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リサコラム
連載501回
      本日のオードブル

来のわたし
一番
きなかたち

第4話

「あるエンディング」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


アンの
部屋は
ドームの天井から
赤白のストライプの
シェードをかぶった
シャンデリアが下がっています。
白いゴブランのヘッドボード、
ジャガードのベッドスプレッド、
いちご色をした天蓋カーテンと
同じ色合いの壁に囲まれて
どう見ても幸せそうです。
しかし
本人は
そうは
思っていなかったのです。

 
      
  





       

第4話 「あるエンディング」


真夜中少し前、ひとりの脚本家がタイプライターから紙を引き抜くと、自分の

書いた文章を読み上げた。


               


 「アンはドーム型になった天井の天窓を見上げた。高い場所は5mはありそうだ。

その天窓の向こうから月夜が濃いブラウンの絨毯を照らし出している。

 ブラウンの絨毯の上で際立っているゴブラン織り白いヘッドを持つゴージャスな

ベッドはドームの壁から赤いピンク色の壁もろとも外に張り出すようにそっくり納

まっている。その囲まれた赤い正面の壁は、実はスライドドアになっていた。

 アンはそこからベランダに通じる窓に渡れることを実はひそかに知っていた。


               


 『こんな月夜の晩、外の世界はどうなっているのかしら?』アンはこんな明るい

夜にローマの人々はどんな風に過ごしているのだろうかと思いを巡らせていた。こ

の王宮に来る道すがら車中から見たカフェでコーヒーを飲み、手にアイスクリーム

を持ったまま歩いている人たちの楽しげな姿を繰り返し思い出すにつけ、『抜け出

すには、このベッドの奥の隠し窓しかない』とアンは覚悟を決めた。


 アンはお付きの従者たち人々がこの部屋を出て行った後、それを決行するなら、

それは今しかないと思った。明日はここ、ローマを立たねばならなかったからだ。


 アンは窓を伝ってベランダに出るとほろ付きの営業車の荷台に隠れ、とうとう、

王宮という監獄から逃避することに成功した。アンは車から降りると、街をそぞろ

歩いた。しかし実は眠る前に睡眠薬を飲まされていたアンはとうとう外のベンチで

眠ってしまう。それを新聞記者のブラッドリーが見つけて、二人はそこで出会うこ

とになる」そこで文章は終わっていた。


               


 脚本家は腕組みをし、椅子に背を持たせかけるとぎいときしむ音がした。その先

のストーリーは一部を除き、頭の中ではできていた。

 「ブラッドリーは王女とは知らずアンをしぶしぶ自分の家に連れてゆくことにな

る。だが、部屋はある程度きれいでなくちゃ王女の身分にはふさわしはあるまい。

それに観客の半分以上は女性だからインテリアのセンスも多少ある記者で掃除付き

の部屋という設定にしておこう。王女を招く部屋が汚い男の部屋じゃ、女性の受けが

悪いからね」脚本家はぶつぶつつぶやきながらまた新たな紙を差し込むとタイプラ

イターを勢いよくカタカタと打ち始めた。


               


 「まず一国の王女が、いかに世間知らずとはいえ見知らぬ男性の部屋に泊まるこ

とはよほど異例なことだから、相当に破天荒な人物像にしなくてはならない。

 そしてその翌朝の朝刊で、新聞記者のブラッドリーは公式訪問でローマを訪れてい

る王女が実は自分の部屋に偶然にもいることを知る。彼は非常に仰天すると同時に

早速一攫千金を狙おうと友人のカメラマンのパパラッチに持ちかける。

 それからドラマは急展開する。王女は誰にも自分と悟られることなく、ローマで

一日羽を伸ばす自由を手に入れる。そして、ローマのアピールを兼ねた観光名所を

巡ってドタバタ喜劇を展開させる。そしていよいよ、ストーリーは最終局目へ向う。

きっと世界中の人々が未知の美しいローマという世界に好奇の目を向けるだろう」

脚本家のタイプライターは忙しく動いた。「さて、お待ちかねの、そして、お決まり

のラブロマンスと


               


 タイプライターの音は止んだ。しばらくすると時計はボ~ンと振り子を1回鳴らし

その後に、静寂が舞い戻って来た。


                


 「王女は記者会見場でも、その能天気な性質を見せなくてはならない。それは靴

で表すか?ガラスの靴を履いた王女にすればどうだろうか、そしてガラスの靴を片

方落とす」脚本家はそんな場面を想像した。「いや、いくらなんでも、そんなチ

ャチな演出は不要だね」そう言うと自分自身をふんと鼻で笑った。しばらくじっと

考え込んでいたが、椅子を立つとコーヒーを沸かすために小さなキッチンに入った。


               


 「一攫千金を狙う記者か?まあ、身分の異なる恋愛の始まりにはごく自然な反応

だね。王女と新聞記者の逆シンデレラストーリーだしね」


               


 やかんがかたかたと音をたてはじめた。脚本家は戸棚からインスタントコーヒー

の瓶を取り出すと瓶の底にやっと一杯分程のごくわずかに残るコーヒーの粉をカッ

プに叩いて入れた。


               


 間違いなく観客の女性は王女に感情移入するだろう。そしてシンデレラ願望を密

かに内に秘めている女性たちが最高にわくわくする新聞記者との再会の瞬間はロー

プ越しの謁見場に設定しよう。そのエンディングの王女のセリフで映画の観客動員

数は決まるだろう。そして、新聞記者ブラッドリーとの受け答えでさらにこの映画

が不朽の名作になるか、3年後には語る人もいなくなる映画になるかが決まるだろ

う。これが一つ目の真実だ。もしもハッピーエンドにするなら、アメリカでは受け

がいいだろう。しかし、イタリアではどうか、フランス、ドイツではどうか?ハッ

ピーエンディングに慣れていないヨーロッパの人々は奇妙に思うか、あるいは軽ん

じるかもしれない。要はアメリカを取るか、ヨーロッパを取るかだな。

 そしてもう一つの真実はと言えばブラドリーが一攫千金を狙えるなら、この脚本

を書いている私だって一攫千金の映画を作れるということだ。そしてアカデミー賞

も転がってくるかもしれないってことだね....」


               


 脚本家はエンディングの持って行き方をコインで決めよう思った。表が出れば、

アメリア寄りのハッピーエンド、裏が出れば、ヨーロッパ寄りの涙を誘うエンディ

ング。どちらの場合もシンデレラストーリーが隠し味にあるのは事実だった。


                


 脚本家はマグカップから一口、熱いコーヒーをすすってから、左手でコインを投

げた。コインは想像以上に高く飛んだ。そして見事にマグカップの中に落下した。

脚本家はうめき声をあげた。夜中のメキシコでコーヒーを売っている店はない。そ

して懐は非常に寒かった。


               


 「ああ~、もう疲れた~人生にもね」脚本家はマグカップを見つめた。そして、

コーヒーをあきらめて机に戻ると、王女の記者会見が終わった後、無言で大理石の

ホールを歩き、ローマの平日に戻る記者の姿をタイプライターが打ち始めた。


               


 そのおよそ60年後まで「謎」と言われ続けることになるハッピーエンドでも、

悲壮感もないその有名なエンディングを書き終えると、脚本家はやっとささやかな

自由を感じた。アンのように。



    


   
*上のイラスト及び写真から「リサコラムの部屋」へ入れます。
    こちらも人気のページです。ご愛読に感謝致します。
  
   *「リサコラムの部屋」は毎月0の付く日の連載です。



P.S. 1 第2次世界大戦後にアメリカで行われた、共産主義者を公職から排除する、
  いわゆる、「赤狩り」が行われた頃、ハリウッドを追われ投獄された
  脚本家ダルトン・トランボのパロディを書いてみました。

   トランボは赤狩りによってハリウッドを追われたた「ハリウッドの10人」
  (ハリウッド・テン)と呼ばれた人のひとりでした。彼は 偽名で脚本を書き続け、
  そして友人イアン・マクレラン・ハンターの偽名で脚本を書いた作品の中の一つが、かの有名な
  「ローマの休日」だったのです。

   「ローマの休日」がアカデミー作品賞を受賞したとき、実はダルトン・トランボが書いたとは
  ほとんどの人は知らなかったと言います。彼の死後、それが明らかにされ、改めてダルトンの妻に
  オスカーが与えられたそうです。
   もしも、彼が貧窮の中で脚本を書くことを諦めていたら、世界中の人が知る、
  映画「ローマの休日」もなく、オードリー・ヘップバーンも今のようなオードリー・ヘップバーン
  ではなかったのかもしれません。
   偉大な人は偉大な一瞬の価値を知っていたのだと思いました。


    ミニミニエッセイ「リサコラム もの、こと、ほん」もご愛読ありがとうございます。
    ささやかなティブレイクになれば幸いでございます。


p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   リゾートとは何かについてこれも真剣勝負で書いたものですから、
   インテリアだけの本ではなく、難しい部類のコラムに入ると思います。
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
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