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リサコラム
連載772回
      本日のオードブル

パリのアパルトマンの絵

第9話

「プチットマドレーヌ現象」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




ブルー
グリーンに
白いアクセントの
のあるドアに金の取っ手。
緑のグラデーションカーテン
真四角の書斎で一人掛けの
鶯色の一人掛けソファに座り
物思いに耽る男性の手元には
ブラックティが置かれています




 







        

 第9話 「プチットマドレーヌ現象」




  

 数学者のアンリとは学生時代からの友人同士の友人として付き合いを

始めたのがきっかけだった。お互い、関心のあることが違うがために、

逆に、お互いが刺激を与え合いながら友人関係が続いている気がする。

それも、もう50年になるが、人生の岐路においては、度々、音信不通

になったりもした。しかし、その度に、不意になくしたと思っていたも

のを偶然引き出しの下から見つけた時のように付き合いが再開した。

そして5年前にはSNSを通じて、不定期ではあるが、また付き合いを

続けていた。


            


 
私はダイニングの椅子に腰かけて、問題のその絵を見ながら、先週、

アンリとブラッスリーで話したことをつらつらと思い出していた。日本

からホームステイでやって来た女性は何という名前だったのだろうか、

どんな目的でホームステイしようと思ったのか、どんな絵を描いていた

のか?写真帳もすべて処分して来た私にとって、40年も前のことを思

い出せというのが無理ではないか?一体どうやって記憶をたどることが

できるのか、私はじっと絵を見ながら意識の外の世界に入る方法を探

していた。


            


 
しばらくすると少しずつだが、40年前の記憶が朦朧と浮かび上がっ

てくるような気がした。当時、隣に住んでいた、今はこの世にいない

両親の家と私たちの家を、ホームステイの間、彼女は毎日、行き来し

ていた。それは私の二人の子供たちの面倒を見るためだったような

気がする。


            


 そうだ、彼女は家事も料理も得意だった。彼女がいた数か月は家中

どこも磨き上げられていたし、どんなものだったかは覚えていないが、

彼女は日本料理を地元の食材で作ってくれたこともあった。とても美味

しかった。いつも、きびきびと立ち働きながら私たちの子供たちとも一緒

に遊んでくれていた。当然、子供たちもなついて、ベビーシッターか、

家政婦のように思っていたらしい。それは私が今思い出したことではな

く、二人の子供たちの絵日記のようなもので後日知ったことだったよう

にも思う。とにかく面倒見のいい、誰にでもすぐに親しくなれる人だった

ような気がする。だから彼女が日本に帰るとなった時、家族どころか、

隣近所と言わず大勢集まってお別れのパーティを開いた。そしてみんなで

別れを惜しんだことをだんだんと思い出した。しかし、それ以上はどうし

ても思い出せなかった。40年も前のことだし、その頃は、私たち夫婦は

仕事と子育てで精いっぱいでなんとかやっと生活を続けていたのだから。


            


 
そんな二人の娘と息子はそれぞれ自分の進路を見つけ、パートナー

とも仲よく暮らしているようだから心配はないが、私ひとりは、ここ、

パリという街で孤独のようなものを感じていた。パリという大都会、

多くの人々の憧れの街、観光地、何世紀も前の遺産と共に暮らすために


            


 これまでのすべてのものを、思い出も含め、まるで粗大ごみでも捨てるよ

うに捨てて来た。ほんとうにそれでよかったのだろうか?これまで生きて

来た証のようなものまでも捨て置いてきたような、そんな焦りと不安に、

度々、私は襲われた。


            


 
その点、妻は田舎暮らしの匂いを漂白剤で跡形なく消したように、

パリにすっかり落ち着き、念願のパリジェンヌであることを心から楽

しみ、日々を謳歌している。総じて男とはそんなものなのか?新しい生

活になかなか順応できない生き物なのか?私は急に弱気の虫が出てき

て、アンリに電話をかけた。


            


 「あれから解には近づいたのか?」彼はいきなりそう切り出した。

「それはこっちのセリフだよ。僕は君が数学的に解き明かしてくれると

ばかり期待していたんだけどね、その後、連絡もないし。こっちは五里

霧中だよ」「やっぱりそうか、それじゃもう無理だね。絵の謎は、謎のま

ま封印しておいた方が精神衛生上、いいよ」アンリは無責任にも冷やや

かな声で言った。先日会った時はあれほど興味津々だったのに私は当

てにしていた相手に裏切られた気分になった。私は、「わかった。残念

だか、そうするよ」と少し皮肉を込めて言った。


            


 すると彼は、「考えられることは3つだね。一つ目は、その絵は

ホームステイしていた日本人の画家の絵で、その前後で、偶然にも今、

君の住んでいる家で描かれた。そして君の以前の家にやって来た。その

間のいきさつは、まさに神のみぞ知るだ。2つ目は君の前のオーナーが

その絵を描き、蚤の市かなんかで売られ、偶然にも君の家の誰かが買っ

て来たか、もらった。最後は、君の深層心理にこんな家に住みたいと

ずっと願っていたら、偶然、似た家を見つけた。その3つの仮説を立て

て調べてみてくれ」とアンリは言うと一方的に電話を切った。


            


 それじゃ、何の解にも近づかないじゃないか、どれも偶然という要素

がなくてはならない仮説じゃないか。私は釈然としない気分で、電話する

前より落ち込んでしまったが、冷静に考えてみると、彼にそんな難題を

押し付ける理由はどこにもない。私は、諦めて4㎡ほどの狭い自分の

書斎に行くと、書棚から7冊の本を引っ張り出した。


            


 
それは分厚い本で19世紀フランスのブルジョア作家による大作、

マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』だった。400万字と

言われるその本を毎日、10ページずつ読んだとしてもおそらく2年は

かかるだろうと私は以前から計算していた。当然、現役時代には読めな

いだろうから、引退したら真っ先にその長編大作に取り組もうと考えて

いた。しかし、私はその本をそっくり図書館に寄贈するしかなかった。

1枚のあの絵以外、何も持ってこない約束でパリにやって来たのだから。


            


 
さらに、図書館に借りに行くと常に1巻目と2巻目は借り出されて

いた。しかし、7巻のうちの3巻目以降は常に貸し出されていない。

それもそのはずだ。この本は最初から読まなければ意味がないのだか

ら。私は仕方なく本屋に1巻と2巻を買いに行き、装丁の違う7巻を

揃えた。誰もが知る有名なイントロから始まる冗長な物語は、「私」と

いう主人公であり、語り手がプチットマドレーヌを紅茶に浸し、それを

スプーンで一口、二口、口に運んだ時、子供時代からの思い出が芋づる

式に思い出されるものなのだ。


            


 
私はノートを用意した。何しろ、今とは社会構造も文化も全然違う

19世紀、ベルエポックの時代なのだから、すらすらと理解できないは

ずだと思ったのだ。そして1巻目を開き、誰もがするように、

紅茶を一口、口に含んだ。


            


 
1篇「スワン家の方へ」その時、ドキンと私の心臓が何かのヒント

なのか、警告なのかを私に与えたのがわかった。これは、もしかしたら、

よく言われるところの、紅茶に浸したプチットマドレーヌ現象というもの

なのだろうか



  




 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 プチットマドレーヌ、そしてプルースト、
「失われた時を求めて」の400万文字を越えるには
このリサコラムを毎週、あと、5年は書き続けなければなりません。
あと5年、お付き合いいただけますでしょうか。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年7月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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