MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載478回
      本日のオードブル

私が目覚める場所

第6話

習慣」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


白い
カーテン、
白いベッドスプレッド、
白いベッドリネン、白いソファ
白いタオル、
白い制服、白い手袋、
白いテーブルクロス白いナプキン、
白はすぐに汚れが目立つそれだから
わざわざ白を使っているのだと知った時、
白はホスピタリティを表す色だと知りました。
白が好きになったのはそれからだと思います。


 
      
  





      

第6話 「習慣」


 

「それはまだ私が幼かった頃のことです。ある夏の終わり、ずっと忙しく働いてい

る母が父を置いて一人っ子の私を旅行に連れて行ってくれたことがありました。長い

時間飛行機に乗った後、とても混雑した空港から車に乗り、夜遅くホテルに着きまし

た。


             


 当時の私には白い手袋と金のボタンのついた白い制服のドアマンがドアを開けて私

たち二人を中に案内したことも、きらめくシャンデリアの下で楽団の演奏する音楽に

聴き入っているドレスアップした人々の幸せそうな雰囲気も、その間を通り抜けてふ

かふかの螺旋階段をゆっくり上たことも、何も憶えてはいません。


             


 しかし、間違いなく、きらきら光るエレベーターに乗って部屋に入り、また白い手

袋の白い制服に金ボタンのスタッフがやって来て、「ようこそいらっしゃいました。

私たちの家へ」のようなハートウォーミングなセリフと一緒に引出しにフルーツやチ

ョコレートの入った箱を置いて行ったことでしょう。ふかふかの白いタオルがうず高

く積み重ねてあるバスルームもスワンの首から水が流れ出る洗面室も猫足のバスタブ

もきっとそこにはあったはずなのに、ほんとうに残念なことに全く憶えていません。

それは、私の唯一の楽しみが、そのホテルの楕円のすてきなプールで泳ぐことだった

からです。


             


 母は夕方のお茶の時間になるとそのプールに私を連れて行ってくれました。その時

間帯はなぜか誰も泳いでいる人がいなくて、私はひとりでプールを占領できることが

何よりうれしかったのです。私の細い両腕と両足首には小さな浮き輪が付けられまし

た。そして私が大きな楕円のプールの縁に沿って足と腕を動かすと水はちゃぱちゃぱ

と音を立てて歩くよりは幾分遅い程度に前に進みました。その優越感のような気分が

何よりうれしかったのです。そのカメのような行進に沿って、いつの間にか白い服に

金色のボタンのスタッフが横に居たことがあったのです。私の進む方向にずっと見張

りでもするかのように付いて行っていました。


             


 「大丈夫よ」と私は言ったのですが、相手は全く聞こえていなように、にこにこし

ながら、ずっと数歩前を腰を屈めながら歩いてついていました。私はにらみつけまし

た。すると逆にもっとにこにこしながら、私を先導するようについて歩くのです。


「あっち行ってよ~」私はそんな乱暴な言い方をしたにもかかわらず、金ボタンのス

タッフはぜんぜん動じることなく、相変わらず腰を屈めて私の少し前を行くのです。

「もう、いいから、あっち~」私は手で向こうを指し示しても私のしゃべる言葉が理

解できないようなのです。私と違う言葉を話す人間なのだということがやっとわかっ

た時、私は自分の意志を伝えるすべがなくなりました。私はプールサイドでお茶を飲

みながら無心に本を読んでいる母に手を振ろうとしましたが、気づくわけはなく、私

は最後の手段にでました。


           


 この国の大人の女の人が言っていた言葉を真似て手をばたつかせて、「オーラララ

ララ」と声を出しながら、水にもぐりました。すると、なんと、金ボタンのスタッフ

は服のままいきなりプールにドボンと飛び込んで私を抱えてプールから上がったので

す。私の周りに大きな顔がいくつもやって来て、私は生まれたての赤ちゃんのように

タオルにくるまれてプールサイドのデッキチェアの上に寝かされました。母は飛んで

やって来ると、私の顔をじっと見て、「いい加減にしなさい」と言って無理やり手を

引いて、部屋に連れ帰ったのです。母には私のいたずらも、うそもいつも全部お見通

しでした。そしてその日から私は大好きなそのホテルのプールには入ることが出来な

くなったのです。私は母に涙を流しながら、もうこんないたずらはしないからプール

に入らせてと頼んでも、母は全く聞き入れませんでした。


             


 そのホテルの私たちの泊まっていた部屋は3部屋あり、私の小さなベッドがある部

屋は屋根が傾斜している部屋で母の寝室とは別でした。そして仕切り壁の向こうがベ

ランダ付きのリビングになっていました。母の寝室は天井から刺繍編みになったカー

テンがかけられていて、その下に大きなベッドがありました。ベッドの横からも小さ

なバルコニーに出る窓があり、窓の外には植木鉢が並んでいました。子供の頃から変

わっていると思っていた母はホテルでも家でも、髪の毛やほこりを取ってからシーツ

を手で伸ばすように平らにしてからでないと、部屋から外に出てはいけないと言い、

それを絶対に守らされました。


             


 そしてそのホテルでは、母はひとりで何度か出かけました。そんな時は必ず私のそ

ばにはベビーシッターが付いていました。私は椅子に座らされて、絵本を見せられな

がら、わけのわからない言葉にじっと耳を傾けなくてはなりませんでした。それは長

い苦痛の時間でした。後でわかったことですが、そのホテルには羽のついた女の人が

エンブレムになっている車が何台かあって、母はめったに乗れない車なのよといい、

何度かその車に乗って街をぐるっと回るドライブや買い物に出かけていたようです。


             


 夕方、お買いものドライブから戻ってくると、母は買って来た服を出してハンガー

につるし、また次の日にはお買いものドライブに行っては服をハンガーに吊るし、し

かし、一度もそんな服を着てレストランに行くことはなかったのです。


 そして晩ごはんには手をつないで外に出かけました。そして外のテーブルでにぎわ

っているレストランを一軒ずつ回りました。いつも隣のテーブルをきょろきょろしな

がら適当に料理を注文して、おなか一杯食べると、船がぷかぷかと浮いている川沿い

の道を散歩しながらホテルまで帰ったのです。


             


 夜の街はやたらといろんなものがきらきらと光っていて、そして、ホテルに帰り着

くと白い手袋のドアマンがドアを開け、そこでバイオリンを弾いている人たちに「こ

んばんは」の挨拶をして部屋に戻りました。そして10日間くらい、そんな風に過ご

している内、私は最初何を言っているのかわからなかったベビーシッターとちょっと

会話もできるようになっていました。


             


 どのくらいそこにいたのかは覚えていませんが、その後大きなトランクを買って、

母の買った服をどんどん詰めて車に乗って、飛行機に乗って帰ったのだと思います。

しかし、私はもう二度とプールで泳げなかったことが何より悲しく辛かったのです。

その苦い思い出が煌びやかなものも、美しいものも、洗練も上品なおもてなしも全部

を隠してしまっていました。今でも金ボタンに白い制服を見るとその時のもったいな

かった私の時間を思い出します。


             


 それから後、厳しくも変わった母から離れて学生寮に入ることができた時、天国の

ように自由で素敵な場所に行けると思ったものです。しかし、現実は全く天国ではあ

りませんでした。そして社会人となり、親となった今、その幼い頃の体験は人生の中


で一つの最良の時だったのかもしれないと思います。さまざまな非日常のハイソなシ

ーンを具体的に憶えてはいなくても、きっと私の中で何かの種子となり、実をつけて

いるはずだと思っています。


             


 私自身、2人の子供の親になり、仕事と家事と育児で毎日が100m走を走ってい

るような十数年間を経て、今一度、違った価値基準で生きてみたいと思ったのです。


             


 私が誇れる小さな小さな習慣は朝起きる前にシーツに粘着ローラーを転がし、おふ

とんを半分に折って湿気を飛ばして、出かける前にベッドメイクをして出かけること

です。この母の教えは呼吸するくらいに自然な習慣になっています。


             


 私に出来ることは数少ないかも知れませんが、母が幼児の頃から私に教え込んで来

たよい習慣と体験とその後の私の人生経験で得た様々な習慣を活かせるこの仕事で他

のどなたかのお役に立てたらと思い、応募しました」


             


 私は「体験と習慣」という題の小論文でそのような文章を書いて、晴れて憧れの高

級ホテルのハウスキーピング部門のスタッフに採用されました。人生の最良の時は私

に第2の幕を開けさせてくれたようです。




   



   
*上のイラスト及び写真から「リサコラムの部屋」へ入れます。
    こちらも人気のページです。ご愛読に感謝致します。
  
   *「リサコラムの部屋」は10最後に0の付く日の連載です。


P.S.2
    実話ではありませんが、サービス業に限らず、仕事に携わることは、
   まずは健康。そして精神的に安定していること。その上でさまざまな経験を経ることが
   前提になりますね。その中でかたち作られてゆくものが習慣ではないかと思います。



P.S.3
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   リゾートとは何かについてこれも真剣勝負で書いたものですから、
   インテリアだけの本ではなく、難しい部類のコラムに入ると思います。
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                      



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
    お申込はこちら→「Contact Us」           
                          

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.