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リサコラム
連載502回
      本日のオードブル

来のわたし
一番
きなかたち

第5話

「アガサと
テレサの隠れ家」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


彼女は
駅の看板広告を見て
思った。
このホテル、私好みだわ!
石の床の色、紫陽花のカーテン、
ガラスのコンソール、
ブルーの壁、
草色のドア、
青いのドア、
その2重ドアの部屋。
ここでだれにも邪魔されずに
私という自分に戻るのよ。
そしていろんなトラブルからも。
それできっと私は生まれ変われる。


 
      
  





       

第5話 「アガサとテレサの隠れ家」



「ミス・ニール、今朝のお目覚めはいかがですか?」朝日がまぶしいダイニング

で朝刊を読んでいたテレサは両手に持った新聞をちらっと脇によけて、「ええ、よ

く眠れたわ」と言った。ボーイはそれを聞き、静かにお茶を注ぎ始めた。


             


 「温泉はお楽しみいただけましたでしょうか?」「そうね、そのおかげでずいぶ

ん心も体も楽になってきたみたい」「それはようございました」「ええ。ここは素

敵なところね。静かだし、私のお気入りよ」ニールと呼ばれたか細い雰囲気の女性

は、テレサ・ニールと言った。ボーイが「明日はとてもよいお天気になるそうでご

ざいます」と言うと。テレサは気乗りのしない声で「そうね、それはうれしいこと

ね」と小さく言った。



             


 テレサはハイソな人々で静かな社交場となっているこのホテルに今回で2度目の

投宿だった。しかし、今回は前回の宿泊とは全く事情が違っていた。最初にこのホ

テル知ったのは、ロンドンのとある駅でこの温泉保養地のホテルの広告を見たこと

だった。隠れ家にこの上ないロケーション、そして優雅で落ち着いたインテリア、

そしてホテル全体がミステリアスで個性的な魅力を醸し出しているセンスに興味を

持ったことだった。テレサはまずは下見を兼ねてひとりで行ってみようと思い立っ

たのだった。ここなら、愛人との密会に適しているかも知れないと。そしてすぐに

必要な物を買いそろえると、汽車に飛び乗ったのだった。ホテルに到着すると外観

の瀟洒な雰囲気とは趣を異にする優美で気品あるインテリアにほっと落ち着くよう

な安心感を得た。ここでは毎晩、常連の女性は着飾ってパートナーとダンスに興じ

ているから、テレサのようなわけありのカップルも少なくはないはずだと思った。

それにロンドンから離れた優雅な温泉保養地だから、万一の場合は療養のためにや

って来ているという言い訳もできそうだった。そんな微妙な人間関係を許容するお

おらかな雰囲気を感じ取ったのだった。「ここなら、愛人の妻に見つかることはあ

るまい」テレサはそんな確信を得た。


              


 しかしこの2度目の一人旅は愛人との密会のためではなく、愛人アーチボルト・

クリスティの要請を受けて自宅から逃げるようにやって来たのだった。文字通り隠

れるために。


             


 テレサは不安な気持ちを誰かと話すことで紛らわそうと暖炉の脇の肘掛椅子で編

み物をする高齢の女性の傍に座った。美しい目鼻立ちから若い頃は「絶世の」とも

てはやされていたのかもとテレサは思った。そのしなやかに交差する編み針は気品

の二文字を描きながら美しいニットを紡ぎ出している。テレサはつい、ひとり身の

気安さからその優しげな横顔に声をかけた。女性は、マープルと名乗った。


             


 マープルはキラキラ輝く目でテレサと挨拶を交わすと世間話を始めた。そのうち

常連客の噂話に発展して行った。そして10日前、見慣れない女性がひとりでやって

来たことを話し始めた。その人はもしかしたら、著名な人間ではないかということ

だった。


             


 「あなたよりちょっと年上の感じであなたみたいにほっそりした感じの明るいブ

ラウンの髪の女性よ。まだ、あなたは見かけてないかもしれないわね」ミス・マー

プルは不思議そうな顔つきのテレサに言った。そして、毛糸の入ったバッグから新

聞の切り抜きをそっと出して開いた。「その女性、この有名な作家にとてもよく似

ているの。あなた、ご存知よね、アガサ・クリスティを?」


             


 テレサはその途端、暖炉のそばに座っているにも関わらず体はがくがくと震えは

じめた。そして「ちょっと気分が」と言うなり、いきなり席を立ち、その場を立

ち去った。ミス・マープルは咄嗟の出来事にびっくりすると、しばらく考えていた

が、近くで待機していたボーイに編み針で合図を送った。すると演奏は最後のフレ

ーズを奏で始めた。そしてその夜、ミス・マープルの部屋に集まったボーイ、バン

ドマン、支配人の4人は、最後の契約を交わした。


             


 翌日の新聞の一面は、ミステリー作家、アガサ・クリスティの失踪事件の顛末が

すべての出来事を追い払っていた。11日前、崖下で発見されたもぬけの殻のアガサ

・クリスティの車が発見されてから、彼女の自殺、殺人の両面で始まった大捜査は

、さらにミステリアスを帯びた驚くべき顛末になったというものだった。それはそ

の本人がこのハロゲートにある、このホテルで元気な姿で見つかったからだった。

実はアガサは事件の翌日からこのホテルに“ナンシー・ニール”と言う偽名で投宿

していた。


             


 ミステリー好きのミス・マープルはアガサの顔を著書で知っていたらしいが、

「アガサが使った偽名の“ナンシー・ニール”は夫の愛人の“テレサ・ニール”か

ら思いついた名前で、私に話しかけてきたのはまさにその“テレサ・ニール”本人

で、アガサの夫の愛人だったなんてね。アガサは夫の愛人が選んだ隠れ家を突き止

めにやってきて、結局、同じホテルに泊まることになったんじゃないかしらと私は

踏んでいるんだけどね。アガサ本人はただ、駅の看板広告でこのホテルに興味を持

ってここにやって来ただけだと言っているらしいけれどね。その先はわからないわ

ね。でも考えてみたら同じ男性に惹かれる二人が、たとえ偶然だとしても、好みの

ホテルが似通ってくるのは自然なのかも知れないわね」ミス・マープルは3人前で自

慢の推理も働かせた。そして、3度目の会合が行われミス・マープルの部屋ではアガ

サ発見に掛けられた大金の懸賞金を山分けすることに署名していた4人の密かな乾杯

の儀式が執り行われた。


             


 その1926年の事件の後、アガサ・クリスティは“ミス・マープル”の名を新たな

女性の素人探偵としてこの世に送り出し、さらなる成功を収めたが、それらは偶然

の一致だったのかどうか、永遠に謎のまま残されることになった。




          


   
*上のイラスト及び写真から「リサコラムの部屋」へ入れます。
    こちらも人気のページです。ご愛読に感謝致します。
  
   *「リサコラムの部屋」は毎月0の付く日の連載です。

p.s.1

 その当時、初めて飛行機での捜査が行われた、人気推理作家アガサ・クリス

ティの失踪大推理ゲームは、多くの人々、そして他の推理作家も巻き込んだ大捜査

となりました。90年間、そして今も、なぜ、アガサ・クリスティは車の中に免許証

やスーツケースなどの所持品を車に残したままで崖から這い上がって、夜中、失踪

したのか。そして、最初の夫、アーチボルト・クリスティが公言したようにアガサ

は当時、記憶喪失になっていたのか、あるいは売名行為の計画的犯行なのか。テレ

サ・ニールとの不倫問題を含んだ家庭不和や仕事上のトラブル、母の死などアガサ

が逃れたかったものははっきりしているのに、単に逃避行だったと世間が片付けな

かった理由はアガサが決してその真相を語ることなくこの世を去ってしまったこと

によるのです。今はオールド・スワンホテルと呼ばれる同じ場所にあるこのホテル

は、アガサ・クリスティの逃避行で脚光を浴び、1926年12月3日のその事件の後、

アガサはますます有名になり、オールド・スワンホテルは今もその事件の名所とし

て語り継がれています。今回はアガサがそう、公言したように、テレサ・ニールも

同じように駅の看板広告につられて、「別の意味で」そのホテルを隠れ家に選んだ

という私なりの架空の推理で物語を作ってみました。隠れ家ホテルは自分を癒す場

所であることは今も昔も変わらないから、この事件は逃避行ができない普通の人々に

憧れとしてこれまでずっと語りつがれているのではないかと私は思います。


 逃避行ができないなら、自宅の中に鍵のかかった隠れ家ホテルルームを作る

という手段も一考です。



p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   実はこの中にもアガサ・クリスティの失踪事件のことを書いています。
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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