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リサコラム
連載521回
      本日のオードブル
習慣

第11話

「ハックと僕と
ブルデュー」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



秋風も
次第に冷たく
感じられる森の
ホテルのアウトドア
ダイニングが素敵です
緑の木々のさんざめき
すがすがしい透明な空気
熱いコーヒーが何よりの
おいしいごちそうです
白いテーブルクロスの
上では子供の頃の
すてきな
思い出話が
お似合いです
純粋な気持ちで
あっけらかんと
できそうだからです


 
      
  





       


第11話
  「ハックと僕とブルデュー」


「まずは5歳の誕生日に買ってもらった本がハックルベリー・フィンの冒険だっ

たんだけどね」男性はそこでバゲットのスライスをばりっと音をたててかじった。


             


 森を抱くリゾートホテルの夏は短い。まだ日の上り切れない朝の7時過ぎ、さわさ

わと葉を鳴らす風はすでに冷たさを庭のダイニングに連れて来ている。連れの女性は

ロングワンピースの襟を合わせながら「面白かった?」と聞いてから、熱いコーヒ

ーを一口飲んだ。


 男性は「ああ、もちろん」と答えた後で、「難しかったね」と付け加えた。


             


 「それはそうね、5歳ではなかなか真意には到達できないでしょうからね」と女

性は言った。「ふりがなを読めば全部読めたんだよね。ただ確かに、作者の意図を

理解できたわけじゃなかったね。その時思ったのは冒険好きな少年になるのは大変

だなとね。でも、もしもハックが資産家のミス・ワトソンの家で厳格な教育やしつ

けを我慢できたなら、こんな苦労もしなくて済んだろうとも思ったけどね。まあそ

れじゃ話は始まらないんだけど。結論は、僕はハックには到底なれないと言うこと

だね。そして学んだことと言えば、人間は相手を自分より少し劣っているように見

る動物らしいということだね。そしてアメリカにあった奴隷制という風習はそれが

今でも人種差別という不思議な根っこになって存在するということかな」女性は黙

って聞いていた。男性は芽キャベツにフォークを突き刺してそれを口に運ぶとカリ

カリと小気味いい音を立てた。一呼吸おいて女性は「それで?」と聞いた。


             


 「僕はハックルベリーにも、冒険家にも、革命家にもなれない人間だと思ったん

だよね」「そう簡単になれるものじゃないでしょ。それは宇宙飛行士に簡単になれ

ないのと同じだもの」「宇宙飛行士か~まさに現代における冒険家で革命家だね」


             


 女性はまた「それで?」を繰り返したが、いい香りを立てている焼き立てのパン

には手を付けなかった。「それから両親は僕が完全にハックを投げ出したのを見て

やさしい数学と地理学の本を与えた。しかし、僕はどちらも全く興味を持てなくて

それも投げ出したんだ。それを見て父は、次に僕を少年野球の応援に連れて行った

んだけどね、父がベンチで応援している間中、僕は座ってそのあたりの草をむしっ

ていたんだ」「草を?」「うん」男性は言うと、「ははは。想像つかないよね?」

と笑いながら、コーヒーのお代わりの合図をボーイに送った。ボーイは今の秋風の

ような涼し気な顔を向けた。


             


 「別に草むしりが好きなわけでも、反抗的な態度をとったわけでもないけどね、

単に野球に対して関心が湧かなかっただけだと思うよ」女性はなるほどねというよ

うな風で頭を軽く数回上下させた。


             


 「それに人間って瞬く間にその人となりを見抜く能力があるよね、知らない他人

でもさ。さっきのボーイさんなんて、気が利く顔をしてるじゃない。笑顔も美しい

し、それは無学じゃできないよ。勉強しなくちゃ。相手に対する尊敬とか好意の念

がなくちゃ、自然な美しい笑顔なんてできないものだよ。そうじゃない作り笑いは

もちろん受け手にはわかる。だから人から不愉快な顔をされたくなくて、自分の人

格を磨く努力をするようになったんじゃないかと思うよ」言い終わると男性は腕時

計を見た。「逆も真なりってことね。わかるわ」女性は飲み終えたカップを静かに

ソーサーの上に置いた。


             


 すでに朝食を終えて森の方に散歩にゆくカップルの姿を眺めながら、二人はじっ

と熱いコーヒーがまたカップに注がれるのを待った。きっかり3分後、先ほどのボ

ーイが「お待たせいたしました」と言いながら二人のカップを下げると、次のボー

イがゆったりした動きでコーヒーカップを置き、コーヒーポットから細い一筋の琥

珀色の湯気を立てる液体をふたつのカップに注いだ。


             


 「"ハビトゥスっていってね、たしか語源はラテン語だって言ってたかな、

僕が無理やり入れられた寄宿学校の担任の教師が第一日目の授業でそのハビトゥス

と言うことを教えたんだよね。ブルデューっていうフランスの社会学者の理論らし

くてね、彼は平民出身のエリートなんだけどね、勉強ができたからエリートの学校

に入れたんだけど、そこにいた友人たちはみんな上流階級とかブルジョアだった

らしくてね、その友人たちの元々持っている資質みたいなものが違っていることに

気付いたらしいんだ。それはつまり、育った環境で身についた教養のようなものと

か、人にきちんと礼儀正しく接することとか、汚い言葉を使わないとか、そんなも

のだけどね。それがブルデュー青年にはない部分だと分かって研究対象にしたらし

いんだよ。ブルデューによれば、ハビトゥスはそんな友人たちの持っていた習慣が

資産ともいえる価値を形成したもので、ハビトゥスはまた次の世代に累々と受け継

がれているそうなんだな。その教師は『君たちをスパルタ的に教育してしっかりい

い習慣をつけさせますよ』って言いたかったんだね。


             


 「はあ、なるほど、そのあたりでハックルベリーの物語にもつながるのね」「ま

あ、そうだろうね」「ふう~ん」女性はくすくす笑いだした。「あなたを見ている

ととてもそんな教育がなされていたなんて思えないけどね」「まあ、僕はその中で

も少々反抗的な面もあった人間だったからね。でも、今はよくわかる気がするよ。

まず、父が自分にいろんな選択肢を僕に与えた後で寄宿学校に送ったところなんか

がね」「それはあなたの父上が偉大な方だってことでしょ」「それはどうだかわか

らないけど、身近にいい本がたくさんの本があれば、子供は自然と本を読むように

なるし、テレビのない部屋できちんとした食事をしていれば、やはりそのような食

事の仕方をするようになるのは自然なことだよね。でもね、人に悪態をついたり、

嫌味を言ったりなんて知らない子供が社会に出てうまく対応できるものなのか、そ

れもわからないけどね」「でも、あなたのお友達はぐれたりしてないんでしょ?」

今度は男が笑いだした。「いい年でぐれるはないけど、まあ、乗り切れる人間とそ

うでない人間もいるかもね」「ハックとどちらがいいかしら?」女が言い終えると

沈黙が二人の間に割り込んだ。


             


 隣のテーブルには先ほどから靴のまま椅子に乗り出してボーイを相手に遊んでも

らっていた5歳くらいの子供がすっと座りなおして居住まいを正した。そしてその

後やって来た両親に向き直り、立って「おはようございます」と言うとまたおとな

しく席に着いた。


             


 5、6分後、隣のテーブルに食事とお茶が運ばれてくると、女性は小声で「どう

思う、あの子?大物になるか?エリートになるか?あるいはぐれる?」「さあ、

微妙なところだね」と言うと、「つまり、4、5歳にして表裏を上手に使い分けら

れるところが僕にそっくりだからね。きっと大物になるよ」と付け足した。


             


 女性は両手を軽く組んで喉のあたりに置くと、「は~、結婚してよかった」と言

った声はちょっとこだました。



    



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1

  学生の頃に読んだ本を思い出しながら読み返すと実感を伴って
  身につまされ、そして何より懐かしく楽しいです。
  ハックルベリー・フィンの冒険は数奇な運命をたどった名作に
  なりましたね。


 「もの、こと、ほん」は下の写真から。

            

p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
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