』なのですから」え~『選ばれた人』なの?
このわ・た・し・が?「ここは通称、エディソン・ルームと言われています。私の
前からいろいろな人が工夫を凝らしてデラックスホテル並みのインテリアに仕上げ
られたもので、…」

ここまで聞いて伝言ハート君に「ストップ!」というと、部屋の中に飛んで行っ
た。すぐに左にフレンチ窓のような扉があり、すでに開いていた。そこはガラスで
仕切られた6畳ほどのバスルーム。外の中庭に向けて、ガラス窓が天井から切られ
ていた。ガラスで仕切られたシャワーブースにはきっと最新式だろうレインシャワ
ーが!さらにスマートに直立したバスローブがハンガーに掛けられている。まぶし
いくらいの白い洗面台。その下のチョコレート色の棚には真っ白いバスタオルとス
リッパ。そのどちらにも、そう、ニース産の証し、“赤いハート”の刺繍。床の上
にもバラの花の鉢植え。その花びらはひんやりした清潔なダークネイビーと白の市
松の床の上に、“はらり”と落ちかかっている。

あたりには「バラの香り、香り、香り~ハッピー、ハッピー~、ハッピー、ラ・
ビ・アン・ローズ~選ばれた人、選ばれた人、選ばれた人ぉ~」

私の声はフレンチなホテルのバスルームで“バラ色”にこだました。

*p.s. 絵を見たラ・フランス店長は、「おっ!得意の市松!」。
市松の床にする理由:1.線を引くのがめんどうだから。
2.色を塗るのにめんどうだから。
3.それ以上に、イラストの下手さをカバーしてくれるから。
*イラストもストーリーも実在の場所などとは関係ありません。
*上のイラストから「リサコラムの部屋」へ入れます。
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