MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載480回
      本日のオードブル

私が目覚める場所

第8話

「うたたね」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


ホテルの
雰囲気を
思い出すとき、
いつもあたたかで静かで
ほんわりししてすこやかで
人のぬくもりを思い浮かべます。
でも
そこから
一歩外に出たら
もう、そのあたたかさも
ぬくもりも静けさも清潔でぴったりした
感覚も全部自分のものでなくなるのです。
それはあまりにさびしい瞬間に感じたのです。
私の部屋は「いつもの部屋」のあのホテルの部屋を
真似て作りました。
いかかが?
うたたねするに
絶好ではないかしら?


 
      
  





      

第8話 「うたたね」



 頭の上から何かがぶら下がっているような気がして、手で振り払おうとしてもどう

しても振り払えない。萌子はガクンという自分の立てた衝撃でそんな奇妙な夢から覚

めた。


             


 膝の上に乗せていた彼女のカバンは電車の床の上に落ちて、そのせいで支えを失っ

た萌子は前のめりに椅子から転げ落ちる寸前のところだった。顔を上げると満員の

はずの電車の窓から向こうのビルが見える。


             


 「あれ?もしかして..」萌子はおろおろした。斜め前方に観覧車が見える。「あ

あ、どうしよう!」時計を見ると短針と長針がほぼ重なっている。「ということはあ

15分で9時?」「ここは、え~と」観覧車がある場所がどこかを思い出そうと

した。ぼんやりと霧がかかった頭でも大体の検討はついた。ショッピングモールのあ

る場所だから、7,8駅はもう行き過ぎてしまったらしい。これは当然とてもまずいこ

とになったと萌子は思った。


 次なる早急な手段は、①反対ホームに走って電車を待つ。時間はおよそ8分。②い

つもの駅まで8駅あるとして16分、ロスタイムを勘案してそこまで30分。③駅から自

分の職場のデスク迄、タクシーを使い、およそ10分。トータル40分。始業時間をお

よそ25分から30分オーバーする。部長が席に着く前に引き返せない。萌子は自分の

机の前に座る同期の優実の顔を真っ先に思い浮かべた。電車の遅延を理由にするのは

今日は無理。病欠にするか、あるいはあえて午後から出勤するか、観覧車は真横に来

た。とにかく降りよう思った。


             


 萌子はたかが1日という言葉を信じられない環境にいた。日々戦々恐々とした空気

が漂う職場では、たかが1日は小さくないつけとなってその後の萌子に影響を及ぼす

ことになるのはよくわかっている。


 萌子は人の流れの中に飲み込まれるように改札に向かう自分を想像してみた。すぐ

にケイタイを手に取って一番信頼のおける優実に電話をするだろう。「実は電車、乗

り越してしまって、ほんとうに申し訳ないけれど、今日は休みにしてもらえないかし

ら?」と。彼女になら恥ずかしいけれどほんとうのことが言えるだろう。しかし、急

ぎの仕事だけは代わってもらうしかない。あとで彼女にカフェでお茶とお菓子か、ラ

ンチをごちそうすればいいだろうけれど、そんな感じで同期の優実に借りをつくるの

もなんだか嫌な感じがした。きっと簡単なのはシンプルに病欠にすることだろう。し

かし、未だかつて病欠したことのない萌子が何かの病気だと言えば、後々みんなに心

配をかけるかもしれない。そんなウソで心配をかけたところでプラスになることはな

い。みんなそれぞれにたくさんの仕事を抱えていて、他のスタッフの心配をする余裕

などないのもよくわかっているから。あるいはいっそのこと無断欠勤してみるか?し

かし、その後はどうなるだろう?おそらく短気な部長はすぐに自分の代わりを探すし

かないと判断するだろう。


             


 萌子は窓の外からさえない空と見慣れないけれど代わり映えしない風景を眺めた。

天気は薄曇り。グレーのぶ厚い雲がきっとあと数時間後にはのしかかっって来るだろ

う。いちかばちか、電話に出たスタッフの声色で出方を決めようか。そこまで思うと

萌子は持っていたバッグをまた膝の上に乗せて肘を置いた。「これから、ショッピン

グモールで買い物でもするかな?子供の時以来の観覧車に乗るっていうのも、こんな

時の気晴らしにいいかも」そんなことを思いながら車内の出口に立った。


 ショッピング街の広告がすぐに目に入った。その横にスタイリッシュな結婚式の広

告を掲げたホテルの宣伝文句。新しくできたホテルらしい。海を見渡すチャペルに白

いウエディングドレスの新婦。窓から射し込む朝の光で燦々と輝いている白い部屋。

萌子は、もうどうでもなるようになれという半ば投げやりな気分に半分足を突っ込ん

で、開き直った人間の気分を味わっていた。「きっと連日の残業で疲れ切っているの

よ、それってそんなに悪い?それでも他のスタッフはみんなちゃんと出勤しているけ

どね


             


 萌子は電車を降りると、反対方向の電車に乗ることなく、改札を出た。そしてショ

ッピングモールの方にも行かず、白いホテルの方に歩いて行った。そししてタクシー

乗り場でゲストを待っているベルボーイの横を通り過ぎると、その瞬間にちらっとホ

テルのロビーを見た。それからまた引き返して、そのボーイに出来るだけ丁寧に、「

お茶を頂けるところはありますか?」と尋ねた。


 淡いグレーに金のモールを付けた帽子をかぶったボーイは待っていましたとばかり

にきびきびと、「はい。ございます。ご案内致しますので、どうぞこちらへ」と言っ

てぴんと伸びた姿勢のまま萌子を中に案内した。萌子はオールディダイニングの入口

でコートを預けて、まだ朝食の時間のゲストで半分席が埋まった中、中庭に面した清

々しく明るい席に案内された。


 東南の方角なのか、中庭は明るく冬の花パンジーがあたり一面段々に咲き誇ってい

る。それを清々しさと暖かに満たされた空間から眺める気分は普段ならもっと幸せか

もと、萌子は少し苦々しく思いながら両手の平でおしぼりを受け取った。


             


 ジャスミンのような香りが蒸気とともにふわっと鼻の周りに広がった。そのタオル

の温かさがまだ残る内にバラの芳香をあふれさせながらローズヒップのポットが運ば

れてきた。ガラスのカップから透明な赤い熱い液体を萌子は一口飲んで添えてある四

角なチョコレートをひとつ口に入れてみた。ベルベットのようなカカオの舌触り、ほ

のかな甘さ、しっとりと冷たい感触はローズヒップの酸味と極上のマッチングを見せ

て、萌子は「ふ~」とバラ色の溜息をついた。そしてケイタイを取り、「今日は申し

訳ないけれど、私のリフレッシュ休暇にさせてください」とだけ言った。


 電話口の優実は数秒沈黙した後で、少し笑いながら、「わかりました。それじゃ、

そのように」と言いい、「ゆっくり、リフレッシュしてね」と付け加えた。それから

萌子は本を広げ、30分程字面を追った。そしてテーブルで会計をする時、一番偉そ

うな男性のスタッフに狙いをつけて手を挙げた。


             


 「このホテルがとても気に入ってしまって、予約もなしに申し訳ありませんが、今

日、お部屋を取って頂くことはできますか?」と臆せずに尋ねた。男性スタッフはす

ぐにフロントに電話をつなぎ、萌子に部屋を取った。


 ダイニングルームを出た後、ホテルの地下のショッピング街に行き、ドラッグスト

アで必要なものを買いそろえると、フロントでチェックインした。


 あれから10数年経った今でも萌子はそのホテルを3か月に1度は利用する。すっか

りホテルスタッフとも顔なじみになって親しげに会話をするうちに「いつもの部屋」

が萌子に用意されるようになった。


             


 10数年前、萌子から始まったリフレッシュ休暇はそれから次第に社内全部に行き

渡り、その影響でオフィスの机までリフレッシュされた。終業時には机の上の雑多な

物がショベルカーで運び去ったみたいにまっさらになっていったのだから。驚きの効

果だと萌子以外はみんな思っていただろう。


             


 あれから数年後、萌子は結婚して、息子と3人郊外の高層マンションに越した。


             


 「ガタン」テーブルに当たる音で今朝も萌子は目が覚めた。晴れても曇っていても

リフレッシュ休暇の朝、大きく視界の開けた窓から遠くのビルの群れを見ながら萌子

は椅子の上でうたたねをする。




   



   
*上のイラスト及び写真から「リサコラムの部屋」へ入れます。
    こちらも人気のページです。ご愛読に感謝致します。
  
   *「リサコラムの部屋」は10最後に0の付く日の連載です。


P.S.1

    うたたねの気持ちよさは小春日和の今の季節。先日、縁側に敷く絨毯をお買いになった
  お客さまのお話を聞いていて、なんてきもちよいことだろうかと思いました。
  すてきなお客さまのすてきなお話しを聞けるとき癒しを感じます。


P.S.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   リゾートとは何かについてこれも真剣勝負で書いたものですから、
   インテリアだけの本ではなく、難しい部類のコラムに入ると思います。
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                      



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
    お申込はこちら→「Contact Us」           
                          

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.