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リサコラム
連載513回
      本日のオードブル
習慣

第3話

「タック氏の
失われた習慣」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


天井高
3mは
あるべきだと
思っていました。
掃除が簡単な部屋で
ソファはテレビを見るためではなく
美しい景観をじっと眺めながら
その先を想像するために
存在するはずだと
思っていました
そんな夢の
空間を
実現
させ
たのは
習慣だったのかもと思っています。


 
      
  





       

第3話 「タック氏の失われた習慣」



「申し分ない」タック氏は自宅のバルコニーに立って公園の緑地を見下ろして

つぶやいた。

 それもそのはず、高台に新築したばかりの家はタック氏一人が住むには広すぎず

もちろん狭すぎず、絶妙な広さで作られていたし、リビングに面したバルコニーは

公園側の一番見晴らしいのよい2つの角を占領していたのだから。


 さらにグレーの高級なカバーが掛けられたタック氏専用のひじ掛け椅子に座ると

高い窓からは空と緑だけが望めた。その手前にはシルバーグレーのカウチソファ、

黒光りするサイドテーブル、そしてバーリーツイスト脚のランプスタンド2台だけ

が7m真四角の広さの中に余裕を持って置かれていた。


             


 それはタック氏の弟、テックの設計であった。弟とは言ってもテックとは実の兄

弟関係ではなかった。他に今は11人の弟もいたが、その中には実の弟は一人もい

なかった。彼らは仲間というより、徒弟関係に近い間柄だった。つまりタック氏は

現在12人の弟子を持っているということだった。


 タック氏は『タック』という自分のペンンネームに似た名前をその弟たちにそれ

ぞれにつけた。そしてタック氏と12人の使徒はそんな変わったニックネームでお

互いを呼び合うようになっていた。


             


 タック氏の日常は風変りな朝の散歩から始まる。ちなみにタック氏の朝は午前3

時半から始まるものと決まっていた。寝室に唯一ある目覚まし時計は数年前から午

前3時30分ちょうどで止まったままで、しかし、確実に3時半にタック氏はベッ

ドから起き上がることができた。それは、神業的な行だとも思えた。タック氏は起

き上がるとすぐにベッドの下から粘着ローラーを出して、シーツの端からヘッドボ

ードに沿った方向に粘着ローラーを掛ける。次にヘッドボードに垂直にローラーを

かける。タック氏が寝室の時計に乾電池を補充しないのは、時計がなくても目が覚

めるからという理由だが、その目覚まし時計は寝室で唯一のデコレーションになっ

ていた。


             


 次にタック氏は顔を洗い、ウォークインクローゼットのドアフックに昨晩から掛

けてあるストレッチ性のある黒いパンツとグレーのシャツを着て、ウエストポーチ

と腕時計をそれぞれの部位に巻き付けると、玄関ドアの方を向いてつま先が7度ず

つ左右に振れたジョギングシューズに足を入れた。それから玄関ドアの3個の鍵を

開けにかかる。まずは足元近く、次に頭の上、そして玄関横のモニターで外の様子

を確認してからドアノブのすぐ下の鍵を開錠してから外に出る。


             


 そうしてタック氏の朝のスケジュールは毎日、確実に始まる。それは自宅近くの

公園に散歩にゆくことだった。二級河川に掛けられた橋を渡ると右に折れ、川沿い

のまっすぐな道を歩くよりわずかに早いスピードで1分間歩き、それから10秒間

ダッシュをし、次に同じ速さで2分間歩き、20秒間ダッシュする。次は3分歩き

30秒ダッシュする。これを2セット繰り返して、14分後にちょうどに公園の門

の前につく。雨降りの日も嵐の日も特製のレインコートを着るだけで他に変わるこ

とはなかった。公園には、12人の弟たちが三々五々、集まってくる。しかし年は

タック氏より上の人間もいた。タック氏は12人の弟子たちと広い公園の中をある

テーマを決めて話をしながら散策した。テーマに決まりはなかった。弟子が日替わ

りで話題を提供し、意見や感想を述べ合いながら話を深めてゆく。時にはペットの

話題から始まり、近所の商店街に飛び、政治、経済、地球環境、地球の未来にまで

話は宇宙空間を自由に飛び回った。


             


 そして午前4時半、12人のうちの常連の一人が経営する珈琲店でゆっくりおい

しいパワーブレックファストをすると、公園に早朝の運動客がやって来始める5時

15分ちょうどに解散し、タック氏は行きと同じ運動をしながら家に帰り、午前5

時30分ちょうどに家の玄関ドアの鍵を開ける。


 タック氏がこの夜明け前の散歩を始めてからすでに8年が経っていた。休日も正

月の儀式にも影響されることなくタック氏はその習慣を厳格に守り抜いた。


             


 タック氏がこの儀式めいた習慣を始めたきっかけはタンカと出会てからだった。

タンカはすでに退職してはいたが、在職中は数学の教師をやっていた。毎日、同じ

時刻に同じように散歩を続けるタック氏を公園で見かけて、もしや同じ分野の人間

ではないかと推測して話しかけてから、タンカはタック氏の最初の仲間になった。

しかし、タンカの期待とは逆にタック氏は「数字の世界は未知の領域でそこに足を

踏み入れる恐怖心を未だ持ちえません」と言い、そして自分は物書きでカントのよ

うに散歩中にテーマや題材を求めているのだと言った。タンカはそのセリフに滑稽

を通り越した哲学を感じ、タック氏と意気投合した。


             


 それから次第にタック氏の仲間が増えて行き、儀式開始から、公園の地面が8回

目のうすピンク色の絨毯を敷きつめ、それが薄黒くなったある日、事件は起きた。


 仲間の一人の作家のテックをしばらく見なくなったと思った頃、時刻通りに同じ

ことを続ける人間をモチーフにしたテックの小説が大ヒットして、それは紛れもな

くタック氏がモデルだったことが発覚した。モデルとなった本人探しがネット上で

始まった。そしてほどなく現実のタック氏が発見されてしまった。


             


 公園には奇妙な時計人間タック氏と弟子たちを見物しようと午前5時前からファ

ンの姿を見かけるようになった。散歩の時間にサインを求められたり写真を撮られ

たりという邪魔が入りはしたが、儀式めいた習慣は変わらず続けられた。だからそ

れを振り切っての珈琲店での朝食の時間は安息の時と場所になっていった。時には

ファンを振り切るために朝食の時間を切り上げて急いで家に帰ることもあった。


             


 そのテックの小説のおかげでタック氏の生活にはある変化が訪れた。まずは女性

雑誌がタック氏の恋愛小説の特集を組んだことで、それをきっかけにタック氏も流

行作家になったということ。そして2つ目はタック氏が節税対策で公園を見渡す高

台にモダンな美しい家を新築したこと。それは12人のうちの一人の設計士のテッ

クが家を建てることを薦めたことから実現した。


             


 3つ目は午前5時30分ちょうどに家の玄関に入るために必要な数十秒の時間調

整をするために行っていたある奇妙な習慣をやめたことだった。それはドアの前で

数十回の足踏みをすることだった。




    



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1
   伝達された時間通りに1分違わずに帰って来られるダンナ様をお持ちのお客様、
   目覚まし時計の鳴る前のカチリで目が覚める方、
   世の中にはカント的な方はた~くさんおいでだということを
   今の仕事の中で知りました。




 「もの、こと、ほん」は下の写真から。

            

p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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マダムワトソンでは 
                                    
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