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リサコラム
連載982回
      本日のオードブル

『饒舌の時』

第7話

「ユートピアの眺め方」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つデザイナー。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。
甘いものは少々苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家は
ロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、
F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




すかすかのブラインド越しに見える


ヤシの葉の柄の壁の前に

どんと置かれた、

白い大きなベッド。

大小たくさんの枕。

光輝くシャンデリア

ここは、もしかして、

あの、ユートピアって場所?




 



第7話 「ユートピアの眺め方」



  この夏、長年の念願叶って、私のユートピアができた。


 場所は、夏の避暑地、軽井沢近郊。緑深い自然の中の、狭いながら

の一軒家。都内在住なら、新幹線で1時間だから、通勤も可能な、

週末別荘にもってこいの場所だが、私にはここが最終地点で行き止

まりだ。


            


 この住まいには、私のこれまでの人生模様が床に、壁に、そして天井

にも織り込まれていると思う。言ってみれば、そう、自画自賛だが、

ジベルニーに広大な庭園を築いたモネの庭のようなものだ思ってい

る。しかし、庭はほとんどなく、それは自然の景観という借景が補

ってくれる。


            


 部屋は寝室とデッキのあるバスルーム、小さなキッチンと小さな

テラス付きのダイニング。広いリビングはない。そもそも、避暑地

に広いリビングはいらないと思っている。自然という大きなリビン

グがあるのだから。その代わり、ベッドルームには一番力を入れ

た。広さは20畳あまり。ひのきの床は毎日、ぬか袋で磨く。

そこにキングサイズのベッドを置き、まいにち、高級ホテルにも

負けないくらいの完璧なメイキングをする。


            


 夕食は外で済ませ、日没と共に、ゆっくり風呂に入り、ベッドに

入り、大きな枕に体をゆだねて、今まで読みたくでも読めなかっ

た本を1週間に1冊のゆっくりしたペースで熟読する。そのう

ち、瞼が重くなって、自然に眠りにつき、そして、鳥のさえずり

で目が覚める。これが今の私の日常になった。


            


 私にとって、これ以上のユートピアはない。それは、50年前、

私の中に小さな種が撒かれてやっと育ったユートピアだ。それは

まだ、高校を卒業し、会社に入った新入社員ほやほやの時だっ

た。


            


 私の入社と時を同じくして退職してゆくSさんが私にこう言っ

た。「入社おめでとう!お祝いにパーコレーターっていうんだが、

コーヒーを入れる道具をあげよう。でも、今はインスタントコーヒ

ーでいい。この道具でおいしいコーヒーをゆっくり味わえるように

なるまで、引き出しか押し入れの奥に入れておいていいよ。30年

後か、40年後か、あるいは50年後かもしれないけど、おいしい

コーヒーをゆっくり飲めるようになったら、その時、こんな風に自

分の手を広げて向こうを透かしてみてごらん、何かが見えるはずだ

から。そしてそれがきっと君のユートピアだと思う」と。


            


 18才の私にSさんの暗示めいた言葉がわかるわけがなかった。

もちろん、手を広げて透かして向こうを見るなんて、魔術師の呪文

のようにしか思えなかった。だから、そんなことはすっかり忘れ

て、私の社会人生活がスタートした。もらったパーコレーターは

押し入れの物入れにしまい込んだまま、転勤の度に捨てようかどう

しようかと思いながらも、Sさんのことを思うと、なんとか捨て

ずに今まで持ちこたえた。


            


 
私の最初の勤務地は、愛知県岡崎市の営業所だった。そして東京

へ。それから、札幌。その後金沢に行き、今度はまた岡崎に戻り、

浜松、広島県福山市、さらにまた東京、飛んで宮崎、鹿児島、福岡

と北上し、岐阜、愛知、東京で定年を迎え、そこで3年延長した。

そうして、私の転勤人生は長野県軽井沢の近くの町で収束したの

だ。


            


 私は週2回、石窯で焼くバケットを隣町に買いに行く。そのバゲッ

トをゾーリンゲンのナイフでザクザクザク切って、その一切れの真ん

中に切り目を入れて、スライスしたトマト、チーズ、アボカド、

ハーブを挟み、紙で包む。そして、近所の自家焙煎の店で買って来た

コーヒー豆を自分で挽く。


            


 そう、50年前、Sさんからもらった古いパーコレーターという

コーヒーメーカーでゆっくりと時間をかけてコーヒーを落とす。

キッチンにコーヒーの香りが立ち込めたところで魔法瓶に入れて、

フランスパンのサンドイッチと一緒にトートバッグに入れ、肩にか

けて雑木林の間の散歩道を歩く。木漏れ日が薄くなった頭にチリチ

リと当たる。雑木林の中のいつもの切り株までやって来ると、私は

そこに腰を下ろし、膝の上で魔法瓶からコーヒーをカップに注ぎ、

まずはひと口すする。コーヒーキャラメルのような味わいが口いっ

ぱいに広がる。次に、紙に包んだサンドイッチをがぶりと、豪快に

ひと口。これぞまさに、五臓六腑にしみわたる感覚だ。


            


 実は先日、私のお別れパーティーの席上で、新入社員にこう言っ

たところだった。「人間は出会いたい人に早く会ってはいけないと

言われますが、行きたい場所に早く行き着いてもいけない。雑事に

追われ、お金に悩まされ、親子関係、人間関係に翻弄され、子を送

り出し、親を見送り、新品の雑巾が穴の開いたすかすかの雑巾にな

るくらいまで、自分を使い切った後で、ようやく、最終目的地にた

どり着くのが正しいと思う。そこがおそらく、自分のユートピアだ

ろう。ユートピアにたどり着いたからと言って、勝ち誇ってはだめ

だ。すかすかの雑巾のようになった、さらに、自分の手を広げた指

の間から、そのユートピアを恐る恐る見る謙虚さが欲しい。そのこ

ろ、おそらく髪もすかすかになっているはずだから。(笑)そした

ら、お辞儀をして、自分の大きなベッドにひとりで横になるがいい

と思う」。


            


 ユートピアの眺め方はこうあるべきだとSさんに言われてから

50年、やっと真に理解できた思いだった。もしかしたら、Sさん

もそうだったのかもしれない、と私は秘かに想像している。




   



上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。



p.s.1


軽井沢か、ジベルニーか、体がふたつあれば…


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
「もの、こと、ほん」は下の写真から、2025年8月号です。



           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

    の英語版です。

    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”

    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:

    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に

    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに

    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」

   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 







































































シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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