|
第2回 「最初で最後の夢 」
「あらかじめお断りしておきます。これは私の遺言のつもりで
書いています。
と申しますのも、私はこれまで歩く現実主義と言われてきたくらい
の男で、夢とか夢の実現とか、そういうことを意識せずに生きてきた
経理畑一筋の男なのです。私にとって現実とは一瞬一瞬であり、その
先にあるものもやはり、一瞬一瞬であり、だから、1年、10年先
も、今の一瞬一瞬の延長としてしかとらえられないのです。現実に
1秒先、2秒先、3秒先、5秒先など夢ではないとしたら、それでは
一体、夢と言うのはいつぐらい先のことを言うのでしょうか?1月
先?半年先?あるいは1年先ですか?私にとって1年先と言うのは
1秒間が1年分つながった感覚でしかありません。
つまりこう言うことです。1時間は3,600秒ですから、それに24時
間をかけて、86,400秒これが1日です。その1日の86,400秒に365
をかけた 31,536,000秒が1年、つまり、1年は31,536,000秒でし
かないのです。つまり、1秒1秒が過ぎて行くこと自体が人の一生だと
思います。いや、そう思ってきたのです。だから、もし、「1年先の
自分の夢はこれこれで~」という人は、その手前の31,535,999秒間
は何だと言うのでしょうか?夢とは映画監督がカチンコをカチャと鳴
らして、その瞬間、現実の世界から非現実の世界に舞台が切り変わっ
て実現した現実ということでしょうか?しかし、残念ながら、現実社
会はそのようには切り替わることはありません。
それなら夢とはそもそも描くものであって、現実には実現しないも
のだから、夢というのでしょうか?現実の一瞬先には現実しかないと
信じてきた私は見たこともない30分先、1時間先、2時間先、1日、
1年、10年先のことを潤んだ瞳でうっとりと想像する事はどうして
もできないのです。
そう、おっしゃる通り、私は夢のない男なのです。夢のない男に夢
のない女がくっつくとどうなると思いますか?その生活は現実そのも
のなのです。私も妻もこれっぽっちの夢も期待も、もちろん相手に自
分にもせず、これまで淡々と1秒1秒を送って参りました。だから私
たちの生活は本当に堅実なものだったと思います。夢を描かない、
信じないという暮らしは非常に楽なことなのです。夢を抱く、夢見
ることが好きな人は、今の目の前の現実に不満や憤りや満たされな
いものがあるから、ちょっと先のあるいは、遠い未来にそのはけ口
を見つけるように空想を描くのだろうと私は思って来ました。だか
ら私たち夫婦は「次の夏休みはどこ行こう?」「今度のお正月はど
う過ごそうか?」などとわくわくして語り合うことはありません。
夏休みもお正月も毎年同じようにスケジュールに沿って1秒1秒を
暮らしてきたのですから。そうして50年が経ちました。
私はずっと一つの企業で経理の仕事をやって来ましたが、1週間
前の金曜日、引退する時が来ました。会社の後輩たちから大きな花
束をもらい、1歩、会社の外に出た途端、「この後、何をすべきな
のだろうか?」と思いました。今までは1日にやる事は確実に決ま
っていました。そしてその1秒先にもさらにその1秒先に何をやる
べきか決められていましたが、それがまるでないのです。つまり、
誰も私に命令も期待もしない。それが、体よく花束をもらって引退
することなのです。その後は、誰からも頼りにされず、誰からも依
頼を受けることもなくなります。家に帰ることすら誰からも指示さ
れてはいないのです。それでも、もし、自分の家に帰ったとして、
次の日はどこに行って何をしたらいいのか、まるで指示されていな
かったために、わからなかったのです。私はビルの階段の中ほどで
花束を持ったまま立ち止まってしまいました。あろうことか、私は
路頭に迷ってしまったのです。そして不覚にも花束を階段に落とし
てしまったのです。
その束の中から1枚のカードが出てきました。そのカードの表面
に描かれていたのは、開かれた窓の向こうにたわわに実ったぶどう
が垂れ下がっているビーチリゾートのような部屋だったのです。白
っぽい大理石のような床の上には葡萄色の絨毯が敷かれ、それが白
いパルテノン神殿のような白い柱がつながったバルコニーの手すり
に向かって伸びていました。その手前はフレンチウインドウとでも
言うのでしょうか。その白い観音開きの高窓は私に向かって大きく
開いているように見えました。そして絵の手前には薄いブルーグリー
ンのレースのようなカーテンがかかっていました。その時、私はなぜ
か非常に感動したのです。私の人生も終わったかのような感覚をつい
60秒前には持っていたのに、そのカードの絵は私にもう1度何かをな
すべきかを訴え、そしてそこに導いているように思えたのです。私に
はまだ、行くべき次の場所があるのだと言っているように思えたので
す。これを社員の誰が選んで買ってきたのか分かりませんが、これは
きっと私に出された指令書ではないかと直感的に悟りました。世界に
はこういう場所があるに違いない。だからこの絵が描かれたのでしょ
う。
私は引退の日まで、海外旅行にも行ったことがなく、旅行らしきも
のさえしたことがありませんでした。ただその日、その1秒1秒を現実
にまっすぐに見ながら生きてきたのです。帰りに寄り道さえしたこと
がないのです。
この引退の際に及んで恥を忍んで申し上げますが、もしもう一度私
に何かの指令が下るとしたら、このカードに描かれた場所を見つけに
行くことだと思います。おかしいとお思いでしょう?だから、最初に
遺言のつもりで読んで頂きたいと申し上げたのです。
ですから、私の希望は、まさにこのカードの絵です。私の寝室の
壁、巾4mX高さ2.5mの壁一面を覆うくらいの大きな絵をお願い
いたします。もし、その場所が見つかる前に私がこの世を去ること
があっても、その絵は残ることでしょうから、後にこの絵を売るな
り、寄贈するなりする際に、この手紙がこの絵が描かれた根拠にな
ると思います。できることなら、その前にこのカードの絵の場所に
立てることを、私の人生の最初で最後の夢にしたいと思っているの
です。」
上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。
*2023年4月よりリサコラムは毎週金曜日に連載いたします。
p.s.1
毎週、リラコラムのために17年間ずっと夢を描いてきました。
それがきっと私の夢の全部です。
p.s. 2 インスタグラム、私の日常です。
「もの、こと、ほん」は下の写真から、2023年7月号です。
p.s.3
E-Book「Bedroom, My Resort リゾコのベッドルームガイド」
の英語版です。
写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。
タイトルは、"
趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
E-bookにしていただいたものです。
p.s.3
下は日本語版です。
E-Book「Bedroom, My Resort リゾコのベッドルームガイド」
どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。
バックナンバーの継続表示は終了いたしております。
書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。
どうかご了承くださいますように。
|