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リサコラム
連載316回
      本日のオードブル

AAA


第2回


特別な水曜日


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト

     
 「緑の壁には、濃紺のリボンを揺らす帽子の女性の絵。
麦わら帽子よ。それを照らす真鍮のライトを1つ。
オールドの手織り絨毯の上にアンティークな椅子。
背もたれは、ベージュの細かいチェックで座面はイエローと
グリーンのストライプ。
ランプは濃紺のステムにシェードはベージュのプリーツよ。
猫足のティテーブルに乗せてるの。
バラのバルーンシェードが左右に二つ。その前にミントブルーのレースカーテン。 窓は10角形の半分で中央にはバラの庭を望む窓なの。私ね、ピンクの上着にベージュのパンツで長いストレートの髪の毛を濃紺のリボンで束ねて、そこからバラの庭を見ているのよ。あなた、よくご存知だとは思うけど、
ねえ、聞いてる?」
 
      
  







特別な水曜日


 

水曜日の午後4時、桃子はリビングの窓の掛け金を、かちりと外す

と、少しだけ窓を開ける。



               



 毎週水曜日、桃子のクリーニング店は早じまいをする。そして6時

までの2時間、リビングの窓の横に置いたアンティークな椅子に腰か

けて、お茶を飲むのを習慣にしている。桃子の朝は午前7時に始まり

午後7時半に店じまいをする。ただし水曜日は、午後4時で店じまい

する。桃子に丸1日の休みはない。だから午後6時が終わると次の週

の仕事始めになる。


 もう20年になるだろうか?この水曜日の午後の2時間を桃子は心

から楽しみにしていた。しかも今日は、お客様の
Mさんのお土産で、

ロンドンの紅茶専門店から買ってきたというお茶をいただけるのだと

思うと朝から特別な思いでいた。桃色の薄いニットのチュニックの上

着を急いでハンガーから外すと、なるべくしわが寄らないようにバン

ザイをして、頭からすっぽりとかぶった。


 手順は全部決まっている。小さな白いタイルを張ったキッチンに入

り、白い小ぶりな家具の引出しを引く。中央のみ1列8段並んだ引出

しの上から3段目を引くと、そこには白いポットとティカップが1客

だけ入っている。その横にはセンスのいい紅茶の缶。またその横には

宝石箱のような透明なガラスのふた付き容器の中で丸いゼリー菓子が

さとうの衣にまぶされて、少し鈍く光っていた。ぶどう色とオレンジ

色といちご色のゼリーは、それぞれ、ぶどうとオレンジといちごの味

がするが、薄いエメラルド色のゼリーはいちごの味がしたし、ハーブ

グリーン色のゼリーはオレンジの味がした。それは通りを渡った老舗

の洋菓子店の定番商品で、色は天然の色だそうだが、そんな昔ながら

の果物ゼリーを桃子はずっとお茶と一緒に味わって来た。



               



 月に1度その店に入ると、店内は甘いクリームの匂いとおまんじゅ

うの皮のような小麦色の匂いで幸せな息苦しささえ感じる。そこで桃

子は胸いっぱいに甘い空気を吸い込んでくる。洗濯物と焦げ臭いよう

な匂いと、蒸気の熱で充満した自分の肺に対するご褒美のつもりだっ

た。


 「ああ、いい匂い~」と言う。「今日は何にします?」と洋菓子店

の店主、日野は60代のつやつや光る額を白い帽子の下からのぞかせ

て、ショーケースの向こうから聞く。桃子はショーケースのななめに

まるく切れたガラスの前で行き来しながら、いろんな角度でその中の

美しいお菓子を眺める。


 サバラン、いちごのショートケーキ、モンブラン、ベイクド・チー

ズケーキ、レア・チーズケーキ、いちご色のミル・フィーユ、クリー

ムを王冠にしたカスタードプディング。老舗洋菓子店には、それ以上

難しい呼び名のフランス語の名前のケーキは置かれていない。けれど

その店主のこだわりで長年、ケーキの種類は変わっていない。


 日野はにこにこして、「今日のおすすめ、とれたて栗のマロンシェ

ンテリー」と書かれた小さなガラスドームのふたを取って試食を桃子

に差し出す。「う~ん、おいしい」桃子の顔から「しあわせ」はすっ

とあぶり出された。「う~ん、今日は、と」桃子はまたガラスケース

をのぞくと、日野の顔を見て、これ、「ジュエリーの小箱、1個ちょ

うだい」という。日野はガラスケースの中ではなく、上のかまぼこ型

のプラスチックのケース入りの「ジュエリーの小箱」をひとつつかむ

と、「ゼラチンはお肌にいいんですよ。ほら、私の顔」とてかてか光

る額を人差し指で刺す。そして日野が小さな手提げ袋に入れる寸前、

「あっ、そのままで。すぐそこだから」と桃子は言うと300円と交

換で受け取る。


 それから“ジュエリーの小箱”を手のひらの上に置いたままで「ど

うもごちそうさま」と自動ドアの前でぺこり頭を下げる。「ありがと

うございます。横断歩道、気をつけて」てかてかの額に朝日が射す。

桃子と日野はこの「横断歩道、気をつけて」迄の一連の言葉を毎月繰

り返していた。



               



 リビングに戻るとテーブルの上の麻のマットを汚さないように、熱

いポットからカップに飴色のお茶を注ぐ。きっと、本場英国のお茶は

香りも違うだろう。いつものようにストレートで一口味わうように口

に運ぶ。しかし、いつもの紅茶との違いはほとんど感じられなかった。


 膝の上に置いた雑誌を開くと、まだこれから花をつけるバラの茂る

緑から、少し汗ばむような風を感じる。バラの花は相変らず花をつけ

る努力をすることもなく、じっと静かな時間を過ごしているようにも

見えた。猫脚のココア色のアンティークな椅子と同じ猫脚のアンティ

ークなティテーブル。小さなテーブルの上に薄紫のガラスのように張

った麻のナプキンと白いティカップ。その皿の上にゼリー菓子のまあ

るい赤い玉と青い玉をひとずつ。桃子は紅茶の熱で溶けるくらいまで

ゆっくりとゼリー菓子を味わった。


 水曜日に早じまいをして、台所に行き、引き出しの3段目、つまり

Wednesday”と書かれた引き出しからお茶セットを出すことから始

まる水曜日の午後4時。この束の間の数時間のために桃子は生きてい

るように感じるときもある。



               



 午後6時のほんの少し前、桃子はもうくたくたになった雑誌の写真

をまた名残り惜しげにじっと見た。美しい庭を見渡す窓辺で白い窓枠

に手をかけている後ろ姿の細身の女性。濃紺のリボンを束ねた髪につ

けている。バラの咲き具合を気にしているのだろうか?細長い白い窓

には花柄でタップリとヒダを寄せたバルーンシェード。その手前にミ

ントブルーのレースのカーテンは揺らぐ様子もなく美しくなめらかな

ドレープを残している。この雑誌の白いリビングを眺めながらの水曜

の午後を桃子は20年間も過ごして来た。そしてすべては同じ水曜日

の午後だった。


 ボーンと振り子時計が6つ鐘を鳴らすと、雑誌を水曜日の引出しに

しまい、桃子はアルミサッシの窓を閉めて、かちりと鍵を降ろした。

その前の20年間と同じように。


 でも、
ロンドンの紅茶専門店の紅茶を味わった「特別な水曜日」

になったけれど。




             





                                                   


  「リサコラムの部屋」は毎週火曜日連載です。

  なお、「リサコラム」は変わらず、毎週月曜日連載です。




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どうかご了承くださいますように。








シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

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