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リサコラム
連載975回
      本日のオードブル

『もしもあの時、』

第15話 最終回

「1859」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つデザイナー。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




薄暗い路地いは

バーの看板が

あれ?ここは?

池袋じゃなかったの?

もしかしたらロンドンの路地裏?



 



第15話 最終回 「1859」




 食肉卸会社を経営するベジタリアンで、シャーロッキアンの

社長。そのどうして合致しないパズルのピースにとうとう嫌気が

さして、社長は僕が入社してから10年後、会社を売却してしま

った。そして、“自分の原点を探るため”、あの美しいベッドルー

ムも、ベイカー街221 Bのおびただしい書籍の詰まった書斎まる

ごと持って、ロンドンに移住してしまった。


            


 すべてが運び残去られた後の社長室と別宅はがらんとしたただ

の空間となった。僕がその会社で過ごした10年間には様々なこと

があったが、終電まで、社長とともにホームズ談義に時を忘れる

ことも度々あった。そのかけがえのない3千600日余りは、物

としていなくなった後も、僕自身の中に核となってしっかりと根

付き、僕の構成要素になっていた。僕は社長の紹介で別の子会社

でまた新たな社会生活を始めたが、社長とメールのやりとりは続

いていた。そこで近況やロンドンの様子を知ることができ、上下

関係を越えたシャーロッキアン仲間になっていた。


            


 ある日、社長は、ロンドンに移住を決めた出来事をこんな風に

語った。「自分は一体どこから来たのか?それを考えていると、

宇宙の成り立ちにいたらざるを得ないんだよね。宇宙は一体どこ

から始まって、そして今の自分がここにいるまでに、一体どのく

らいの偶然が重なり合ってきたのだろうかと考えるとほんとうに

驚愕する。日常生活では、自分の思い通りにいかないことが起き

ると、その度にうんざりするけれど、そのとき、そんな宇宙の成

り立ちのような発想に立ち返って、僕という人間が今、ここにい

るということは、なんて稀有な偶然の結果なんだと再認識する。

すると、大したことじゃないと思えるようになった。


            


 僕が生まれてきたは僕の父が母と結婚したからだが、まず、

父がシャーロック・ホームズに導かれてロンドンに行ったことから

始まる。その生みの親のコナン・ドイルは一度、抹殺した国民的

ヒーローのホームズをまた蘇らせたおかげで、日本に多くのファ

ンを広げ、シャーロッキアンという趣味人を広めたからと言え

る。そんなことを思っていたら、どうしてもコナン・ドイルから

先のルーツをたどりたくなった」と。そして社長は翌日に会社

売却を決めたと語った。


            


 社長の原点探しのため、僕は趣味を分かち合える身近な人間

1人失い、新たな会社の人間関係の軋轢で僕のホームズ研究に

対する意欲は次第にしぼんでゆくと、これまで毎月、通い続け

ていたホームズ・クラブにも足が向く事はなくなってしまっ

た。せっかく出来た自分の核のような存在が年々、薄ぼんやり

してしいくのを悲しくも思う一方、しかし、再び取り戻すよう

な熱意自体は失せてきていた。


            


 そしてある日、社長からメールが届いた。「僕は今、ロンドン

大学の研究室で助手のようなことをしているが、友人の、友人

の物理学者の話を聞いて大きな手がかりをつかんだような気がし

ている。もちろん、それが何の手がかりにつながるかは、はっき

り言えないけれど…その物理学者は非可換幾何学とかいうのを使

って素数の謎を解くと、万物の理論が解明されるはずだと言って

いる。素数の配列の謎が宇宙の成り立ちと密接に関わっているこ

とを解き明かすことが現在、分野を越えた数学者、物理学者の夢

なのだと。そのもととなった数学の理論をリーマン予想といい、

その予想理論で世界の数学者を奮い立たせたのが、今から165

年以上も前の1858年。リーマン予想が証明できれば、どのよ

うに宇宙はできてきたかという宇宙の設計図も明らかになるとい

うんだ。つまり万物の仕組みが解き明かされることになる。数式

でね。


            


 僕はそれを聞いた時、1959年という年にまずはっとした。

僕はどこから来たのかそのルーツを探したくて、ロンドンにやっ

てきて、自分の祖先とシャーロック・ホームズ、その生みの親の

コナン・ドイルを産んだ先の研究をしたくてやってきたのだか

ら。なんといっても、1959年は知っての通り、コナン・ド

イルがこの世に生まれた年なんだから。ドイルがこの世に生を

受けたことでシャーロック・ホームズは生み出され、その後の

イギリス社会や文化に多大な影響を与え、それが世界に広まっ

た。そして今の今まで、こうしてその影響を受け続けている。

たかだか1958年という年号の偶然の一致だと言うのは簡単

だが、僕はその偶然の偉大さにひれ伏してしまったんだ!」社

長のメールはそこで終わっていた。


            


 僕は社長の言った“偶然の偉大さ”を自分にあてはめた。もしも

あの時、バー221Bで、シャーロッキアンのHさんに会わなかっ

たら、あの古本屋に立ち寄って、偶然、シャーロック・ホームズ

を見つけなければ、今、僕はどうしていただろう。人生と言うの

は本当に何がきっかけでどう変わるのか全く予測がつかない。そ

う思った時、もう一度、そこからやり直してみたい衝動に駆られ

た。トイレ共同、風呂なしのあの安アパートに住み、週末には古

本屋で偶然の出会いを楽しむ、あの持たざる軽やかな暮らしをも

う一度味わってみたいというノスタルジーに駆られた。


            


 僕が住んでいたあのアパートは既に取り壊され、マンションに

建て替わっていたが、築40年を超えるような安アパートは東京に

はまだまだたくさんある。そしてその近くに古本屋があるか銭湯が

あるか、ただそれだけを条件に1つを見つけて引っ越しを決めた。


 オートロックの快適なマンション暮らしから、わざわざ好んで6

畳一間のアパート暮らしにだれが敢えて戻ろうとするだろうか?

しかし、僕はもう一度、“もしも、あの時”を体験したかった。


           


 そのアパート住まいが5年経った。そして、僕の定年も近づい

てきた。僕の代わりになる新入社員も入ってきた。明日はその歓

迎会だ。「そうだ。二次会はあそこにしよう!今ではもう名前が

変わってしまっているが、同じ居抜きのキャッシュオンデリバリ

ーのそのバーはまだあることは知っている。きっと僕の原点の話

には誰も興味は持たないだろうが、僕は誰かに僕の話をしたかっ

た。僕が今の僕になった原点のバーで、今は亡きHさんに出会っ

てから、見るものも感じるのも様々に変わったけれど、そこで得

たわくわくする豊かな気持ちと探求心を持っていれば、どんな場

所でも生きていけることをもう一度証明できた。そのことを一方

的にでも語りたいと思った。小暮さんは相変わらず本を書き続け

ているらしいが、もしかしたらあそこに行けば偶然会えるかもし

れない。その偶然が、今はとてもいとおしい。


           


 ネオンや看板がひしめく雑居ビルの間の路地を歩きながら、僕

の気分はホームズが歩いた路地裏のロンドンだった。いつでも、

その時代にタイムスリップができることを確認できるとき、僕は

うれしくなる。ホームズは最初の事件『緋色の研究』で、人生と

いうは無数の糸には、殺人という緋色の糸が一本混じっている。

その糸を解きほぐして、抜き取るのが自分の役目だと言ったが、

人生は世界と、糸は人間と置き換えられる。その織り込まれた赤

い糸を、ホームズのような正義のヒーローがやって来て、解きほ

ぐし、取り除いてくれないものだろうか?赤い糸も人間であれば

原点は同じはずなのだが…僕はそんなことを考えながら、夜、

池袋の街を歩いていた。


                          終わり




   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。



p.s.1


 もしも、あのとき、後悔ではなく、そう思いたいです。

全15回、自分勝手なストーリーにお付き合い下さり

感謝いたします。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
「もの、こと、ほん」は下の写真から、2025年7月号です。



           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

    の英語版です。

    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”

    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:

    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に

    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに

    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 







































































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-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

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