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リサコラム
連載504回
      本日のオードブル

来のわたし
一番
きなかたち

第7話

「不滅の恋人」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


不滅の
恋人の部屋で
私は赤い肘掛椅子に
腰を下ろしていました。
これまでの長い時を
ひとつひとつ
思い出しながら。
モスグリーンの壁紙に
イングリッシュローズの
カーテンとチュールレースの
かかった窓が二つあって、
大きなベッドの上から下がる
ダークピンクカーテンに
囲まれて眠れる幸せを
ずっと夢見て
いました。
愛しい私の部屋よ、
ずっと不滅でいてください。

 
      
  





       

第7話 「不滅の恋人」




「それは聞かなかったことにしましょう。それじゃ」電話の相手は急にトーンを

下げると電話を切りかけた。


             


 「しかしですね、私はずっと疑問に思っているんです」脚本家は慌ててまたしゃ

べり始めた。「この電話は盗聴されていることはないよね」相手は冷徹な声で制し

た。脚本家はびくっとして「いや、そんな恐れはないでしょう」と言ったものの、

そっと椅子から立ち上がると「私たちの電話を盗聴して得になる人間はいないです

からね」と言いながら、書棚の中に盗聴器でも隠されてはいないかとごそごそ探し

始めた。


             

 「それで、ちょっとだけ先の話をさせていただけませんか?」 脚本家は悲痛に

も聞こえる声で訴えると、ようやく落ち着きを取り戻して話し始めた。


             


 「類まれな能力を身に着けた著名な音楽家が、20代ですでに難聴を患い、そし

て40代では全く聞えなかったのですから」電話の相手はすぐに話を遮った。

「相当のプレイボーイだったことは間違いない事実だと思いますがね。とにかく私

の希望するクライマックスはその音楽家亡き後に、ピアノの鍵盤に歯形があるのを

その“不滅の恋人”が見つける。その鍵盤の上にはらはらと涙をこぼすシーン、

これで納めて欲しい」


 「お言葉ではありますが、全く聞えなかったかどうかは疑問視する研究も出てき

ています。全く聞えなかったとしたほうが神格化されるのは当然ですからね。

 しかしあの手紙だけは何か違うような気がしてきましてね。理知的、進歩的思想

の持ち主、潔癖症、コーヒー豆を毎回同じ個数だけ数えて入れるような人間像と合

わないんですよね、」


 「コーヒー豆なんて、きっと誇張されているでしょう。秘書のシンドラーの有名

なでっち上げの一つじゃないんですかね、まあ何度かは豆を60個数えて挽いたこ

とはあったにしてもね」相手は変わらず冷ややかだったが、最後の語尾を少しだけ

上げたのを脚本家は聞き逃さなかった。


             


 「実はボン大学時代、当時流行していたカントの哲学に傾倒していた事実もあり

天文学にも詳しく、音楽家は相当な知識人だったんです」「カント?」相手は驚

いた感じも動揺も感じさせずゆっくり発音した。


 「ええ、そうです。時計のように正確で私生活の細かな事からすべてを知的生活

のために律した理性の人です。近所の人は散歩をするカントを見て時計を合わせた

とか、そんなたぐいの逸話は数知れず残っている、その理性の人カントにですよ」


「ふん、カントについては私もそのくらいの表面的なことは知ってはいますがね、

しかし、今回は、それは抜きでお願いしますね」返事をする前に脚本家は2秒沈黙

した。


             


 「もちろん、わかっています。ロマンスのない映画がヒットしないのもわかって

います。ですから、私が描きたいのは」脚本家が1秒の間をおいた隙に「恋愛」

と相手がかぶせた。


 「ああ、そこなんですがその音楽家以後、宮廷「音楽家」から「芸術家」と呼ば

れるようになったといわれるその巨匠はフランス革命時代の只中にいたわけで、

つまりパリで勃発した市民権闘争はヨーロッパ全体を巻き込んで、ウイーンもフラ

ンスからの侵略を受けて、貴族はみんな疎開したほどです。しかし「自由、平等、

友愛」の思想を掲げる動きに、そして一兵卒から将軍に上り詰めたナポレオンに憧

れをもって支持していたとしたら、その芸術家はきっと表現の自由を願っていたの

でしょう。ナポレオン失脚の後、以前の秩序に引き戻そうとするメッテルニヒの元

ではブラックリストに挙げられていたような、そんな思想を表明する人物ですよ」


 「それと恋文とどう関係があるんですか?」脚本家はもう相手にしゃべらせる隙

を与えないように急いで続けた。


             


 「『聞こえない』という音楽家にとって致命的な不自由、そして病が次々と音楽

家を苦しめる中で旺盛な作曲活動をした人間の頭の中をどう考えてみても私にはと

ても想像などつきません。コンピューターのような頭脳だったとしか。不運に苛ま

れたその自らが生み出した類まれな才能としか言いようがないように感じます。

ですから...


 「そんなわかりきったことはどうでもいいんです。テーマは1812年の手紙だ

けでいいんです。その恋文の相手をミステリー仕立てで探すストーリーで書いてく

ださい。投函されたかどうかもわからないその手紙の相手、“不滅の恋人”をね、

ホテルの部屋でなかなかやって来ない音楽家を待つその不滅の恋人が誰だったかを

突き止めるとういうものです。ロマンチックなメロドラマではなく、センチメンタ

リズムを掻き立てるセンセーショナルな新たな見解で世界中を驚愕と感動の渦の中

..そして、映画は伝説となる。それではよろしく」相手が今にも電話を切ろうと

するところで脚本家は再び叫び声を上げた。


             


 「いえ!そんな理性的なコンピューターの頭脳を持つ人間が、あんな支離滅裂な

文章のラブレターなんて書くでしょうか?あれは絶対に何かが隠されていると思う

んです。あれはある特定の女性に当てた手紙なんかじゃない。「不滅の恋人」とい

うどことなくゴロの合わないあの言葉に表れているじゃありませんか!「不滅の恋

人」と連呼する巨匠は、ヒエラルキーが逆さになろうと胎動を始めた世界的大革命

の時代にいたのです。だからこそ、私は「恋人=自由」に置き換えられるべきだと

思うんです。いろんな自由が考えられると思います。まずは先ほど申し上げました

表現の「自由」が考えられると思います。しかし、それだけではなく、耳が不自由

で持病持ちという音楽家にとって、また耳が聞こえるようになる、健康になるとい

う身体的「自由」そして経済的「自由」は最も希求したことではないでしょうか。

その二つの「自由」を「不滅の恋人」の「恋人」という語に込めてあえて後の人々

に謎かけをしたのだと私は思っています。音楽家亡き後にその手紙を見つけて別の

側面からとらえなおし、人間ベートーヴェンとして話題にするはずだと彼は確信し

てわざと書いたのだと思っているのです。それ程の高い知性と謎を持っている人間

だったと思うのです」


             


 電話の向こうで少し長い沈黙があった。そして相手はゆっくりと言葉を置いた。

「冷徹で変人で最大のハンディを抱えた偉大な音楽家の書いた未だ相手のわからな

いラブレターこれ以上に人々の注目を集めるテーマをあなたが探し出せたのなら

20年後にもっと研究されてから聞きましょう。私の予測ではまだこれから20年

は、これ以上の話題をさらうテーマはベートーヴェンに見はつからないと思ってい

ますから」


 電話の相手の調子は相変わらずだった。電話で30分話してもまるで相手に変化

がないということは、自分の敗北だと脚本家は認めざるを得なかった。


             


 「わかりました。今世紀最高のセンセーショナルなラブロマンス仕立てにいたしま

す。それではお約束通り、ぜひ、私に監督もさせてください」

 「それではすぐに取り掛かっていただきたい」


             


 受話器を乱暴に置く音を聞かされた後で脚本家はつぶやいた。

 「21世紀まで、待っていろよ!」



p.s.2

  20世紀末の1994年アメリカで、翌年日本で公開された映画、「不滅の恋・ベートーヴェン」の脚本家
 と興行主の間で交わされたというフィクションのストーリーを書いてみました。
  私の勝手な推測ですから、何か根拠があるわけでは全くありません。
   21年前の日本公開の映画をご覧になられた方もきっと多いのではないかと思い、テーマとして
 選んでみました。フランス革命の話が好きなので、そのあたりに行ってしまいました。
  残念なのは、全然ドイツ語が読めないことです。学生時代、ドイツ語もかじったのですが、
 もっと真剣に勉強しておけば、ベートーヴェンの不滅の恋人に当てた手紙も少しは読めたかもと
 後悔しています。これから間に合うかどうかわかりませんがトライします。


    
 

 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

 「もの、こと、ほん」は下の写真から。


              


p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

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  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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