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リサコラム
連載177回
本日のオードブル
華麗なるペテン師の流儀

第3回
俊春
道端の老人



木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      
  
        「おいおい、俊春がやって来たようだぜ。
                とくと見てやろうぜ!」
 
      
  





俊春-道端の老人




ある春の日の昼下がりでした。

 田舎道の山の中で、ぼんやり空を仰いでいる若者がありました。若

者の名前を俊春といい、元々は裕福な家の出身でしたが、今ではお金

を使い果たしてしまい、今日、明日の食事にも事欠くような生活を続

けていました。背負ったリュックの中にはもう、わずかばかりの菓子

パンを残すばかり。俊春は歩き疲れて道端の木に寄りかかりました。

誰か自分に今日のあたたかな食事と、きもちよいベッドを提供してく

れる人はいないものかと田舎道に佇んでおりました。都会にはもう誰

も自分のことを心配してくれる人間はいなかったからです。しかし往

来の静かな道には時折、軽トラックが通るくらいで、誰ひとり歩いて

いる者はありません。遠くの山を見上げると、そろそろ西の空に落ち

始めようとする春の陽が、山肌を温かく照らし出し、その下で馬がの

んびりと草を食(は)んでいる様子が手に取るようにわかりました。



        
                   



 俊春は自分の行く末を案じながら目を伏せました。もう、いっそこ

のままひとり山の中で死んでしまおうかと思っているのでした。その

ときです。自分の足元に長い黒い影が覆いかぶさりました。目を上げ

ると、そこには白いひげにおおわれた老人が一人立っておりました。

俊春がびっくりして、老人の顔を見つめると「こんなところでどうな

さった」と老人は俊春に聞きました。「実はお金もなく、今晩寝る場

所もなく、都会の町から、ここまでヒッチ・ハイクで来ました」木陰

に寄りかったまま、俊春は恥ずかしそうに答えました。そして藁をも

すがる思いで老人に話をしました。老人は話しを聞き終わると、「わ

かった。実はわたしもこの通りの老人で、今まで生きてきた証に最後

ボランティアをしたいと思っておったところなんじゃ。それなら、お

まえさまによいことを教えてあげよう」俊春はじっと老人の顔をのぞ

きこみました。「おまえさまが今日、夕日に姿を映した時、自分の影

の頭に当たるところを探すがよい」俊春は夕日の沈む方向をじっと見

つめました。そしてゆっくり老人の方に向き直ると、そこにはすでに

老人の影も形もなくなっていたのです。西に傾きかけた日は、あたた

かな陽射を差し向け木々を黄金色にきらきらと照らし出しておりまし

た。空には、気の早いカラスがひらひらと舞うばかり。




          



 俊春はすぐに寄りかかっていた木陰から夕陽に姿を映して、その影

の頭に当たる道端に駆け寄りました。しかし、その場所は先ほどとな

んら変わることなく、草がゆらゆらと風にゆれているだけでした。俊

春は大急ぎでその草むらの草をかき分けました。その時かすかな音が

俊春の耳に聞こえてきたのです。音は草の中で鳴り続けていました。

俊春は夢中でその音を手の中につかみ取ると、四角なふたを開きまし

た。「もしもし、もしもし」ケイタイ電話の相手は、夢中で呼びかけ

ていました。「そこはどこですか?」「あなたは?」「ああ、よかっ

た。ずっと探していたのです。どこで落としたのか、わからなくて」

相手は女の声でした。俊春は山道の標識をたよりに場所の説明をする

と、「すぐにそこに取りにゆきますから、ちょっと待っていていただ

けませんか?」相手は丁寧な口調で懇願しました。「わかりました。

待っています」俊春は電話を切ると、老人のことを思いながら、西の

空を眺めました。これからどうなるのか、しかし大きな幸運がやって

くるはずはないだろう。俊春は手に持ったケイタイをそこに置いて立

ち去ろうかと思ったその時です。黒塗りの大きなリムジンがすうと目

の前に停まったかと思うと、すらりとした若い女が降りてきました。

「ありがとうございます。ああ、こんな場所で落としていたのね。見

つかってよかったわ」女はなにやら懐かしげにそのあたりを見渡すと

「歩いておいでなのでしょう?よろしければ、私の車でホテルまでお

送りいたしましょうか?」と女は俊春にドアをあけて、後ろの座席を

案内するではありませんか。俊春は内心飛び上がるほどの気分で、行

き先も告げないまま、「ありがとう」と答えると、リムジンの後部座

席に座りました。すぐに、運転席の小さい窓が開いて、上品に巻いた

おしぼりと飲み物とエヴィアンが盆に載って俊春の膝の上に差し出さ

れました。盆の上にはランの花が1つ添えてありました。




               



 俊春はそのとき、数年前バリのリゾートに行った時のことを思い出

していました。空港に到着すると、喧騒の中からベルのついた看板の

中に、自分の名前を必死で探し出していました。ようやく俊春は自分

の名前を見つけると、息も苦しいほどのむっとする甘ったるい暑さの

中を案内人に先導され、広大な駐車場まで無言で歩くと、着いたとこ

ろには黒塗りの車が待っていました。浅黒く日焼けして頭に白いター

バンを巻いた若いバトラー風の男がリムジンの横でにこにこしながら

立っておりました。「こんにちは、俊春様。飛行機はいかがでしたか

?」おおきな目をきらきらと光らせ、満面の笑みで、男が車の後部座

席のドアを開けると、まだ数分しか経験していない独特の蒸し暑さに

閉口した俊春は、冷え冷えとしたリムジンに極楽への切符を手にした

ように感じたものです。車に乗り込むと、先ほどの俊春がされたよう

に、すぐに運転席から、ランの花を載せた盆が静かに差し出されまし

た。まっすぐに伸びた道のかたわらに延々と露天が並んでいました。

その通りをクラクションで二人乗りのバイクを蹴散らしながら、外国

人、俊春を乗せた車はスピードを上げて走り抜けました。バラックの

ような家々のなかに、大きな銅像や、ライティングされたきらびやか

な寺院、そして財をなした白亜の宮殿のような家々の前を通過しなが

ら、山道に至る舗装もしていない砂利道も車はほとんどスピードを緩

めることなく走り続けます。その間、運転手は上手な英語で社交辞令

的な言葉を俊春にかけていました。




           



 「あの、ホテルはどちらですか?」女の上品な声で俊春は我に返り

ました。「ああ、いえ、そのあたりで結構です。歩いて、」といいか

けて、「実はバックパッカーなものですから
..」「そうですか。それ

はよかった。それなら、ぜひ、私の小さな別荘にお越しになられませ

んか?いえ、別荘といっても、立派なものではありませんが、お客さ

まをお泊めできる小さなお部屋があるだけですけど」車は山道をどん

どん進みました。「そんな見ず知らずの私のようなものに、」「いえ

いえ、この辺りではみんな顔見知りですから。旅行者の方はすぐにわ

かります。高台のいい場所なのですよ」俊春は、老人のことを一瞬だ

け、ペテン師かもと疑ったことをすぐに打ち消し心の中で謝罪しまし

た。さもないと、目の前の何もかもが、かすみのようにあっという間

に消え去るように感じたからでした。




              


 「華麗なるペテン師の流儀」シリーズは、今週から”俊春”が始まりました。

来週以降もしばらく続きます。さあ、フィクションの限りない想像の旅へ

ご一緒に参りましょう!

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。




                                      木村里紗子










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